第27話 公開
夜の営みは基本的に毎晩行っている。隣に相方が寝ていると思うと、どうしても欲望が抑えきれなくなってしまうのだ。最早習慣と言っても良い。
お互いの興奮が佳境に入り、彼が動きを速めた所で、唐突にベッドサイドに置いてあったこちらのスマホが鳴った。
「あっ、まっ、待って、ソウ。呼び出し、呼び出しだから、待って」
こちらが息も絶え絶えに言うと、物凄く不満そうな顔をしてソウは動きを止めた。気持ちは大変に良く分かる。何もこんな時にかかってこなくても良いのに。
「は、はい。カラスマです」
『カラスマさん?夜分遅くすみません、今、大丈夫ですか?』
オオイだ。随分回りくどい言い方をする。呼び出しではないのだろうか。
「は、はい。何ですか?出動ですか?ッ!」
ソウが少し腰を動かした。思わず呼吸が止まる。
『いえ、そうではないのですが……大丈夫ですか?カラスマさん、何だか息が荒いようですが』
察してくれ。こんな時間にかけてきておいて。緊急でないのなら明日でも良いではないか。
「だ、大丈夫です。何でもありません。そ、それで、要件は?」
『明日、記者発表を午後に行うので、出来るだけちゃんとした格好で出てきて下さい』
ちゃんとした、って。いつもちゃんとした格好で出ているだろうに。出動は戦闘服なのだから、別に出勤をブランド物の服で固めていたとしても問題はないのである。
「い、いつもの、格好じゃ、ダメ、なんですか?ちょ、ちょっとソウ!」
ゆっくりと上下運動を再開した彼に、うっかり抗議の声を上げてしまう。
『?いえ、大丈夫です。あの格好で結構ですよ。あの、お取り込み中ですか?』
大絶賛取り込み中である。なので早く切って欲しい。
「は、はい、ちょっと。あの、もういいですか?」
『ああ、失礼しました。それではまた明日』
通話が切れた途端、ソウが動きを再開した。
「あっあっ、ちょ、スマホ、置かせて、ソウ、ソウ!」
彼はこちらの言う事を全く聞かず、中断させられた恨みを思い切りこちらにぶつけてきたのだった。
「というわけですので、お二人にも服を用意しています。食事の後に着替えてください」
マツバラによる朝の問診が終わると、オオイは昨夜言っていた事を二人にも話して聞かせた。要はこちらの存在と竜災害を公に発表する、というのだ。
今までも対処の為にいくらか民間企業を巻き込んでいるので、知っている人は知っている。だが、社会全体としては世界中でそのような事が起こっているという事を知らされていない。各国でも、不明な災害時の対処法を国民に周知しているだけだ。
「あの、オオイ二佐。今日ここでそれを言うのであれば、昨夜の電話はいらなかったのでは……?」
あの後、果てた後も暫くしてから彼が二回戦を求めてきたのだ。次の日も仕事だというのにそうなるというのは極めて稀なので、あの通話での中断が関係しているという事は間違いないのである。
無論こちらも嫌ではないので応じたが、案の定、精力を使い果たしたソウは寝坊しそうになっていた。
「いえ、カラスマさんは外にいらっしゃるので、服装の件は事前通達が必要かと……あの、ご迷惑でしたか?そういえば、何かお取り込み中だったような」
横で聞いていたマツバラが呆れて、彼女に横槍を入れた。
「オオイさん。夜中にかけたんですか?そりゃ、新婚夫婦は取り込み中に決まってるでしょうに」
「新婚……あ、あぁっ!し、失礼しました!」
彼女は漸くその可能性に思い至って、大げさに頭を下げた。いや、そこまで恐縮しなくても別に構わないのだが。
隣で聞いていた三人は三者三様の反応をしている。最も分かりやすいのが後ろにいたサカキで、咳払いをして視線を明後日の方向へと逸らしている。案外初心なのだ。
ジェシカとメイユィは目を輝かせてこちらに詰め寄ってきた。
「ミサキ!昨日もしていたのですか!どうでしたか?やはり、こう、ウスイホンみたいに喘ぐのですか?」
「いいな、ミサキ。ねえ、好きな人とするのってどんな感じなの?最初は痛いんでしょ?」
答え難い事を答えろと詰め寄ってくる同僚二人。どうすれば良いのだろうか、これ。
「マツバラ先生……責任取って、彼女たちに教育をお願いします」
「わかった。きっちり教えるから覚悟しといて。伊達に産婦人科医やってたわけじゃないから」
「あの、僕もいるんで、そういう話はちょっと……」
「ああ、サカキ君も聞いていきなさい。男も学ぶべき所は多いから」
巻き添えを食らった外務官は、結構ですからと狼狽えて部屋を飛び出していってしまった。自分の周囲で騒々しいのは甥姪達だけかと思ったら、どうにもそうではないようだ。
