第5話 イチャラブ映画館デートとポップコーン売りのお姉さんの絶望
土曜日ー。
槇村先輩と約束したデートの日。
「あっ。猫田くん〜!!」
「槇村先輩…!」
俺の住んでいる寮のすぐ目の前にある、
槇村先輩のマンションのエントランスホールで彼女を待っていると、
青いワンピース姿の槇村先輩がこちらに手を振り、駆け寄って来た。
「来てくれてありがとう!この格好どう?イケメンの猫田くんにふさわしい彼女に見えるかしら?」
ノースリーブワンピースの胸の当たりに手を当てて、ちょっと心配そうにこちらを窺い見る彼女に、俺はドキッとする。
「いや、なんか、清楚な感じでめちゃめちゃ綺麗です!槇村先輩に比べたら、俺なんてエセイケメンですよ!」
いつも大学で見かける彼女は、スーツや、ブラウスにタイトスカートなど、わりとカチッとした格好をしている印象だったが、今日はフェミニンなワンピーススタイル。いつもと違う私服姿に俺が思わず興奮気味に答えると、彼女は嬉しそうな笑顔になった。
「ふふっ。エセイケメンって…。猫田くんも素敵よ?でも、そんなに褒めてもらえてよかったわ。白いシックなワンピースとどちらにしようか迷っていたの。じゃ、行きましょうか?」
「は、はいっ。あっ…。」
ギュッ。
「ホラ。恋人同士に見えるにはこれぐらいくっつかなきゃね?」
「〰〰〰!///」
恋人繋ぎで手を繋がれ、元カノと別れて以来、久々に女の人の柔らかい手の感触を感じ、胸が高鳴ってしまった。
槇村先輩は、そんな俺を煽るような事を言って来る。
「猫田くんの手、大きいのね。///逞しくて頼りがいがあるわ。」
「や、ふ、普通っすよ?」
やべ。声裏返っちった。
落ち着け!槇村先輩は、困っている後輩男子の力になろうと協力してくれているだけなんだから、変な気持ちにならないようにしなければと心に言い聞かせながら、花の香り漂う美しい女性が隣にいてくれる事に、心が浮き立つのを抑えられなかった。
✽
デートの場所については、最初は映画研究会のサークルの部員らしく、映画館に行こうという事になっていた。
サークルでもよく皆で一緒に行く大学のある駅前のショッピングセンターの中にある映画館へ向かうと…。
今やっている映画は、『隣のドドロ』『シン・ウルトラマンセブン』『マキソン郡の橋』『ワイルドスピン』など話題になっている人気作が多かった。
俺はアクション系の映画が好きだから、『ワイルドスピン』が気になっていたけど、1年の新歓の時期、サークルの皆で映画を見に行った時、槇村先輩はアニメや恋愛映画の方が好きだって言ってた気がするな…。
「えーと…槇村先輩、『隣のドドロ』や『マキソン郡の…」
「『ワイルドスピン』にしましょうか!」
「え!」
おずおずと好みの映画を勧めようとした俺の声を槇村先輩の凛と張りのある声がかき消した。
「あ、あれ?他の映画見たかった?『ワイルドスピン』じゃダメ?💦」
俺の反応に焦ったように聞いてくる槇村先輩にブンブンと手を振って否定した。
「い、いえいえ!俺は『ワイルドスピン』好きですけど、槇村先輩はいいんすか?」
「ええ。今日はアクション映画で思いっ切りスッキリしたい気分なの!」
「ああ!そういう時ありますよね〜。分かります!」
映画の好みの変化することはあんまりないが、いつもは学食の焼き鯖定食を頼む俺も、たまにこってりした激辛担々麺を無性に食べたくなる時もある。
どうやら、槇村先輩にとって今日はアクション映画の日だったらしい。
俺は深く納得して、槇村先輩と共にチケットを購入しに行った。
土曜だったが、空いている時間帯で、元から予約している人が多いせいか、受付でそんなに並ぶ事はなかった。
「槇村先輩、この映画、4DXもあるみたいですけど、どうします?普通のタイプでいいですか?」
「う〜ん。そうねぇ…。4DXの方がより臨場感があって魅力的だけど、中でポップコーン食べるの難しそうだしなぁ…。」
顎に指をかけて考え込んでいる槇村先輩に、俺は驚いて聞いた。
「ポップコーン好きなんすか?」
「え、ええ。映画館のポップコーン美味しいわよね?
