第84話 遠距離コミュニケーション

 夏も終わりに近づいたある日、昼食の後に、ジェシカが颯爽とこちらの部屋へとやってきた。

「ヘイ!ミサキ!何をしているのですか?」

 ノックと同時に入ってきた彼女は、こちらがデスクの上に広げていた報告書を覗き込んだ。

「報告書ですよ。この間の災害鎮圧の。新しい武器の使用感も報告しないといけないので」

 少し前、東南諸国のうちの内陸国、ランサン民主主義人民共和国に竜災害が発生した。

 規模はそこまででもなく、Mクラス三体という比較的楽な構成だった。

 央華と比較的繋がりの強いその国は非常に貧しく、物的な被害規模はそれほど大きくは無かった。

 しかし、人的被害はその規模に比べて甚大であり、発生地では百人規模の死者が出ている。

 原因としては、ランサン国民にあまり竜災害の周知が進んでいなかった事に加えて、逃げ込めるような堅牢な建築物が無かった事。また、運悪く発生した場所が人口密集地であったという事も原因の一つとして上げられている。

 ヒノモトからは比較的近い距離にあるものの、それでもこれだけの被害が発生したという事は、やはり発生地や竜の種類によって被害規模が大きく変わる、という証明のような事例となってしまった。

 貧しい国故に報酬も期待できず、人命が大量に失われるという、誰にとっても嬉しくない竜災害だった。

 お陰で自分達を敵視する人々は調子付き、声高にこちらの体制に不備があるのではないかと騒ぎ立てている。これは基本的に無視するしかない。

 文句があるなら誰も死なない対策を考えてみろというのだ。こちらとて人死を出さない為に必死でやっている。外野にとやかく言われる筋合いは無い。

 とはいえ、そんな事を堂々と言えば火が燃え広がるだけなので、こちらは言われるがまま、ただいつも通りに過ごすしか無いのである。

「新しい武器ですか。前回のは張り合いが無かったので、今ひとつ使い心地がわかりません。ただ、威力が上がったのはわかりました」

「そうですね。こちらの大太刀は重量が増した分、より硬いものも斬れるようになりました」

 その分重さが極端に増えている。こちらの力が増していなければ、とても振り回せるような代物ではない。多分もう、一般人は持ち上げる事すら不可能だろう。

 一体何を芯鉄に使っているのだかわからないが、少なくとも攻撃力が上がったことだけは事実だ。報告書にもそのように書いてある。

「それはそうとジェシカ、何か用事があったのではないのですか?」

 そう聞くと、ジェシカは思い出した、とばかりに手を打った。

「そうでした!この後、フレデリカ達とビデオ通話をするのです!ミサキも一緒にやりましょう!」

 ビデオ通話。サイクロプス島とか。

「構いませんが……回線は?」

「ハルナに駐屯地にある専用の超高速回線を使って良いと言われました。設定はもう終わらせてあります」

 オオイの承認済みか。であれば問題ないが、あちらとこちらの軍には一応聞かれていると見たほうが良い。言動には多少気をつけるべきだろう。

「そうですか、それじゃあ、これを上に送ったら行きます。ジェシカの部屋ですよね?」

「そうです!先に行って待っています!」

 ジェシカはぴったりとしたデニムパンツに包まれた、大きな尻を揺らしながら出て行った。こちらも追いかけるような形で一旦給湯室に入り、貨物用エレベーターで上に書類を送った後、ジェシカの部屋へと向かう。

 彼女の部屋はまた大きく様変わりしていた。

 フィギュア用の棚とウスイホンやコミックスがぎっしりと詰まった書棚が増えており、端末の乗ったデスクの横には何故かペンタブレットが置いてある。絵でも描いているのだろうか。

 壁一面に貼られたアニメのポスターもあるため、これは完全にオタクの部屋である。これがジェシカの部屋ですと公開しようものなら、合衆国海兵隊に広がっているジェシカファンの、彼女を見る目が変わってしまうのではないだろうか。