記者発表の場は、流石に駐屯地内ではなく別の場所で儲けられているようだった。食事の後、着替えた後にわざわざ輸送ヘリでムサシ県まで移動する。巡航速度も高速鉄道並に速い上、障害物を無視して突っ切るのだから、それはもう速い。二時間と少しで到着する予定だという。
「なんだか、ピチピチで落ち着きません」
「そうだね、なんか動きにくいね」
こちらと似たような、フォーマルな格好をした二人が所在なさげに座席で尻を揺すっている。あんまり動くと破れてしまいそうだ。
「少しの間ですから我慢しましょう。質問に答えるのは防衛大臣とサカキさんだけなので……サカキさん?大丈夫ですか?」
「え?は、はい。大丈夫です」
彼の顔色は優れない。妙に血の気が引いていて、座席部分をしっかりと握り締めている。
「あの、ひょっとして、輸送ヘリに乗るのは初めてですか?酔ったりしていませんか?」
よく考えたら彼は外務省勤務なのだ。防衛官ではないのである。そりゃあ、旅客機以外に乗るのは初めてだろう。
「いえ、酔っては……ただ、ちょっと、なんていうか、高いのは苦手で」
おい、大丈夫か。外務官僚は大使館勤務だって任される事があるだろう。その時、飛行機が怖くて乗れませんとか問題ではないだろうか。あっ。
「あー、それでこちらに回されたんでしょうか」
高所恐怖症の人間が外務省に総合職として入ってきたのだ。外国に行くのに飛行機が怖いでは困る。が、故に、基本的に外国に出なくても良いこちらの担当にされた、という事だろうか。何というか、少し可哀想になってきた。
「サカキさん、少し我慢して下さい。帰りは鉄道にしてもらいましょう」
「そ、そうしてもらえると……」
駐屯地の場所が割れると問題だろうが、カワチまで高速鉄道で移動して、そこから誰かに迎えに来て貰えば良い。ヘリで飛んでくるのだから、ムサシ県にいないという事はすぐにバレるのだ。
まぁ、そうでなくとも外で生活している自分は比較的人の目に晒される。マンションの住人は基本的に教養と節度のある人間ばかりだが、人というのは一定割合でアレな人が混じるものである。いずれ部屋まで特定されるかもしれない。そうなったらオオイに言ってどうにかしてもらおう。
「ミサキ。ハルナは来ないのですか?」
ジェシカが不思議そうに聞く。確かに指揮官が来ないというのは不思議だろうが、彼女はどちらかと言えば裏方役らしい。表立っては自分がこのチームの指揮官という事になっているのだ。
「オオイ二佐は裏の指揮官ですから。影の指揮官ですよ、格好良いでしょう」
「影の指揮官!ハルナが急に格好良く見えてきました!」
「ジェシカはアニメの見すぎじゃない?」
「メイユィだって見ているでしょう」
「ワタシはジェシカに付き合ってるだけだよ」
高所恐怖症の約一名以外は、そこそこ和やかな移動時間だった。
用意されていた会場は、何と国会議事堂の会議室だった。良く良く考えれば防衛大臣が記者発表を行うのだから、当然と言えば当然である。
流石に今まで全く縁のなかった国政の中枢部に入り込むのは緊張する。控室とされている隣の会議室に案内され、ほっと一息ついた。
「落ち着いた感じの会議室ですね」
何気なくそう呟くと、恐怖症から立ち直ったサカキがそれに反応した。
「委員室ですね。普段は各種委員会に使われます。今は会期ではないのであまり使われていませんから。もうじき臨時会が始まりますけどね」
流石に詳しい。国一を突破して総合職として勤めていただけはある。
「そういえば、サカキさんは帝大出ですか?」
「そうですね、総合職は大体そうですよ」
「はあ、やっぱりエリートなんですねえ」
褒めると彼は少しだけ誇らしげになった。狭き門をくぐり抜けたのだから当然だろう。実際、朝も弱いし高所恐怖症という弱点はあるものの、彼の言動にソツはない。このチームの広報になるということだが、概ね心配は無いだろう。
「ミサキ、テイダイって何?」
あちこち物珍しそうに見ていたメイユィが、話を聞きつけて近寄ってきた。隣の席にちょこんと座る。
「帝大っていうのは、ヒノモトの一部の国立大学の事ですよ。入るのがとても難しいのです」
入学出来るのは概ね学生たちの中でもかなりの高偏差値を誇る上澄みだ。進学校からでないと入試を突破する事は中々難しい。
「へえ、サカキさんは凄いんだね。ワタシも入れるかな?」
「そうですねえ……勉強して、高校卒業資格を取れば入れるかもしれませんね」
「勉強かあ。あんまり好きじゃないなあ」
「勉強が好きじゃないとあんまり入っても仕方がないですね。でも、大学は面白い所ですよ」
そう言うと、サカキが不思議そうな顔をした。
