ブラックベリーシンドローム~「知的な」勘解由大路沙也加と俺の初デート~

卯月二一

第一話 ブラックベリーシンドローム

 俺はもう限界かもしれない……。


「あなたってクラスでも影が薄いし、成績も平均より少し下。何かスポーツにおいて光るものがあるかと言えばそうでもない。顔は、まあ……、いや人並みね。そんな凡庸ぼんようを絵に描いたようなあなたのデートのお誘いにこの私がのってあげたというのに、これはどういうことなのかしら?」


「は、はあ……」


 俺は街の公園の噴水前、ベンチに座っている。誰が見てもそうなのだろうけど、ただただ隣に座る同い年の女子高生にダメ出しをされているイケてない男子である。勘解由大路沙也加かでのおおじ さやか、漢字変換すると八文字に及ぶ長い名前の彼女は、クラスの、いやウチの高校、さらに言えば市内の全高校男子の憧れの的といっても過言ではない。いわゆる超絶美少女っていうやつだ。


森一もり はじめくん? ちゃんと聞いているのかしら?」


「も、もちろんだよ」


 漢字換算二文字の俺の名前を呼んでくれただけで本来なら飛び上がって喜ぶはずなのだが、現状そんな気分になれない。離れたところで遊ぶ子どもたちの声が平和な休日の午後だったことを思い出させてくれる。そもそもこれはよくある男子仲間での罰ゲームであったはずだ。くじでハズレを引いたものが難攻不落の勘解由大路沙也加に「告白」して、玉砕してくるというものだった。自分がハズレを引く可能性も当然あった俺達は結局、傷つくにしても心に深手を負うことはないようにと、「デートに誘う」というヘタレで俺達にはふさわしい内容にしたのである。


「だいたい初デートに映画だなんて凡庸すぎるわ。百歩譲ってもサメの出てこない映画なんて考えられない。あなたの感性を疑うわね」


 おかしい……。事前のリサーチによれば俺の左後ろの席に座る彼女が女友達と楽しげに、観るならこの恋愛ファンタジー映画だと話すのをたしかにこの耳で聴いたのである。それにサメとは……。


「でも、いい話だったよね。だって勘解由大路さんもハンカチ使ってたんじゃ……」


「ちょっとその勘解由大路呼びはやめてくれるかしら。せっかくのデート気分が台無しだわ。さ、さやか……、いいえ沙也加様と及びなさい。許してあげるわ」


「えーっ!?」


 すると遊んでいた子どもたちのボールが足元に転がってきた。


「映画という選択がそもそも間違いなのよ。じゃあ、そこの彼に聞いてみるわね」


 彼女はボールを拾い上げ走ってきた小さな男の子にボールを手渡す。その仕草や表情がまるでさっき観た映画のヒロインのようでドキッとしてしまった。


「ねえ、きみ。さっきからあそこでひとりでお人形さん遊びしてる女の子のこと気にしてたでしょ?」


「えっ?」


 男の子は驚いた表情をする。


「いいのよ。お姉さんにはすべてお見通しなんだから。もし、きみが大好きなあの子に喜んでもらうために遊びにつれていくとしたらどこに行きたい?」


「えっとぉ……、そうだ! ガオガオジャーの秘密基地、僕があの子を守るんだ!」


「そうね、それがいいわ。ありがとう」


 男の子は元気に走り去っていった。


「分かったかしら?」


「な、何がでしょう? さやかさま……」


 俺には何が何だか分からなかった。


「仕方がないわね。はじめ君、あなたブラックベリーとブルーベリー、そしてラズベリーの違いは分かるかしら? ちなみに私はブラックベリーが好きなの」


「はあ? あの。全部ベリーがついてるけど違うの?」


「はあ、凡庸だわ。ブラックベリーとラズベリーはバラ科キイチゴ属に分類されるのだけれども、花托かたくが果実に含まれるのがブラックベリーで含まれないのがラズベリーよ。ブルーベリーはツツジ科スノキ属だわ」


「な、なるほど……」


「ブルーベリーがアントシアニンを含んで目にいいなんていうのは常識だけど、ブラックベリーも負けていないのよ」


 彼女はいかにブラックベリーが偉大なものであるかを大いに語った。


「そしてブラックベリーは植物なの」


 ますます意味がわからない。


「あっ、ごめん。俺、ずっと聞きたかったんだけど。どうしてデートOKしてくれたの?」


「あなた、そ、それを私に聞くの?」


「ああ、さしつかえなければ……」


「はあ……。『声』よ。とっても凡庸なあなたでも、その声は……。はじめ君はフェティシズムってわかるかしら?」


「たぶん……。すると君は声フェチなの?」


「そうなるかしら。『フェティッシュとは母親のの代替物である』って大昔の偉い人が言っているわ」


「ファルス?」


「私はあなたの声でとても強く、狂おしいほどにその、ふぁ、……を想像してしまうの。これは一種の病気なのかもしれないわ」


「そのナントカが何の関係……」


「もう、腹が立つわね。行くわ、行きましょ!」


「ど、どこに?」


「あなたの部屋よ! あなたの秘密基地に私を連れていきなさい!」


「ええ!? どういうこと!」


 彼女は真っ赤な顔をして俺の手を引っ張り、力強く歩き出したのだった。


 のちに俺はこの彼女の病を心の中でブラックベリーシンドロームと名づけたのであった。


 


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