第8話 思い出の木

午後3時50分。

私達は大同公園で落ち合った。

「早いね」

「暇だから」

あいさつ代わりの言葉を交わす。

 大同公園はかなり広く、この地域では知名度も高い公園だ。なによりこの公園には、市が誇るとても大きなブナの木がある。市の広報を読むと三か月に一度は、この木を見にやって来る観光客の様子が取り上げられるほど。

まだ時間が10分あった為、久しぶりに園内を散歩することにした。この公園は、ジョギング用コースが用意されており、それに沿って人々が走ったり、歩いたりする。道中には、様々な花や植物が顔をそろえている。

「うわあ、おっきいなあ」

 『木の広場』というエリアに入ると、目の前に巨大なブナの木が姿を現した。これこそ、先ほど話した市で一番有名な木だ。

「いつ見ても驚くよね。この大きさ」

「ほんと。何年前に植えられたんだろう」

 小学校の社会科で、この木について授業でやった時は全長20メートルと聞いたが、それよりも大きい気がする。

「にしても」

 由紀ちゃんが口を開いた。

「変わんないな、この感じ」

「え」

 この感じとは、どういうことだろう。覚えてないだけで、前に一緒にここに来たのだろうか。

 彼女は驚いた風に言った。

「え!覚えてないの!」

 私は素直に、

「うん」と答える。

 すると彼女は、怒ることも、がっかりすることもなく、ただ木を見つめた。見つめたまま、言った。その口調は、ゆったりと落ち着いている。

「小1の時さ、ここに遠足に来たじゃん。覚えてる」

 それは、覚えてる。私はうなずいた。

「そんときさ、ふふっ」

 また吹き出し始めた。

「そのとき、何」

 私は早く先が知りたい一心で急かした。

「ごめんごめん。加奈、お弁当の時、独りぼっちだったからさ」

「ええええっ、そうだったけ!?」

 あまりにも衝撃で、大きい声を出してしまった。

 周りに人がいないか確認する。

「それで、私と食べた。そして食べた場所が____」

 前を見て、続けるように言った。

「___ここ」

 カサカサと、葉っぱが風で擦り合わさる音がする。とても心地よい風だ。思わず息を大きく吸う。

「こうやって並んで。楽しかったなあ。いま、同じだよ」

「何が」

「小1の時に思ったこと。加奈と友だちになれてよかったな、ていう思いが」

 ああ、思い出した。記憶がよみがえる。


 その頃の私は、引っ込み思案で誰とでも話せるタイプではなかった。

 その時、手を差し伸べてくれたのが由紀ちゃんだった。

「加奈ちゃん!いっしょに弁当食べよ!」

「!・・・うん」

 彼女はどんどん、私に話を振った。答えていくうちに、友だちと話す楽しさを覚えた。

 由紀ちゃんは帰りも、私を誘った。

 彼女は、輝いた眼で私を見る。そして、明るく元気に言った。

「私達、ともだち!そうでしょ」

 どう言っていいのか戸惑っていて、

「え、でも、今日初めて話したし・・・、まだあなたのこと全然知らないし・・・」

 すると、

「そんなんいいじゃん。話したらもうともだち。ね」

「私達・・・、ともだち・・・。うん、ともだち!」

 最後は胸を張ってそう言った。

「私は由紀!近衛由紀って言うんだ。由紀ちゃんって呼んでよ。そうだ!あなたのことは、どう呼べばいい」

「私は・・・矢代加奈。加奈、でいいよ」

 やがて学校に着き、さようならをした後、彼女は言った。

「加奈!また明日ね!」

 そう言ってくれたから、毎日が変わった。それから私達は毎日遊ぶようになった。


 思い出すと泣けてくる。涙腺が緩もうとしている。

 すかさず、由紀ちゃんは言葉をはさんできた。

「あっ、また加奈泣こうとしてるー!」

 我に返って、彼女を見た。そして言い返す。

「なによー、由紀ちゃんだってさっきまた笑ってたじゃんかー。どっちもどっちだよ」

 そうだっけと、首をかしげている。

「もー」

「アハハハ、ハハハ!!!」

「うふふふ、ふっはははは!!」

 また大笑いした。さっきよりも、もっと大きく。口をいっぱいに開けて。こんな時間がずっと続けばいいのに。そう思った。

 その時。

「やあ、探したぞ」

 松ノ殿がやってきた。

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