「カラスマさんは、大学生活の経験が?」
しまった、これは少し軽率だったか。
戸籍の無い状態で大学に入る事は出来ない。他の二人は学校に通った経験がない、というより、記憶を失っているのだ。自分もそのように見られているのである。
「いえ、何度か見学を。でも、戸籍がないと大検も取れないですからね」
「そうだったんですね。竜災害が落ち着いたら、受けてみてはどうですか?カラスマさんは賢いので、すぐに入れるでしょうし」
「そうですね、考えておきます」
サカキは特に疑う様子も無くこちらの話を信じた。あまり自分の身の上を語るような真似はよしたほうが良いだろう。周囲が口を噤んでくれていても、自分から漏らしたのでは意味がない。
「やあ、お揃いだね」
会議室、もとい委員室の扉を開けて、頭の禿げ上がった50から60代ぐらいの人間が入ってきた。ニュースでも割と良く見る顔だ。
「キウチ防衛大臣。お会いできて光栄です」
こちらから握手を求めると、彼はにこやかにこちらの手を握った。
「こちらこそ、カラスマ君、いや、サメガイ君だったかな?直に見ると、映像で見る以上に可愛らしいね」
「カラスマで結構ですよ、大臣。サメガイだと、
彼はそうか、そうだねと鷹揚に笑った。この年代の男性らしい対応だが、別に気にする必要は無いだろう。どうせ彼と顔を合わせる事など、これが終われば殆ど無いのだ。
「サカキ君も、これから宜しく頼むよ。これだけの美形揃いだ。変な事を企む輩がいないとも限らないからね」
「承知しております、大臣」
彼は畏まって営業スマイルで、いや、彼の場合は公務員なのだから、仕事用スマイルというべきか。余計な事は言わずに頭を下げた。
実際、この防衛大臣の言動は少しだけ危うい。変にリークされるようなことがあれば突かれるような所が沢山ある。今の所そういった話がないのは、官僚の話を良く聞いているからだろう。基本的に立法府は官僚とのもたれ合いである。
「サンダーバード君とジュエ君も、カラスマ君と良く協力して宜しくお願いします。世界の平和は、君たちにかかっているのだからね」
二人も笑顔ではいと答えた。あまり余計な事は言わないように予め言ってある。
「大臣、皆さん、そろそろ」
扉を開けて担当の職員らしき人間が顔を出した。
「おお、そうだね。では、行こうか」
世界各地で発生している災害が、これから公になる。世の中は一体どのような反応をするのだろうか。
ソウ・サメガイは午後半休を取って、自宅に戻っていた。今日はヒノモトとヴィクトリア連合王国から、竜災害についての正式発表が行われる。彼がサブウェイを開いて待機しているのは、当然の事ながら国会議事堂で行われている記者発表の中継だ。
発表は防衛省であるが、ライブ放送のチャンネルは外務省広報だ。開始前のコメントにも、紛らわしいという反応が多数流れている。
普段はこのようなチャンネルを見ない層が大量に集まっているのか、開始一時間も前なのにも関わらず、閲覧者は既に30万人を超えている。視聴者数はまだまだ急激に増加しつづけており、この発表が何なのかというのを、薄々勘付いて見に来ている者が大量にいるという事だろう。
実際、付いているコメントの殆どはヒノモト語だ。当然のように彼ら彼女らは、あのヤマシロ市役所とサクラダ駅前の事にばかり言及している。テレビでの防衛省の記者発表という情報を得た者が、次々とこのライブ中継にやって来ているのだ。
時間になり、映像が映し出された。一斉にコメントが大量に流れる。
『キターーー!』
『あの子だ!クソ可愛い!』
『並んでる子達、みんなめっちゃ可愛い』
『おっさん、邪魔』
『やばい、この人すごいイケメン』
『おっさん邪魔すぎワロタ』
殆どが彼女達の容姿に関する事だ。真面目な記者発表という場にも関わらず、まるでアイドルの記者会見やゲームの生放送かのようなノリのコメントが続く。
「ええ、時間になりましたので始めさせて頂きます。今回、司会を務めさせて頂く外務省のシミズと申します。宜しくお願いします。本日の発表自体は防衛省からですが、国際関係も考慮して、広報は外務省からとなります。では、大臣」
背の高い眼鏡の男に促されて重々しく頷くミチル・キウチ防衛大臣が、咳払いをしてから口を開く。
「巷で既にご存知の方もいらっしゃるかもしれません。先の春、我が国で、死者百三十名超という未曾有の大災害が起こりました。天災と比べると小規模かと思われるかもしれませんが、間違いなくこれは大災害であります。まずは、亡くなられた方、ご遺族の方、被害に遭われた方々に、謹んで哀悼の意を表します」
