魔王の呪いと隷属

 セレストが目を覚ますと、既に灯りを点していた蝋燭は焼き切れてしまい、辺りは暗かった。どうにかして起き上がろうとするものの、体を絡め取られて身動きが取れないことに気付いた。


(そういえば……昨日はマクシミリアン様と眠ったのだった)


 そこで羞恥心を持てればよかったが、残念ながらセレストはマクシミリアンについて浮かんでいる感情が憐憫のほうに大きく傾いてしまっているため、そこで色気や照れが出てこなかった。

 セレストは初日に見たような、マクシミリアンのぞっとするような美しい顔を眺めた。目を閉じてもなお、睫毛の長さ、通った鼻筋、色素の薄い肌、星屑のような髪の色で、彼の美しさが眺められる。

 それをしばし眺めながら、どうにかして腕から逃れようとすると。彼の掌が昨日と同じくちっとも温まってないことに気付いた。


(私を抱き枕にしていてもなお、この方は温まってない?)


 セレストはおずおずとマクシミリアンに触れた。その冷たさは一瞬サラから命が消えていくのを思い起こさせてぞっとしたが、マクシミリアンは腹を上下させてきちんと眠っている。死んではいないのだ。

 やがて、光の届かぬマクシミリアンの部屋が、なにやら光りはじめたことに気付いた。


「え……?」


 思わず目を細めて、気付いた。

 部屋が光っているのではない。マクシミリアンが光っているのだと。


「どういうこと……?」


 思わず口に出したとき、眠っているマクシミリアンの肌に、光の刻印が浮かび上がったことに気付いた。

 その刻印には見覚えがあった。


「……魔族の呪い……いいえ、魔王の呪い……」


 歌を歌ってもあくまで深化を止めるだけ。解毒剤を処方しても、あくまで深化を遅らせるだけ。彼の呪いはスピードこそ鈍化したものの、着実に進行していたのだった。


「すぐ、ハーヴィー様に連絡を、薬を……」


 なんとかバタバタさせてマクシミリアンの腕から逃れてベッドから出ようとしたが。すぐにセレストの手首は冷たい手に掴まれ、そのままベッドに引き戻される。セレストは尻餅をついたが、次の瞬間、すぐに押し倒された。


「……僕を見捨てると?」


 その声はひどく機嫌が悪いものだった。それにセレストは首を振る。


「違います。呪いが進行してらっしゃいますから、すぐに薬の処方をと」

「そんなことしてどうする。この国は一度更地にでも戻ったほうがいい」


 マクシミリアンは吐き捨てるようにしてそう言い切る。それにセレストは目を丸く見開いた。


「……どうしてそのようなことを。あなただって、一度は第一王位継承者だったじゃないですか」

「僕だって最初は呪いのない、安全な国をつくりたかった。呪いで差別され、娼館に送られた者、神殿に入れられてなかったことにされた者だって見てきた。そんな彼らが謂われのないことを言われない世界にしたかったさ。でもどれだけ理想に燃えてもこの国は腐りきってるから無理だって諦めたのさ」


 その言葉に、セレストは驚いてマクシミリアンを見た。彼の朝焼け色の空を嵌め込んだ瞳は、彼から放たれる魔王の呪いにより発光し、夜明けの空のように煌めいていた。


「僕の先祖は王族になってこの国を治めたが……この国に蔓延している魔王の呪いや隷属の呪いに対処しようとした聖女はどうなったと思う?」

「それは……」


 そういえば。かつて勇者がこの国を魔族から奪還し、国をつくって守りを固めた。聖女は頑張って呪いを封印して回り、呪いが発動しないように努力した。そこまではこの国に住んでいれば誰だって知っていることだったが。

 肝心の聖女の話は、唐突に消えてしまっている。まるでマクシミリアンはそのことを知っているような口振りだ。


「それは……どういう意味で……?」

「聖女は殺された。呪いをばら撒く魔女として」


 あまりにもの話に、セレストは言葉が出なかった。マクシミリアンはセレストにのし掛かり、唇を奪いそうなほどに顔を近付けて囁く。


「娼館に入れられた元貴族たちからもらった書き付けで確認したから、ほぼ間違いない。神殿側は抗議をしたものの、揉み消されているし、一部の書き付けは消されているからね。これで魔王の呪いが発症し、隷属の呪いがなおも残っているのをなんとかしようなんて……無理だ。皆が皆、自分のことしか考えてないのだから」


 マクシミリアンはセレストの手を取ると、無理矢理指を絡める。セレストの手は介護のせいで手入れしている暇もなく、荒れたままで治っていない。手を引っ込めようとしても、マクシミリアンは無理矢理繋いだ彼女の手の甲に唇を押し当てるのだ。


「君はそんなくだらない人間たちの中で、なおも矜持を捨てずに守ろうとしたのだろう? 立派じゃないか。君は許してあげるし、君は助けてあげる。でも他は駄目だ」

「……マクシミリアン様、あなたは……」

「呪いが全身に早く回れ、僕が僕じゃなくなってしまえば、こんな国は早く滅びる」


 そうまるで愛の告白のように続けるので、セレストは言葉にならなかった。


(この人は……この国をなんとかしようとした末に、呪われたせいでこの国の暗部に浸かり過ぎてしまったんだわ)


 困った末に、セレストは繋がれた手を寄せると、マクシミリアンの手の甲に唇を押し当てた。それに少しだけマクシミリアンは目を細めた。


「どういうつもり?」

「……手をお離しください」

「逃げるの?」

「まさか」


 少しだけ力が緩んだ隙を突いて、セレストはやっとベッドから脱出する。


「あなたを助けるんです」

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