第13話 布教対決
「布教対決をするわよ!」
指輪を革紐に通して首からかけるようになってから数日経った、ある深夜のこと。
巣で陛下とお茶を飲んでいたらアーシャがやってきて、謎の対決を提案してきた。
「なんですか、布教対決って」
アーシャはふふんと胸を張った。
「そんなことも説明してもらわないとわからないの? ハルーティは頭が悪いのね」
やれやれといわんばかりに首をふる。
「しょうがないから説明してあげるわ。この城で布教活動を行って、どっちがより人々の心を掴んだのかを競うのよ」
「そんなのサーニスラが圧勝しますよね」
だって、もともとの人気が桁違いなんだし。
「よくわかってるわね。あなたって思ってたよりは賢かったわ」
「ええ……? というか、そんな対決をして何の意味があるんですか」
にたり、と笑う。極悪人みたいな悪い笑みだ。すぐ隣に陛下もいるのになあ。猫を被る気もないのかな。
アーシャはびしりと私に指をつきつけた。
「布教対決をして負けたほうは城を出ていくのよ!」
私は黙った。陛下も何も言わない。アーシャはドヤァという顔で立っている。
「……要するにアーシャが絶対に勝つ勝負をしたいと、そういうことですか」
「そうよ。悪い?」
きっぱりと言い切るのは逆に気持ちが良いが。しかし。
「私は負けるとわかっている勝負はしたくないです」
「良いではないか」と、陛下が言い出した。「布教対決をするが良い」
「へ、陛下! 私、城を出ていかなきゃいけなくなってしまいます……!」
まだまだ悪霊は出没中なのだ。一体どこから沸いてくるのかもわかっていない。こんなときにセラム教の神官を追い出すなんて、絶対にだめだ。
「だって私が勝てるはずない……」
陛下はいたずらっぽく笑った。
「そうとも限らぬぞ」
☆ ☆ ☆
日暮れ前の謁見の間には、大勢の人々が集まっていた。何やら面白いイベントが開催されるらしいと聞きつけてやってきた好奇心旺盛な城の使用人たちだ。エミナと陛下もまじっている。布教対決を観覧するつもりらしい。フーランディアも来ていた。
ルタが玉座の前に立つと、人々はおしゃべりをやめた。視線が一斉にルタにそそがれる。ルタは咳払いをした。
「お集まりの皆さん、ただいまより布教対決を行います。司会は宰相である私ルタが務めさせていただきます」
やんややんやの拍手喝采があがった。指笛を鳴らしている人もいる。
「ルールを説明します。これから二人の神官にそれぞれの宗教の良さ、特徴をアピールしていただきます。お集まりの皆さまは、良いと思った布教に投票してください」
城の人たちは戸惑い、反応できずにいる。きっと意味がわからなかったのだろう。私だってわからない。
「では、サーニスラ教からどうぞ」
ルタが脇に引っ込んだ。アーシャが隣にいる私に向かって顎を上げて笑ってみせた。
「あたしが先攻ね。ふふん、あたしの布教をせいぜい参考にするがいいわ」
アーシャは堂々と胸を張って玉座前まで歩いていき、人々に向かって微笑みかけた。初めて謁見の間で挨拶をしたときの、あの猫を被った微笑みだ。いまはもう胡散臭さしかないのだが、あまりに堂々としているものだから、逆にたいしたもんだという気がしてしまう。
「まずサーニスラ教について説明するわね」
アーシャは良くとおる声をしている。それに少しも緊張したところがなかった。昔は踊り子を目指していたみたいだし、舞台慣れしているのだろうか。
「サーニスラ教は、太陽神を信仰している宗教よ。結婚式や生誕の儀式でおなじみよね。信仰すれば焔の魔法が使えるようになるわ。焔の威力は信仰心の強さが影響するのよ」
陛下の焔は並大抵の火力ではない。それだけ信仰心が強いのだ。もしセラム教に改宗したら焔の魔法も使えなくなってしまうことだろう。
「あと、光の神聖魔法というのがあって、これは神官が使うわ。光は焔の上位魔法だからとっても強力よ。各種モンスターだけでなく悪霊だって退治できるわ。それとサーニスラ神官には闇の魔法が効かない。太陽神の加護を受けているんだから当然よね。闇は太陽には敵わないの」
