第5話 急変

「今は昔、竹取の翁という者、ありけり。野山に混じりて竹を取りつつ、万の事に使いけり。名をば、讃岐の造となんいいける」

 今日の国語は、かぐや姫こと『竹取物語』についてだ。

 今、先生の言ったことは言うまでもなく、超有名な最初の約2行の文である。

 更にこう続く。

「その竹の中に、元光る竹なん一筋ありける。怪しがりて寄りてみるに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いと美しゅうていたり」

 余談だけど、かぐや姫が出てきた竹ってもう切れてたんだね。絵本とかアニメとかでは、おじいさんが竹を切ると、中にかぐや姫がいたっていうパターンだから、びっくりだ。

 え、何でこんな話をするかって?伏線はりたいから?

 や、フツーに一人言だよ。

 だってさ、古文ってなんか・・・。

 ゴン!!!ガシャン!!

 机と椅子がひっくり返る音がした。クラス全員が、顔を弾く様に上げた。音の方向としては、前からだった。しかも、かなり近い。

 パリパリ!

 どこかでガラスが割れている。間もなく、砕けるような音も出た。

 先生や、生徒たちが一目散に4組を横切って、避難していく。

 その中に、私の知り合いで5組の子が通って行った。

 ということは。

「加奈!春が!」

 由紀ちゃんの声に、頷いて応じる。現場は5組だ!

 どんどん音量と音の質がひどくなっていく。まるで竜巻でも起こったかのようだ。

 私は由紀ちゃんと共に、訳もわからず教室を出た。

「こら、そっちへ行っちゃダメだ!」と言う教科担任の先生の制止を背に、走って5組の教室に入る。

 閉め切った扉を大雑把に開けた。

 ドン!

 それは何とも言えない有様だった。机と椅子は壊れかけているものもあり、黒板は爪痕が刻まれている。外側の窓ガラスは無惨に割れ、生徒たちの荷物や掲示物が散乱していた。

 後から追いかけてきた先生が言った。

「何てことだ・・・」

「あっ!」

 由紀ちゃんが声を上げ、電子黒板の方へ指を向ける。

 そこには、誰かが教卓の下敷きになっていた。

「大丈夫?!」

 その人に向かって走る由紀ちゃんに、私も付いていく。

「!」

 由紀ちゃんの足が硬直した。顔が怯えていた。

「なに、どうしたの」  

 彼女は驚くべきことを言った。

「春・・・だ・・・。この・・、子・・・」

 言葉がとぎれとぎれだったのは、信じられないからだろう。

 彼女は、気力をなくした様にうなだれた。

 そんなことしてないで、とにかく今は!

 私はバッと後ろを振り向いて、

「先生!早く、119番を!時間がないかもしれません!」

 とドアの前で見守っていた先生に告げた。

 先生は電話をするため、私に頷いてその場を去っていく。

 その時。

「ぐううう、グルルル・・・」

 教卓の下からうなり声が聞こえた。

「え・・?」

 私はぽかんと口を開けて、言葉じゃない言葉を発した。

「春・・・?」

 と、由紀ちゃんが手を伸ばしたその瞬間。

 ギロッ、と狼の様な赤い瞳が私達を見つめ。

 ドン!!

 肉眼では見えない速さで起き上がった。

 瞬時の判断で、後ろに下がる。

 もう教卓もこなごなになっていた。飾られていた花も、虚しく散っている。

「これは・・・夢か・・・?」

 さっきまで、谷川さんと思っていた人が、別の人、いや、別の生物に変わっている。 

 そこには、人でもなく、獣でもなく、ただ未知の存在が立ちはだかっていた。

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