「ミサキー、待ってたよ。早く早く」

 茶色い飲み物の入ったボトルを片手に、メイユィが手招きしている。二人はウェブカメラ付きの端末の前に折りたたみ式の椅子を置き、通話の開始を今か今かと待っているようだ。

「こっちに座ってください!では、通話を開始します!」

 ジェシカがマウスを操作して、ワイアードのビデオ通話を開始する。使用アプリもこれなので、やはり機密情報は話さないほうが良いだろう。

 数度の呼び出し音を待って、相手側と回線が繋がった。ジェシカが映像をフルスクリーンにして、画面一杯にロロの目玉が映っている。

『これで見れるのかー?』

『そうだよ、ロロ。ちょっと離れてくれたまえ、僕らが映らないじゃないか』

 のっけから微笑ましい事だ。言われたロロがカメラから離れ、座っていたフレデリカの横にちょこんと座った。

『やあ、ミサキ。三人とも、元気にしていたかい?』

 フレデリカが長い足を組んだ状態で、こちらに笑顔を見せている。相変わらずとんでもない美人だ。

『お久しぶりです、フレデリカ。ロロとゲルトルーデも』

 ゲルトルーデは何故か緊張しているようだ。背筋を伸ばして顎を引き、やや硬い表情でこちらを見ている。

『おお!本当にミサキ達だぞ!ゲルちゃん、ゲルちゃん』

『あ、あぁ、久しぶりだな、三人とも』

 多分、ゲルトルーデはこういう通話方式に慣れていないのだ。いつも自然体のロロとは対照的である。

『よう!相変わらずクソ可愛いなお前らは!何人からファック……ああ、これはダメだったか?ミサキ』

『ダメです。それは挨拶じゃないので』

『ハーイ、皆!私達はいつもどおりだよー』

 若干不安があるものの、和やかな挨拶が終わる。

 おしゃべりなロロやジェシカ、メイユィ達は、当然の様に最近何を食べただとか、今度はあれが食べたいなどと食事の話ばかりをしている。折角の超高速回線も、まさか食い物の話ばかりに使われるとは思っても見なかったであろう。

『それでね、ミサキの作ってくれたユイチー、久しぶりに食べたんだけど、すっごく懐かしくて』

『ユイチーってなんだ?』

『サメのヒレの事だよロロ。僕も食べたことはあるが、ヒレ自体に味は無かったな。面白い食感ではあったが』

『そうだよ!だから、味付けがとっても大切なの』

『イラブーも美味かったぜ!初めて食う味だったな!』

『イラブー?何だいそれは?聞いたことがないな』

『フレデリカ、イラブーとはウミヘビの一種です』

『ヘビ!?ヒノモトではヘビも食べるのかい!?』

『まぁ、一部地方だけなんですけど』

 下らないが楽しい。日頃の戦闘や鍛錬を離れ、こういった会話をするのも人間性を保つのに必要な事だろう。

 しかし、同じ駆逐者同士、どうしても会話は竜の方へと流れていく。

『しかし、大変だったみてえだな。32体だったか?』

『ああ、僕らだけじゃ危うかったな。彼女がいてくれなかったら、最悪負けていた』

 連邦の彼女の事だろう。確か、ルフィナ・ナザロヴァと言ったか。

 情報が欲しい。どのように聞けば良いだろうか。

『やっぱり連邦の彼女も可愛らしかったんですか?』

 これなら大丈夫だろう。容姿については駆逐者というのは概ね優れている事が多い、というか、全員がそうだ。

『そりゃあもう。会見で僕が言った事は嘘じゃないよ。小柄だけどとっても美人だ』

『そうなんだ。私達も会ってみたいなぁ』

『いずれ会うこともあるだろうな。非常に正確な攻撃をする、強い駆逐者だった』

 正確な攻撃、か。確か、鎖に繋いだ棘付き鉄球を使うという話だが、それで正確となると、かなりの習熟度だと思われる。伊達に広い国土を一人で守っていたわけではない、という事か。

