第3話 サキとカノン

「いやいやいや!だれ?!」

「……やっぱりか」

「え?」

「…とりあえずこっちに来い。飯を食え」


鏡に映る私自身に、私は違和感しかない。


(だれ?!私目おかしくなった?!)


だってそこにいたのは、私じゃないんだもん!!



「飯なんて食べてる場合じゃないわ!なに?なんかの仮装を私にさせた?!もしかして、これ撮影?!」


撮影だとしたら納得する。

ここはまるで現実感がない場所だったから。


鉄と錆だらけのコンクリート剥き出しの部屋はどこか廃退的で、ドラマでそういうの昔やってたような気がする。遠い未来の世界は文明が滅びて原始的な生活をするって。その過程で建物とかはボロボロになっていく。


そうか。そういう設定なのか!

だとしたら許可をとってほしい。

私一般ピーポーよ!顔出しNGだからっ!


「いやいや。顔も整形以上に変わってるし…」


この特殊メイクはどうやったんだろう。

メイクの割には全く違和感ないし。


「カノンの顔でそんな百面相をするな」


イケメンが呆れたような、怒りのような顔で呟く。

え?誰?カノン?


「カノンって誰?」

「お前だ」

「いや、私はサキよ」

「お前はカノンだ」

「……ああ、そういう役名ってこと?」

「何を言ってるんだ?」


うがあああぁ!

イライラする!!

いつまでこんなことするの?はやくネタバレしてよ。


「私はサキ!16歳の女子高生。スポーツ万能、顔もそこそこ良い。彼氏はいなかったけど…。ママが待ってるから家に帰らせてほしいんだけど!」


撮影中だとしても知るもんか。

私は許可してないし、帰ってママのご飯が食べたい。お腹すいた。ぐぅぐうと鳴っている。


「…本当にカノンは消えたんだな…」



だから私はサキだっての!!バカイケメン!


「あのね、役かなんか分からないけど、私はもう帰るね。てかここどこ?とりあえず東京駅の場所まで案内してほしいんだけど」


そこからならなんとかなる。時間もよくわからないけど、電車が無ければ漫画喫茶で時間を潰せる。


「東京駅…。文献に出てくる駅か…」

「そう、東京駅。案内してくれたら誘拐したことも水に流すから」


だから早く教えろとイケメンを睨む。

イケメンは眉間に皺を寄せて、なんともいえない顔をしていた。


「東京駅という場所は100年前に消滅した」

「……………は?」

「東京っていう地名もない」

「ん?ちょ、ん?は?!」

「文献によると100年前、この地球に巨大隕石が降り注いだ」

「あのぉ、まったく話が…」

そう言った時、私の頭がズキズキと痛んだ。


(隕石…。あれ、私、知ってる…)


「その時の文明は崩壊。だが人間は強いもので、新たな文明を100年かけて作った。それがこの世界だ」


「お前はカノンの体を乗っ取ったんだな?」


イケメンの顔が近づく。


(いつの間にっ!)


「返せ」

「はあ?何を返せって…」

「カノンの体を返せっ!」

「だから私はサキだって!!」


叫んでカツラを取ろうとした。顔の化粧も取ろうと手を顔に伸ばす。もうイライラする!

早く顔洗ってこんな長い髪のカツラをとってシャワー浴びたい!


「…え」


ぐい、と引っ張った髪は頭皮にめり込んでいて激痛が走る。

「いった!」

顔をゴシゴシと拭ってもいっこうに化粧は落ちない。

鏡を見てもそこには知らない女が馬鹿みたいに頭をボサボサにして立っているだけだ。


「お前はカノンの体に住み着いた盗人だ」


イケメンは目を伏せ拳を握る。


(…震えてる)


いやいや。怒りたいのは私なんだよ?

こんな訳のわからない場所に誘拐されて、盗人呼ばわりされて。


「うるさい!私は帰る!家に帰るから!」


足に力を入れて出口であろう扉に飛びつく。


ギギと鈍い音を立てて扉は開く。



「うっ」


そこに広がるのは…………






鉄と錆と、そしてネオン輝くスラムのような場所だった。

ギラギラとした青や赤、緑などネオンは綺麗とは言えずとても下品だ。

雨の後だろうか。路面は濡れていて、光を反射している。

人々の服装は、なんというか世紀末といっても良いほど私の趣味ではない。

肌は露出し、隠れているのは胸とか大事なところだけだ。

路上で爆音で流れる曲はまったく聴いたことがないが、ロックだろう。


「ここ、どこなの…」


私はへなへなとその汚い地面へと座り込んだ。

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