キウチは深々と頭を下げた。カメラのフラッシュが一斉に焚かれる。回りくどいのは正式の場ならではである。
『はよしろ』
『オッサン引っ込め』
『カメラさん、もっと左!左!』
『この隣の奴、イケメンすぎね?大丈夫か?』
『ちらっと映ったぞ!4545』
「その天災につきましてですが、、実は我が国だけでなく、各国で、世界中で起こっております。我々閣僚、政府関係者はこの件につきまして、各国首脳と相談の結果、この場を持ちまして、ヴィクトリア連合王国と同時に、災害の内容と、その対策について公表する事となりました」
彼が頭を下げた時と同様、再びパシャパシャと記者陣のカメラのフラッシュが瞬く。お馴染みの光景だ。
「まずは災害の内容です。既にいくつかの媒体で確認された方もいらっしゃると思います。原因は、現在このアース上に存在しない、新たな生物が原因と見られております」
見られている、ではなくて、原因そのものだ。持って回った言い回しが続く。
「この生物は、かつて古代に見られた生物と特徴が一致するものが多く、我々はこれを新古生物と読んでおります。この新古生物が――」
彼がそこまで言った時、記者陣の中から、恐竜ではないのですか、という声が上がった。
『恐竜だろ』
『どう見ても恐竜』
『恐竜対美少女』
『なんだよ新古生物ってwww』
『○ンコ生物草』
司会の眼鏡の男が、質問は後で受け付けますと言った。気を取り直して大臣が続ける。
「新古生物が、原理はわかりませんが、突如として出現し、人や建築物を破壊してまわるという事が確認されています。そして、真に遺憾ではありますが、我々人類のあらゆる兵器は、この新古生物に一切通用しないという事も分かっております」
ざわざわと記者団がざわめく。隣に居並んでいる彼女達の事は想像していただろうが、流石に兵器全般が全く通じないという事実に驚愕を隠せないのだ。
『核使えよ』
『核も無理なのか?』
『アホか、核なんか使えるかよ』
『核なんか使ったら恐竜こ○しても人が住めなくなるだろ』
『動画でもミサイル全然効いてなかったしな』
ざわめく会場内に、お静かにお願いしますと司会が声をかける。
「しかし、です。その兵器が通用しない相手に立ち向かえる者達がいる事が判明しました。今の所、世界中でも六名しかおりませんが、その六名にお願いし、この災害、ええ、俗称ではありますが、竜災害、ダイナソー・ディザスターの鎮圧をして貰う事になりました」
なりました、ではない。もう既に彼女達はあちこちで竜を殺し、鎮圧、といえば穏便に聞こえるが、駆逐、殲滅しているのだ。
『六人しかいないのかよ』
『アースオワタ』
『無理だろどう考えても』
『こんな美少女をコキ使うのかよ』
『小さい子もいるじゃん、かわいそう』
「今日、こちらに並んでいる三名は、その六名のうちの半数です。サカキ君、紹介を」
頷いてミサキの送迎に来ていた整った顔の男が立ち上がった。
「彼女達、デストロイヤーズ・オブ・ダイナソー・ディザスターの広報を務めさせて頂きます。外務省のシュウト・サカキと申します。順番に紹介します。皆さんに向かって右から順番に、チームのリーダーである本国出身のミサキ・カラスマさん。ステイツ出身のジェシカ・サンダーバードさん、央華社会共和国出身の、ジュエ・メイユィさんです」
言われて立ち上がった三人が、それぞれ頭を下げてヒノモト語で挨拶をする。出身地と名前だけの、簡単なものだ。
『外務省の広報?イケメンすぎんだろ絶対食われるぞ』
『あぁ^〜可愛いんじゃぁ〜』
『ヒノモト語上手すぎワロタ』
『俺の◯ンコ生物もチン圧して欲しい』
『短小乙』
『やっべ、めっちゃ好み。ミサキちゃんにちゅっちゅしてえ』
『ジェシカちゃんおっぱいおっきいね』
『メイユィちゃん?やばい、抱きしめたい』
『ロリコン乙』
やはりというか何というか、コメントが一気に活性化した。とても外務省広報のチャンネルとは思えない。
「彼女達には、このアースの半分、パシフィック海を囲む、央華から合衆国までの範囲を担当してもらいます。竜災害が発生した地域の皆さんは、彼女たちが到着するまでに速やかな避難をお願いします。具体的なアラートや避難方法については、防衛省広報をご覧下さい」
範囲の広さにまた室内がざわめく。サカキが座った為、司会のシミズが引き継ぐ。
「それでは、質問の時間に移ります。指名しますので一名に付き一つ、順番にお願いします。では、そちらの方」
指名された記者が一人、立ち上がる。
「ニチウリ新聞です。パシフィック海を囲む範囲とおっしゃいましたが、あまりにも広すぎないでしょうか。それを三人で、というのは非現実的かと思うのですが、どうでしょう」
