補習の終わり、夏の始まり

──────




《靴箱を開ける音》


《はらりと落ちた手紙を拾う音》


[八葵]「おいす〜。おはよ、今日はキミのほうが早かったねぇ」


(反射的に手紙を隠すあなた)


[八葵]「お、なんか隠した? まあ後で見せてもらお。それよりまずは遅刻寸前だから急げ〜!」


~~~~~~


《廊下を走る音》


《ドアを開ける音》


[八葵]「ふぃ〜、間に合ったぁ! ってあれ、今日も先生いないの? もう、生徒の主体性に身を委ねすぎたよこの学校はホントに……」


[八葵]「そういやホーちゃん、あの後風邪引かなかった? 結構びちゃびちゃだったけども」


(「あっ。……びちゃびちゃのビスチェ、ビスチャ」などとのたまう八葵)


[八葵]「えっ私? 私は風邪引かないのだ、免疫つよつよなのさ。ほら、とくと見よこの温かいお手てを。この基礎体温は健康な人のものだろう?」


(傍に寄り、あなたの手に自分の手を当てる八葵)


[八葵]「なにさその顔。もしやバカだから風邪引かないんじゃ? とでも思ってそうな顔ですな。確かに八葵ちゃんは補習を合計5教科ぶん受けていますが、地頭は悪くないんだぞう? 色んなことに手を出しすぎて勉学が疎かになっているだけなのさ」


(あなたへ近づいた八葵の目があなたを見つめる。それは割と至近距離で)


[八葵]「キミの目には、八葵ちゃんはバカに映っていたかな?」


八葵は極めて落ち着いた声色でそう言いました。


[八葵]「……そっか。ならよかった。まあね、自然体、ありのままでも知性が溢れる八葵ちゃんですからね」


(「ふふん」と言い、自慢げに席へ着く八葵)


[八葵]「……いや、突っ込んでよう! だいぶ驕り高ぶってるよ!?」


《鞄から教科書を取る音、課題のプリントを捲る音》


[八葵]「もしかして聞こえてない? 今日はそういう日か。……さてさて、今日は古文ですな。そういやキミって古文苦手なんだっけ? 私はそれなりに苦手だからおあいこ! 分からないところは教科書と、永遠にタバコ休憩してる先生に訊きましょうかね……」


《プリントを捲る音、シャーペンの滑る音》


[八葵]「……うん? かしこい八葵ちゃんに何か質問かね? っていっても私が答えられる範囲はイリオモテヤマネコの耳の穴よりも狭いですけれども……」


(八葵があなたの机に左側から近づく)


[八葵]「……ほう。ほう……ほう? マジか、キミホントに古文苦手なんだね。私も苦手だけど、まあある程度のあらすじだけは……」


[八葵]「……まずここからかな。……パンパカパーン、少し昔の日本の常識のお話〜。補足欄に載ってるとこね。昔は男の人が女の人に恋をした時、歌を詠んで気を引くところから始めるっぽいのよ。それが当たり前で、そんな世の中で、その当たり前を良しとしない女性がいたんだって。それがこの人、静皆月しずかのみなつきさん」


八葵はプリントの右側に書かれたまろ眉の女性をシャーペンで差します。その際に身を乗り出したため、あなたと八葵の距離は近くなりました。


[八葵]「この人、随分と気さくで勇敢で行動派な人だったらしくて、女の人も歌を詠んで、男の人に直接魅力を伝えに行け! っていう思想だったらしいのね?」


[八葵]「で、そんな中目をつけた男の人に夜這いをかけたら、そのあまりの魅力にあてられて、その人の家に向かう道中から性別を問わず色んな人を惹き付けてしまって、静皆月さんの家から夜這いをかけた男の人の家まで、静皆月さん目当ての人が長蛇の列になって押し寄せた〜って話。まあ昔の人なりのファンタジー? 変な話ですわな」


[八葵]「こんなところかな。文法は私も弱いから、そこは雰囲気と自力で解いてプリーズ!」


《暫くカリカリとシャーペンを滑らせる音が続く》


~~~~~~


[八葵]「よっし、終わり! 自主勉までできちゃった! ホーちゃんは進捗どう? ……あー、やっぱここで詰まってたか。静皆月さんの気持ち推し量りクエスチョン。……えっとね、多分キミは考えすぎ。もっと単純に、ね」


