第5話 盗人


「ちょっと、なんなの?脳って何よ!返せって無理に決まってんでしょ?!脳だよ、脳?!パッカーンて頭割ったら人は死ぬの?そんなのも分からないの?」

 一気に捲し立てると息はゼイゼイと上がる。運動不足かな?あー、体動かしたい!なんかこの体フワフワすぎて動きづらいっていうか……


「……脳は入れ替えが出来る。ただしさっきも言った通りごく一部の人間だけだ。俺たちみたいな下も下な市民には普及していない」

「……もういい加減にして。こんな小説みたいな話……。私早く家帰ってママのご飯食べて漫画読んで明日に備えて寝るの。だから、ここから返して……」

 鼻がつんとする。きっと今の私は情けなく顔をシワシワにしてるんだろう。こんなイケメンに見られるはすごく恥ずかしいけど。でも今は私の顔は私じゃないし、どうでもいいか……。

「カノンは攫われたんだ……」

 私の情けない声を聞いて何を思ったのか、イケメンは先ほどよりも殺気を抑えて話し始める。

「俺とカノンはこのスラムで生まれた。ずっと一緒だった。まるで兄妹のように過ごしてきた……。アイツには俺が必要で、俺にはアイツが必要だった」

 アイツ、と言う時に私の方をチラリと見て、そして逸らす。なんなの、失礼すぎない?

「……その、もしかしてアンタ、この体の子のこと、す、好きだっとの?」

 言葉にすると何となく恥ずかしくて最後はどもってしまった。

「……そんなものを超えて、無くてはならない存在だ」


 (ぎゃああああ!なにこの甘酸っぱいの!?こんなの同級生の男子に言われたらサブイボたって仕方ないわ!イケメンしか許されないわよ!)


「カノンは美しい女だ。だから常に狙われていたんだ」

「は?なんで綺麗だからって狙われるのよ?」

 そりゃナンパされるのは綺麗な女よ?でも綺麗だからって狙われていたら、この世には私みたいな普通の顔しか残らないじゃない。

「顔が整っていると、それを奪おうとする奴がいるからだ」

「……?奪うって……、え?それってまさか……」

 脳を返せ、と彼は言った。だから勘が良い私は気づく。

「そうだ。脳を入れ替えてしまえば良い。そう考える奴らがいるんだ。」

「とっぴょーしもねー」

「この技術が完成したのは15年前ほどだ。それから一気に上の奴らに普及した。普及すると技術はさらに進化するだろう?今はその過渡期ってやつだ。だからこそ脳の入れ替えの手術は乱発している。高額なものもあれば安いものもある」

 外のネオンが時折窓をチカチカと照らす。緑や青、赤と代わる代わる私たちを彩った。

「安いものは感染症や死亡率が高い。それでもやりたがる奴は多いな。」

「じゃあ高額なやつって」

「財閥や政治家、起業家、そういう金を持ってる奴らが中心だな。そういうクソな奴らがカノンを攫って……」

 そこまで言ってイケメンは私を睨みつける。

「お前なんだろ?カノンを攫ってカノンの体に自分の脳を入れたのは!?お前が100年前の人間だなんて誰が信じるか。誤魔化そうとしても無駄だ。俺はカノンの脳を取り戻す。そしてその体も返してもらう!」

「だから!私だって意味分かんないんだって!起きたらこの体だし、小説みたいな世界だし、脳とか財閥とか意味不明なことで怒鳴られて!ふざけんな!私が何したって言うんだ!!」

「いいか?素直に吐けばそこまで酷くはしない。だが口を割らないって言うなら……」


 ビリ、と空気が張り詰める。イケメンの腕が伸びてきて私の顎を掴む。ヒヤリとやけに冷たい。瞳は燃えるような怒りを携えていて今にもその腕を首にかけて私を殺そうとしているようだった。

(怖い……。なんで?なんで私はこんなことになってるの?もしかして本当にこれは夢じゃ無くて100年後の世界なの?!)

 あまりの恐怖に私は思わずイケメンの腕を掴む。力の加減がわからず、そのまま爪を立ててしまった。

「……え?」

 爪を立てたはずなのに、その爪は皮膚を抉ることはなかった。それどころかその腕はヒンヤリと冷たく「カツ」という人間からは発生しない音がした。

「爪をたてるな。あまり替えのきかないシリーズだ。無駄に修理代を使いたくない」

「アンタ……なんなの?」

 イケメンが冷たい目でわたしを見下ろす。目の前で腕を掲げる。

「義体化がそんなに珍しいか?俺はまだ軽い方だぞ。全身をするやつもいるが、あれは狂気の沙汰だな」

 カツカツと自分腕を叩くと袖をまくる。そこに表れたのは無機質な腕。わたしと同じ肌の色のはずなのに、筋に沿って走る機械的な光が、人間の腕ではないと分かる。

 

 (こんなの、漫画や映画の話じゃない……)


「口を割らないのなら、脳に直接の聞いてやることになるが、良いか?」

 指先を摘むとそこから細い銀色のケーブルのようなものを伸ばす。人間って指からそんなの出せたっけ?って呆然としてる私を他所に、イケメンはそのイケが強い顔面を私に近づけた。圧がすごい。いや、しかしマジで顔は良いな。

「初めてなら結構辛いぞ?」

「あの……」

 ニヤリと笑う御尊顔は全く人を思いやるような感情は篭っていない。私は本能で「ヤバい」と悟る。


「きょ、協力するから!アンタの大切な人取り戻す協力するから!だから犯さないで!」


 私は小っ恥ずかしい、ドラマのヒロインのようなセリフを叫んだのだった。

 

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