『マジそれな』
『ブラック労働だろこれ』
『到着するまでに街滅びるってw』
サカキがマイクに顔を近づけて答える。
「防衛省の出した試算により、範囲内のどの場所にも8時間以内での到達が可能となっています。移動方法は機密の為お教え出来ませんが、速やかな避難が出来れば許容範囲、という解答を得ております」
『はちじかんwwww』
『8時間は草』
『8時間移動で使うって、残業じゃんそれw』
質問をした記者はその答えにまだ聞きたそうにしていたが、司会が次の人間を指名した。
「アカヒ新聞です。先程のニチウリの記者さんが仰った件に多少かぶるのですが、長距離移動、長時間移動となると、その、DDDの皆さんの労働環境などはどうなるのでしょうか。また、災害が不定期となると、連続出動というのも発生すると思います。その場合、ヒノモトの労働基準法に違反することになるのではないかと思われますが」
これもサカキが答える。
「彼女達には防衛隊の服務規程に従って頂きます。所謂災害からの防衛出動という形になりますので、この場合は労働基準法は適用されません。勿論、専属医がついておりますので、彼女達の体調や精神面には十分に気を配っております」
『マジかよ、防衛隊なのか』
『俺も入りたい』
『DDDの専属医になりたい』
次に指名された男が立ち上がる。
「サンエイ新聞です。見た所、彼女達は未成年と見受けられます。防衛隊と言えども、これは人道的に問題があるのではないでしょうか」
どの質問にもサカキは淀みなく答える。予め答えを用意しておいたのだろう。
「こちらは確かに世界的に見ても人道的には問題ありと思われます。しかし、この場合新古生物の鎮圧が可能な存在が他におりません。超法規的措置と見ていただければ」
『認めちゃった』
『でも他にいないんじゃな』
『なんで女の子ばっかりなんだろ』
ざわめく記者団の中から、次に指名された女が立ち上がる。
「ライフハックニュースです。未成年の労働という点で問題ありというのはわかりました。彼女達の意思はどうなのでしょうか。御本人にお聞きしたいと思います」
サカキは少し困惑するそぶりを見せた。隣りにいるキウチを見て、更にその隣に座っているミサキを見る。ミサキが頷いて、マイクを少し引き寄せた。
「我々は自らの意志でここにいます。ですが、それを言わされていると思われる方もいらっしゃるでしょう。では、逆に記者の皆さんにお聞きします。自分達にしかできない事があり、それを放棄した場合、沢山の人が死にます。そうなった場合、貴方がたは人々を見捨ててでも自分の意志を優先するでしょうか。どうですか」
逆に聞かれて記者達は戸惑う。そんなもの、選択肢が無いではないか。
先程の女が質問した時のまま、立ったまま答えた。
「それは、自らの意志ではなく、やらざるを得ないから、という答えだと見てよろしいですか」
「ですので、超法規的措置だとサカキが申し上げました。我々の人権は確かに制限されています。では、我々の人権を護るために、あなたがたは死を選びますか?文明を放棄しますか?」
記者は黙った。
お前たちは絶対にその選択肢を取らない。故にどうしようもない事だ、理解しろ、とミサキは言ったのだ。この選択の主体は彼女達ではない。その他大勢の、世界中の人類全てだと。
『可愛いのに辛辣wwww』
『でもその通りだよな』
『分かっててやるとか、聖人かよ』
『ミサキちゃんすき』
その後も質問は続いたが、彼女達の待遇はどうなのか等、三人についての質問が大半を占めた。やはり見た目の良い少女ばかり、というのが相当にインパクトが強かったのだろう。コメントも大半が三人を養護するようなものが多い。ミサキの返答が効いたのか、それ以上は白熱する事もなく静かに質問の時間は終わった。
「質問は以上で宜しいでしょうか」
シミズが終了しようとした所で、サカキが手を挙げて発言した。
「ご質問と回答にありました通り、彼女達はほぼ、善意と義務感からこの任務についています。その点をご承知おき頂いて、報道や彼女達への接触は可能な限りご配慮をお願いします」
要するに、根掘り葉掘り聞いたり無闇に絡みつくなという事である。報道陣や視聴者に対しての牽制と見て間違い無い。配慮、と言えば強制力は無いが、公的にこれを言うか言わないかで取材の加熱具合は多少でも変わってくる。無理矢理付け回したりでもしようものなら、ネットに晒されてぶっ叩き間違いなしだ。
『触りたい』
『接触したい』
『さきっちょだけ』
『マスゴミはちゃんと聞いとけよ』