(席を離れ、教壇に近づく八葵。チョーク入れを慣れた手つきで開け、黒板にチョークを滑らせる)


《チョークを引く音》


(黒板に静皆月さんのデフォルメ似顔絵を書く八葵)


「よっ」「ほっ」とチョークを動かし、「あっ、これ静皆月さんね」と、楽しそうにまろ眉の女性を描画します。


《チョークを引き終わる音、黒板を叩く音》


[八葵]「まず静皆月さんは、何をしたかったんだっけ?」


(チョークで静皆月に吹き出しを描く八葵)


[八葵]「……正解。夜這いをかけた男の人に歌を聞かせたかったんだよね。じゃあどうだろ、オーディエンスがワイワイしてたら邪魔だと思わない? 『コイツら邪魔!!! 落ち着いて歌を聞かせられない!!!』って、苛立ったような心情描写になるんじゃないかな〜ってね」


なるほど、と狐が落ちた音がしました。


《あなたが高速でシャーペンを滑らせる音》


[八葵]「おk、ラス1解けたね! そいじゃあ提出して、のんびりまったり帰りましょうや」


プリントを提出すべく立ち上がると、あなたのカバンが身体に引っかかって落ちてしまいました。

すると、1枚の手紙がはらりと舞い、八葵の足元へと落ちます。


[八葵]「あっ! その手紙! 私今日ずっと気になってたんだからね!」


(青色のシールで封された水色の封筒を優しく広い、軽く叩いて埃を払う八葵)


[八葵]「下駄箱で見たし、やっぱりそれってもしかして……いや、もしかしない! ラブレターだ! ヒューヒュー!!!」


(目に見えてテンションの上がる八葵)


[八葵]「なんて書いてるの? まだ見てない? 読んでもいい?」


八葵に手紙を渡します。


──────


いつもあなたを目で追っていましたまる

くるしい時、いつも支えにしていましたまる

もう我慢できませんまる

や球部の部室裏で待ってますまる

ついにこの時がまる

きん張しますが、頑張りますまる


──────


[八葵]「だってさ! 野球部の部室裏かあ。今日はこの暑さだから流石に野球部も休みだろうし、告白の場としてはピッタリかも!」


あなたは八葵に手を引かれ、運動所の端にある野球部の部室へと向かうことになります。


[八葵]「ほら、野球部の部室は運動場の端っこ。せっかくポエミーに手紙を書いてくれたんだから、応えてあげないとね!」


~~~~~~


《けたたましいほどのセミの鳴き声》


あなたは野球部の部室の裏側に来ました。近くに生えている大木からはけたたましいまでのセミの鳴き声が飽和しています。


あなたはふと後ろを見ました。着いてきていた八葵が、いつの間にかいなくなっていました。


[八葵]「……や〜っほ。私探してた? いつのまにかいなくなっててごめんね?」


[八葵]「その手紙、誰が書いたか分かる? 名前はなかったみたいだけど、もしかしたら字のクセで、とか」


改めて手紙の字を見ます。


[八葵]「えっへへ。そうでしょ。めっちゃ私の字でしょ。ほら、ここ。ちょっと崩した平仮名の“や”とかさ。私のプリントに書いてた文字とそっくりじゃん」


この手紙をくれたのは八葵のようです。


《強くなるセミの鳴き声》


[八葵]「ホーちゃん。……いや、■■■■セミの鳴き声に遮られるくん。1学期の頃から、いや、1年の頃から、自然と目で追っていました」


[八葵]「今年の補習で何回も会えたことが、すっごく嬉しくて。沢山話せて、もっとキミと一緒にいたくなっちゃって」


[八葵]「細かな気遣いとか、些細な仕草とかに、どうしようもないほど惹かれちゃって。今日の古文の課題のストーリーに託けて、手紙を書きたくなっちゃったんだ。遅くなったフリをして、キミが来るまでに下駄箱に仕込んだの。……静皆月さんにはオーディエンスがいっぱいいたけど、私たちの場合、今この場にいるのは、うるさいセミと太陽だけ。競合相手はいないから、思いっきり言わせてもらうね」


真摯な目つきと誠実な言葉。

あなたと目を合わせて、八葵はこう言いました。


「好きです! 付き合ってください!」




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