闇の魔法ってのは、
「うちでは闇の魔法から身を守るお
おお……と、城の人たちが感心したような声をあげた。お札は私も欲しいと思ってしまった。商売繁盛のやつをセラム教の神殿に貼ってみたい。
「以上よ」
勝ち誇ったような顔でアーシャが玉座の脇に戻ってきた。
「続きまして、セラム教、どうぞ」
気が乗らないなあ。どうせ負けるのにな。しぶしぶ玉座前に立って、人々を見回してみた。みんな興味津々という顔で私を見ている。はっとした。布教対決だなんてわけがわからなかったけれど、でもセラム教の話を聞いてくれるというのだ。こんなのって滅多にない。我が女神の良さをアピールできる絶好の機会ではないか。
……頑張ろう。急にやる気が出てきたぞ。
私は大きく息を吸った。
「皆さん、こんにちは! 今度はセラム教について説明します。うちは月の女神セラムを信仰しています。美しくて寛大な女神です。セラムの神官がお葬式で別れの儀式をやることは皆さんも知っていますよね。あと、神官になると雪と氷の神聖魔法が使えて、悪霊を退治できます。でも、普通の信者さんは何かの魔法が使えるようになったりはしないです。闇の魔法もうちとは関係ないです。むしろうちは闇の魔法に弱いです……弱点です……済みません……」
皆さんのガッカリした顔を見て、つい謝ってしまった。うちもお
あとは……。あ、そうだ。
「セラム神殿にはすっごく大きな女神像があって、とても美しいんですよ。ただ、雪に埋もれがちなので、夏の間しか見ることはできません。信者になってくださる方も、そうじゃない方も、ぜひ夏にはゼマリウス山に遊びにきてください」
遊びにいくぞ! と、陛下が大きな声で言った。みんな笑っている。うん……。
以上で、二人の布教は終わった。
ルタが玉座前に歩み出た。
「では、いい布教だったと思うほうに手を挙げてもらいたいと思います」
いい布教って何だ。全然わからない……。
「サーニスラ教が良かったと思う者は挙手! 集計係のフーランディア、頼みますよ」
「……あれ?」
予想外に少ない。というか手を挙げている人がアーシャしかいない。
フーランディアが「集計結果、1です」と叫んだ。
「では、セラム教が良かったと思う者は挙手!」
「……あれえ?」
こっちも挙げる人は陛下だけで、ほかには誰も手を挙げない。陛下、貴重な一票をありがとう。フーランディアはこれにも「集計結果、1です」と叫ぶ。律儀だ。
「ちょっと、どういうことなの」
アーシャが城の人々に切れた。
「信じられない、あなたたちってサーニスラ教徒でしょう。なんであたしのときに手を挙げないのよ」
人々は目配せし合って、「だってなあ」とこぼした。
「ハルーティさんに悪いし」
「えっ」
そこで私の名前が出る? なんで?
「だって、一晩中悪霊退治を頑張ってくれてるのを見てるからな」
人々はうなずき合った。
「サソリを食べるのはちょっと引いたけど、悪霊退治には感謝してるのよ。それにサソリだって、パンに混ぜ込んでしまえばわからないわよね」
「そうね、頑張ればサソリだって食べられないこともないわ」
「栄養だってあるのかもしれないよな、サソリ……」
「サソリパンって見た目は結構可愛いよね。ザリガニっぽい形で」
じわあと涙が出てきた。人情だわ……義理人情だわ……。
「皆さん……! ありがとうございます! なんかサソリの話ばっかりだった気がしますけど、ありがとうございます」
私が感動に震えていたら、厨房係の男性がアーシャを指さした。
「それにアーシャさんって泥棒じゃないですか。そんな人に投票なんかできないよ」
突然の告発に、なぜか私がびくっとした。え、今その話をします?
うろたえて視線を彷徨わせていたら、ルタが口の端を上げて笑ったのが見えた。
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