「それでは、以上を持ちまして竜災害とその対応に関する発表を終了とさせて頂きます。お集まり頂きありがとうございました」
シミズがそう言い、大臣が席を立ったところで映像は止まった。
終了したにも関わらず、コメントは感想をだらだらと垂れ流し続けている。その殆どがミサキ達の容姿や姿勢に対するもので、多少歪んではいるものの好意的なものばかりだった。
ソウは画面を戻すと、今度は連合王国での発表を視聴し始めた。
「おつかれさん、それじゃ、後は宜しく頼むよ」
キウチ防衛大臣はそう言い残すと、仕事は終わりだとばかりにさっさと出ていってしまった。取り残された四人は片付けの始まった委員室で所在無げにしている。
「ええと、サカキさん、どうしましょう?私達はもう帰って良いんですよね」
そう聞くと、サカキは申し訳無さそうな顔で頭を下げた。
「すみません、僕はちょっと残って報告書を作成しないといけないので……先にカラスマさん達だけで帰って貰えますか?ニシュクの駐屯地から戻れるようにしてあるはずなので」
そうか、良く考えれば彼は元々ここの人間なのである。すぐ隣のカスミ町にある庁舎で仕事をしてから戻るのだろう。
「そうですか、わかりました。お疲れ様です」
議事堂を三人で連れ立って正面から出る。防衛省のクルマが待っていると聞いていたのできょろきょろと見回していると、早速表で待ち受けていた記者達に囲まれた。
「すみません、DDDの方ですよね?少しお話をよろしいでしょうか」
数にしておよそ十数名。どでかいカメラも当たり前のように回っている。あまり印象を悪くするような態度は取れない。
「ええと、これから戻る所なので、出来れば手短にお願いできますか」
ジェシカは平然としているが、メイユィが少し萎縮してこちらの腕をきゅっと掴んだ。
あちこちからレコーダーを向けられた状態で已む無く対応する。最初の質問は声をかけてきた記者だった。
「皆さんの正式な年齢はおいくつでしょう?皆さん、一緒に生活していらっしゃるのですか?どちらに?やはり防衛隊の施設でしょうか?」
サカキが釘を刺したにも関わらずこれだ。やはり彼らにはあまり効果がなかったらしい。
「年齢は、私が20、ジェシカとメイユィがそれぞれ18と16です。生活している場所は、すみません、プライベートな事でもあるのと、機密事項ですので」
今度は脇にいた女性記者が口を開く。
「サンダーバードさんもジュエさんも、随分ヒノモト語がお上手ですね。こちらにいらして長いのですか?」
面倒くさい。それを聞くことに何の意味があるというのだ。
「彼女達はこちらに来てまだ半年です。ヒノモト語は勉強して覚えました」
記者達がどよめく。そりゃあ半年でこれだけ流暢に喋れるようになれたら驚くだろう。
「サンダーバードさん、サンダーバードさんは合衆国出身という事ですが、どちらの州から」
「ジュエさん、可愛らしいですね。ヒノモトにいらして何か気に入ったものとか、ありますか?」
実にどうでも良い個人的なことを聞き始める。流石にもう良いだろう。
「すみません、彼女達のプライベートな事に関してはご勘弁願えますか?取材が必要でしたら、外務省か防衛省の広報を通して下さい。すみません、クルマを待たせておりますので」
ジェシカの手を引き、メイユィの肩を抱いて記者達を割るようにして抜けた。待っていた防衛省のクルマに乗り込むまでも、後ろから恋人はいるのかだとか好きなアーティストは誰だとか実に下らない質問が飛んでくる。自分達はアイドルか。ここは天下の立法府だぞ。
クルマのドアを閉めて記者たちににっこりと微笑んで手を振ると、クルマはゆっくりと動き出した。
「疲れます」
「変なの。ワタシの好きなものとか聞いてどうするんだろ」
「プレゼントしてくれるかもしれませんよ、メイユィ」
後部座席に収まった二人は、片方は困惑し、片方は特に何も考えていないように見える。
「二人共、良く我慢しましたね。すみません、どうもヒノモトの報道関係者というのは不躾で」
控えめに言って俗過ぎる。彼らは情報を受け取る側の国民は、皆そういうのが好きなのだろうと勘違いしている節がある。
確かにそういった人間は多い。だが、果たしてそれが本当に報道媒体のすべき事なのだろうか。そういう俗な取材は週刊誌にでも任せておけば良いのだ。
「私は何ともないですよ。ミサキの方が大変そうに見えます」
ジェシカは特に気にしていないようだ。元々粗野な環境で育った彼女にとっては、多少騒々しかろうが俗だろうが気にならないという事だろう。
「ワタシはちょっと、怖かった。あんなに人に囲まれると、昔を思い出して殺してしまいそうになっちゃうから」
「……我慢してくださいね、それは」
そうだった。彼女は殺伐とした生き方をしてきていたのだ。あまりにも可愛らしい姿と言動をしているものだから、つい忘れそうになる。
「メイユィが暴れたら、数秒であの記者達全員即死ですね」
「暴れないよ。ジェシカのばか」
こころなしか隣で運転している防衛省の人間が、ぶるっと震えたような気がした。
「悪い、遅くなった。すぐ作るから」
部屋に戻ってくると、ソウが風呂から出てきた所だった。
「ああ、良いよ急がなくても。昼食ったの遅かったから」
キッチンを見ると、洗い終わった弁当箱が水切りケースの中に並んでいた。
「なんだ?仕事、忙しかったのか?」
「いや。午後から半休取ったから、帰ってきてから食った」
半休。何故だ。
「具合でも悪いのか?熱は?」
近寄って彼の額に手を当てる。平熱だ、大丈夫そうだ。
「違うって。ネットで中継見るために戻ってきただけだから」
彼は笑いながらこちらの手を握って下ろした。
「ネットで中継って……あぁ、見てたのか。録画でも見れるだろ?」
「そうなんだけどさ」
キッチンに入って手を洗い、前掛けをつける。冷蔵庫から豚肉と白ネギ、保存庫からぶなしめじを取り出した。
こいつはわざわざ仕事を休んでまでこちらの出ていた記者発表を見ていたのだ。そこまでしなくとも、後で見る事だって出来るだろう。なんなら二人で一緒にサブウェイで見たって良いのだ。
フライパンに油を敷いて、豚肉の細切れを炒め始める。
「どうだった?可愛く映ってたか?」
少し茶化してキッチンから声をかけると、ソウは眉間に皺を寄せた。
「可愛いに決まってるだろ。ミサキはどう見たって可愛いんだから。他の二人も、初めて見たけど可愛かったよ」
「マジかよ。浮気か?」
「アホか」
肉の焼ける良い匂いが漂い出す。オイスターソースやチューブのにんにく等、調味料を入れて、ぶなしめじをバラして投入した。
「可愛すぎるんだよ。コメントがそればっかりだった」
渋い顔をしていたのはそのせいか。またぞろ、独占欲が顔を出したか。
「なるほどな、記者達の俺達に対する扱いはそう間違って無かったってわけだ」
「記者の?何かあったのか?」
サブウェイのコメントなんてのは俗の塊だ。皆、好き勝手に自分の欲望を曝け出している。
「ああ、プライベートの事やらなんやら、終わってから囲まれて色々聞かれたよ。まるでアイドル扱いだ」
「なんだそれ。新聞社やテレビ局やネットニュース企業だろ?」
そうだ。皆、それぞれの所属をあの質問の時に明らかにしていた。そうでなくとも腕章をつけて名札まで着けているのだ。皆、相応に影響力のある媒体の記者たちである。
「議員にくっついてる記者クラブも思ってたほどお固くないってことだろうな。寧ろ俗の塊だ。海外からの記者なんてまだ大人しいもんだったぞ」
ネギを放り込んで火を止め、蓋をした。
「アイドルってのは案外間違ってないかもな。コメントでも、だれそれが好みだのそればっかりだ。とても外務省の広報チャンネルのコメントだとは思えねえ」
「いや、サブウェイのコメントってどこもそういうもんだろ」
多かれ少なかれ浅薄で軽薄で刹那的なものだ。高尚さを求めるような場ではない。
「そうだけどさ……」
尚も機嫌の治らない適当な男の前に、ビールを持っていってグラスを置く。彼は手酌で注ぐと、一息にグラスの半分まで飲み干した。
「機嫌直せよ。俺が他人からどう見られたって関係ないだろ?ほら、出来たぞ」
肉とキノコのオイスター炒めを大皿に盛って、自分のビールと共に食卓へと運ぶ。簡単だが、時間が無かったので仕方がない。量だけは十分にあるので腹は膨れるだろう。
「ミサキがいいってんなら良いけどさ」
料理を前にして彼の機嫌は少し戻った。何だか同じことの繰り返しだ。
暫く料理を頬張ってビールを飲んでいた彼だったが、思い出したように口を開いた。
「そういや、連合王国の方の放送も見たぞ。あっちは夜中だったみたいだけど」
連合王国とヒノモトでは約8時間の時差がある。こちらが発表している時刻と同じなら、夜中の9時とかだろう。恐らく、合衆国が同時にやれと押し付けたに違いない。
合衆国は当然、自国出身のメンバーがいる方の時間を優先する。なんだか申し訳ない気分になってきた。
「あっちも可愛かったのか?」
「うるせえな……可愛かったよ。なんか貴族みたいな格好をした子がリーダーで、軍人みたいな格好の子と、野生児みたいな子だった」
「野生児?服は普通だろ?」
貴族と軍人はわかる。出身地はヴィクトリアとヴァイマールとサウスサハラ。という事は、サウスサハラの子が野生児?
「うん。服はそうだけど。なんかバナナとかお菓子食ってた」
「はぁ?記者発表の時に?」
さっぱり意味がわからない。子供か。いや、子供なのだ。
ジェシカやメイユィとて子供っぽいところはある。それは記憶を失ってからの社会経験が短いからというのもあるだろう。しかし、それでも記者たちの前でモノを食うというのは。
「そうだよ。んで、隣にいた軍人の格好をした子が、すいませんこいつ野生児で、みたいな事を連合王国語で言ってたから」
「ああ、なるほど」
多分、こちらのように教育をする前に発表してしまったのだ。これはこちらの判断が拙速だったと言う他は無いだろう。あちらの事情も考えてしかるべきだった。
ただ、防衛大臣も総理大臣もそんな事はお構いなしである。合衆国だって央華だってそうだろう。逆に、自分達のところはしっかりしているぞという世界各国に向けたアピールにもなるのだ。大人って汚い。
「まぁ、あっちはあっちで何とかするだろ。基本的に交流とかもする気無いみたいだしな。手が足りない時に手伝う事もあるのかって聞いたら、その予定は無いって話だし」
「なんだそりゃ。災害対応だろ?協力しなくても良いのかよ」
「色々とお国の事情があるんだと。まぁ、想像はつくけどな」
「人類共通の敵が出ても纏まれないのか……」
ソウはしょうがねえな、と言ってネギをざくざくと咀嚼した。
ひとしきり料理と酒を楽しみ、片付けを終えて歯を磨き、風呂へと入る。シャワーを浴びながら今後の事に思いを馳せた。
自分達の存在を公に向けて発表してしまった以上、一般の人間の目線は今までよりも一層こちらに向けられることとなる。それが好意的なものであれ悪意的なものであれ、大体が悪い方へと転ぶことの方が多い。
ヤマシロ市役所やサクラダ駅での事を思い出せばよく分かる。こちらがどのような存在であれ、人は目についた珍しいものに興味を示す。特に、このヒノモトでは時に自分の命が危険に晒されようとも好奇心を優先してしまう人間が多い。
自分が置かれている状況を理解できず、撮影に夢中になって命を落とす人間が山程いた。そして、その撮影の対象は恐竜だけでなく、これからは自分達の存在そのものにも向けられる。
それはただの一般人に限らない。マスメディアという存在がどのようなものなのか、今までも知っていたつもりだったが、今回の事でよりはっきりと理解した。
彼らは良い映像が撮れると思えば、きっと無茶をする。自分達を追いかけ回すことで撮れ高が上がると覚えてしまえば、もうサカキの言った忠告などどこ吹く風だろう。
彼らだけが死ぬのは構わない。だが、他の人々や自分達までもがその巻き添えを食らうのは御免だ。この辺り、サカキの注意だけではとても足りないだろう。もっと強く、公権力で押さえつけねばならないという事になる。
だが、それが出来るのは実際に被害が出てからだ。何かと報道の自由を掲げる彼らは、公権力が規制をかけようとすると、報道への介入だ知る権利の侵害だと大袈裟に騒ぎ立てる。その自由とやらで何度も失敗しているにも関わらずだ。
立てこもったテロリストに警察の情報を筒抜けにさせたり、立入禁止区間に入り込んで、救助に行った者達もろとも被災して死んだり。小さな事も数え上げれば枚挙に暇がない。マツバラが憤慨している理由だって、彼らの自らを顧みない態度によるものだ。
彼らの中には、それが使命だと勘違いしているものも多い。違うのだ。
知る権利はもちろんある。だが、『知らせる権利』があるわけではない。彼らは知る権利を行使する側ではなく、本来無いはずの『知らせる権利』を振りかざしているだけだ。
公権力は腐敗する。故に監視する必要はある。だが、それとは別に必要な規制は必然だと受け止める頭を持たねばならない。
シャワーを止めて軽く身体を拭いて外へ出る。暑い湯のお陰で十分に温まったが、流石に暖房の入っていない脱衣場ではすぐに体温が奪われていく。
そそくさと下着を履いて寝間着を手に持ったまま、寝室へと足早に急いだ。早く人肌で身体を温めて貰わねば。
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