『君たちもきっと彼女を気に入ると思うよ。籠の中の鳴かない白いカナリアをね』

 籠の中。連邦での彼女の扱いはあまり良くないのか。白い、というのは格好の事だろう。鳴かないカナリア……。

『それはそうとして、君たちの方も大変だったんだろう?大丈夫かい?』

『え、ええ。まぁ慣れたくはありませんが……出現地によって災害規模が変わるというのは厄介ですね』

 ランサンでの竜災害の事を言っているのだ。かなりの被害規模だったという事は、当然あちらでも把握しているはずだ。

『そうだね、こちらは数の割に死亡者がゼロだったという例もあるし……ただ、こればっかりは僕らじゃどうしようもないからね』

『そうだな、クソファッキンども、もっと人の少ない所に出りゃいいものをよ』

 全てが人のいない場所に出てくれれば、もっと準備を整えて全員で挑む事もできるだろう。だが、現実はどうしようもない。恐竜はこちらの事を配慮などしてくれないのだ。

『しかし、ランサンか……ミサキ、少し気をつけたほうが良いかもしれないぞ』

『何か問題が?』

 ランサンで竜災害が起こったことに何か意味があるのだろうか。

『いや、ランサンは一つのトリガーだ。間の悪い事に、ルフィナがこちらで活躍してしまったからな』

 ルフィナ、連邦の駆逐が活躍して、その後ランサンで大きな被害を出す竜災害が起こった。

 何だ?何か嫌な予感がする。自分では抗いようもない、そんな嫌な予感が。

 ランサンは東側国家だ。鳴かないカナリアの活躍。何だ?何がそんなにひっかかる?

 こちらよりも世界情勢に詳しいフレデリカはわかっているようだ。情報が欲しい。だが、ヒノモトには連合王国のような強いインテリジェンスが無い。いや、規模は比べ物にならないが、あるにはある。だが、その情報はまずこちらまで降りてこない。上層部で止まる。

 忌々しい。情報がなければ動かない自分の頭脳が忌々しい。

『まぁ、杞憂かもしれない。そんなに気に病むことはないさ。いざとなればこちらから手伝う事も……』

 画面の外から聞いたことのある声で連合王国語が聞こえた。

『ああ、わかった。すぐに行く。すまない、皆。こちらはそろそろ時間のようだ。また、暇があったら呼んでくれたまえ。楽しいお喋りはいつでも歓迎だよ』

『またなー!また美味しいもの食べたら教えてくれー!』

『鍛錬は怠るなよ、ミサキ。次は負けないからな』

 あちらから通話が切れた。有意義な時間ではあったし、かなり貴重な情報も得られた。だが、肝心なことがどうにも分からない。多分、それが一番大切な事なのだと自分でもわかっているのだが。

「あー、もうこんな時間?みんなで話をすると楽しいよね」

「そうですね!あっちも元気そうでよかったです!連邦のデストロイヤーも良い子のようですね?」

 そのようだ。少なくとも三人はルフィナの事を話す時、笑顔だった。どうやら駆逐者というのは仲間意識が強く、すぐに仲良くなれるもののようだ。

 連邦出身という事を差し引いても、彼女達の好意的な態度を見る限り、好感の持てる人間のようである。

「そうですね。そのうち会う事もあるでしょうし、楽しみにしておきましょう。さて、私は一度部屋に戻って調べ物をします。二人はどうします?」

「ワタシはゲームの続きするかな。ミサキ、また明日ねー」

 メイユィは頭の上のおだんごを揺らしながら部屋に帰っていった。

「ミサキ、調べ物ならここでもできますが」

「いえ、こちらの部屋でします。ジェシカも、夕食はオオイ二佐に頼んでばかりではなく、時々でもいいので二人で作ってくださいね」

「わかっています!料理ができたほうがモテると言いたいのでしょう!」

「その通りですよ。材料は冷蔵庫にありますからね」

 基本的な調理法は教えてある。二人はもう、やろうと思えばかなりの種類の料理を作ることができるようになっている。将来的に必ず役に立つはずだ。

 部屋に戻ってあれこれと調べているうちに定時になった。ネットで得られる情報は、真贋の判断の困難さもある上、全てがわかるという便利なものではない。

 心に残るしこりが、フレデリカの言った通り、杞憂であれば良いのだが。

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