第3話 幻魔になるために

「そうだ。黙っていて悪かった」

 ペコっと頭を下げる。

 私は屈託無く返事した。

「良いですよ。そう言われることは、予想してたし。頭を上げてください」

 彼は頭を上げると、真剣なまなざしで言った。

「良いか。君達は今から、新しい自分を生きなければならない。それでも、やるか?」

 私達は、しっかりとうなずいた。

「「はい!」」

 松ノ殿は少し考えると、机の端に手をやった。

「では、今から幻魔への準備と検査を始める」

 病院の机と同じ仕組みになっている引き出しから、数粒の錠剤が入った瓶が出てきた。

 その瞬間、由紀ちゃんの顔が青くなる。

「ひいいい!錠剤~、やだよう」

 松ノ殿は言った。

「安心しろ。普通よりは飲みやすいんだから」

 彼女は激しく首を振って、極度に嫌がる。

 テストという名目で、私が先に飲むことになった。

「そりゃ、私だってやだけどさあ」

 ピーナツ投げの様に口に投入。

「んぐんぐ・・・」

 ゴクン、と飲み込む。

「そこまでじゃないって」

 一粒つまむ。瓶と爪が、コン・・と静かな音を立てた。

 薬を由紀ちゃんに差し出す。

「ほら」

「ぐぬぬぬ・・・・」

 ようやく観念し、ゆっくりと飲み込んだ。

「~~っ」

 んんっと、彼女が飲み込むと、松ノ殿はふわっと浮いてから言った。

「付いてこい」

 ここの部屋の向こうに何かがある。そう予想した。

 奥は、病院の検査室の様になっていた。

 私達は、あるものを発見した。

 それは、筒のような機械である。おそらく筒の中でX線か何かが放射されて、それを使って体内を調べるのだろう。天才外科医のドラマの物とそっくりだ。後に聞いたがこの検査のことを、MRI検査と言うそうだ。

 シャキッと良い姿勢で、専用ベッドに寝転ぶ。

 ああ、じれったい。こういう時に限って動きたくなる気持ち、判る?

 今私は、微妙ながらもモゾモゾと動いている。

 我慢に耐えること、20秒。終了の声が上がった。

 モニター室で見守っていた由紀ちゃんと交代する。

 やっぱり彼女も、我慢できず小刻みに震えている様だった。

 ブーンと放射線か機械かの音が鳴って、5秒した頃に合図が出た。

 戻って来た由紀ちゃんが、私に言った。

「や~、良い姿勢でいるってさ結構忍耐力必要ない?辛かったわ」

「うん。めっちゃそう思う。キツイよ、数秒だけでも」

 最初の部屋に戻り、検査結果を見る。

「ふむふむ・・・。なる、ほど、ね。よしっ」

 さっきの引き出しと同じところから別の物を出した。

 それは。

「うわああ」

「注射器!」

 正真正銘の、注射器だった。

 いくらなんでも、私も注射は嫌だ。

 予防接種はともかく、こんな場所で打つなんて。

 しかし神は有無を言わせず、半ば強制的に針を打たれた。

 どうでもいいけど、場所は私達二人とも右腕。

「ううっ!い~~」

 声にならない声で、何とか痛みを訴える。

 その3分後。

「よし。絆創膏を外して良いぞ。そして、矢代は自身の左肩、近衛は鏡で首の右を見てみろ」

 まだ血だらけじゃないかなと思いながら、びりっ、と絆創膏を取ると。

「「あっ」」

 打った場所にはもう、跡が無かった。

 そして、左肩を見る。

 これまた驚いた。

「ええっ」

 体に紋章のようなものが、浮かび上がっていた。由紀ちゃんの首もそうなっていた。

 私は握りこぶしがオーラっぽいものを放っている、形。由紀ちゃんのは、炎の中で刀が燃えている模様だ。

 松ノ殿は説明する。

「幻魔の印、体印。形や場所が一人一人違うのが特徴で、幻魔の数だけ、体印があると思っていいくらい。人間と幻魔は非常に似た生き物なので、本来は神々が区別するためにある」

 あるのは幻魔、無いのが人間ということだ。ある意味、画期的かもしれない。

「さてと」

 神がすっと、机から離れる。

「随分、付き合せてしまったな。帰った方が良い」

 確かに。時計は、5時を少し過ぎていた。

「そうだね。帰ろ」

 さっきのはしごを上り、森を抜ける。まだ空は明るい。夏至に近づいているからね。

 別れる前、松ノ殿は言った。

「君達は完全な幻魔じゃない。自由に人間と、幻魔の切り替えができる。ただし、バレないようにするのだ。良いな。なにかあれば、私を呼びたまえ。きっと、すぐに来る」

 最後の言葉が、正義のヒーローみたいだ。

 私達は一斉に挨拶すると、その場を立ち去った。

 それから、由紀ちゃんと別れて。

 改めて、前を向いた。家々の隙間から見えるのは、真っ赤な太陽。

 それが照らす道は、まるで新しい人生を表している様だった。

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