去年の新歓の時期、サークルの皆と映画館来た時に、猫田くんが、「ここの映画館のポップコーン、美味しくっていつもめっちゃ大盛りにしてくれるんすよ!」って絶賛してたから食べてみたくって…。」
「ああ、言ったような気がします!よく覚えてましたね。」
「え、ええ…。記憶力は割といい方なの。///」
ちょっと恥ずかしそうな笑顔が可愛く、加えて去年の新歓の時期に皆の憧れるマドンナ的存在の槇村先輩が俺の事を覚えてくれていた事が嬉しく、ますます俺はテンションが上がってしまった。
「じゃあ、普通のタイプで、チケット取ったら、ジュースとポップコーン買いに行きましょうかっ。」
✽
無事、チケットを取り終えた俺は、ポップコーンを買いに行くことにした。
「槇村先輩、ここに座って待ってて下さい。俺、ポップコーンとドリンク、買ってきますんで。」
「え。いいの…?あ、ありがとう…。」
すぐそこの開いているソファ席を指してそう言うと、槇村先輩は戸惑いがちに腰を下ろした。
「じゃあ、アイスティーでお願いします。フレーバーは猫田くんにお任せするわ。」
「了解っす。」
そして、俺はいつも買っているポップコーン売り場に走った。
おっ。いたいた。いつも土日にいる、深くキャップを被ってよく顔が見えないポニーテールのお姉さん。
特にこのスタッフさんの時は、溢れんばかりにポップコーン入れてくれるんだよな。
「キャラメル&しおレギュラーサイズとアイスティー、アイスコーヒーお願いします!」
いつものように俺が注文すると、彼女が口元を綻ばせた。
「はい。キャラメル&しお レギュラーアイスコーヒー、アイスティーですね。」
いつものように、お姉さんは慣れた手つきでポップコーンを容器目一杯まで入れてくれ、ドリンクをカップに注いで渡してくれた。
「ハイ、どうぞ!今日は沢山ですね。」
「あ、ハイ。今日は連れがいまして。」
最近は一人で来る事が多かった為、いつもスモールサイズのポップコーンとドリンクのセットを注文していた為、スタッフさんに覚えられてしまっていた事に苦笑いしていると…。
「広樹くぅん♡彼女の私の為にポップコーンとドリンク買って来てくれてありがとう!」
ギュッ。
「広樹くんって…。ま、槇村先輩??///」
槇村先輩に突然駆け寄られ、抱き着かれ、俺は危うくポップコーンとドリンクを取り落としそうになった。
「お、大げさっすよ。座っててくれてよかったのに。」
「イケメンだし、そういう気遣いが出来るところがカッコイイのよね?広樹くんって最高!!」
チュッ♡
「わあぁっ…!槇村先輩!?////」
ガシャーン!!ザーッ!?
槇村先輩に頬に軽くキスをされ、驚いた俺は今度こそドリンクとポップコーンを取り落としたかと思ったが…。
「おっと、危ない。」
手放した筈のドリンクとポップコーンは、槇村先輩が支えて持ってくれていた。
あれ?じゃあ、あの音は一体…??
「うわぁ!びっくりした!」
「も、申し訳ございませんっ!」
例のスタッフさんが、次のお客さん(中年男性)に用意していた、ポップコーンとドリンクをカウンターの内側に派手に溢してしまっていた。
「うっうっ。(猫田くんに彼女がっ…。)も、申し訳、ありませんっ。」
「いやぁ、まぁ、こっちにかかってないからいいけどさ…。気をつけてね…。」
「あらら?あのスタッフさん、どうしたのかしら?新人さん?」
「いや、俺が1年の頃からいましたし、かなりベテランさんの筈なんすけどね…。」
泣いているスタッフさんとお客さんのやり取りに、槇村先輩に聞かれ、俺は驚きつつ答えたのだった…。
******************
元カノファイル①
中学2年生の時に広樹と親友の鉄男と同じクラスに転校してきた。
鉄男が学校案内など彼女の面倒を見ていた関係で、広樹とも時々関わりを持つように…。
広樹に告白し、二人は付き合い始めるが、関係はぎこちなかった。
その1週間後に、教室で鉄男とキスをしているのを広樹が目撃されたことで関係は終わりを迎える。
しかし、鉄男ともすぐに破局。
「縒りを戻したい」と広樹に迫るも、
「親友の元カノと付き合ったら、奴に辛い思いさせるから、復縁は出来ない」と言われ、号泣して立ち去る。
この出来事を引きずり、明るかった性格は、様変わりし、広樹、鉄男と別の高校へ進むも、友達も恋人も作らず、暗い学生時代を過ごした。
母親づてに、広樹が大学へ進学し、映画研究会に入っている事を知り、その近くの映画館のポップコーン販売のバイトを始める。
足繁く映画館に通う広樹に気付いてもらいたい、あわよくば、復縁したいと一縷の望みを捨て切れず、制服のキャップの下から熱い視線を送り、毎回ポップコーンをサービスする。
しかし、気付いてもらえる事はなく、広樹にとっては「ポップコーンをごん盛りにしてくれる気前のいいスタッフさん」でしかなかった。
ある日、広樹が美人でスタイル抜群の彼女にほっぺチューされてイチャラブしているところを見せつけられてしまい、心が折れる。
その後の彼女の行方は誰も知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます