ブラックベリーシンドローム
小日向葵
ブラックベリーシンドローム
動画サイトって便利だよね。昔のニュースとか事件とかは解説付きでアップされてるし、大御所と呼ばれるコメディアンの全盛期や、まだ不慣れな若い頃のぎこちないネタまで見ることができる。昔のテレビCMも面白いし、歌番組なんて存在そのものが新鮮だ。
学校の宿題で、日本史についていくつかお題を出され、どれかを選んで詳しく調べなさい……なんていうのが出たって、ネットと動画サイトを巡れば情報はたくさん集まる。ここで大事なのは、ネタ元をひとつに絞らないこと。丸コピペすると、先生もワード検索するからすぐバレる。いくつかのネタをうまいこと合わせてオリジナルっぽくする、それが私のよく使う方法。
手を抜くためには全力でやる。それが私のポリシー。
「まーた動画サイトばっかり見て」
畳んだ洗濯物を手にしたママが、部屋に入って来るなり呆れ声で言った。パパもママも、私がネットばかり見ていることをあんまり良く思っていない。仕方ないじゃない、今の世の中は子供が外で遊ぶにはリスクが高いもの。スマホとPCがあれば友達との連絡はつくし、ゲームだってネット対戦くらい当たり前。たまのお買い物くらいかな、友達と外に出るのは。
「目が悪くなるわよ」
「気を付けまーす」
そう返事をしても、私の目はサイトの動画に釘付けだ。あれっ?この人見たことあるような。
「ねぇママ」
「なあに?」
「これ、ママじゃない?」
動画には、きらきらしたステージに舞う四人組の少女たちが映っていた。広いステージをいっぱいに使って笑顔を振りまく女の子たち。〽キミとブラックベリーシンドローム、ちょっと酸っぱい夢の味……
「やだわ、そんなの上げる人いるんだ」
ママの顔が赤くなった。恥ずかしがるママがいつものママじゃなく、動画の女の子に重なって見える。
「その曲が全然売れなくて、それで解散したのよ」
「ママってアイドルやってたんだ!?」
「もう二十年も前の話。やだな、もう」
そう言って照れるママだけど、どこか懐かしそうに動画を見ている。
「アイドルって言っても、あの頃はこういうユニットが山ほどデビューしてたからね。シングル三枚で解散、それがママのいたグループ」
「他の歌も聴きたい。タイトル教えて?」
「ダーメ!どうしても聴きたいなら、自分で探しなさい」
「ちぇ」
ママは笑って、洗濯物を箪笥にしまう。
「ねね、パパはこのこと知ってるの?」
「さあ、どうかしらね」
歌うように言って、ママは部屋を出て行った。私は動画の解説文からグループ名を探し、検索してみた。セカンドシングルの『ブルーベリーパニック』はオークションで五年前の落札履歴が引っかかったけど、値段は三百円だった。動画サイトには残念ながらアップされていないようだ。
デビューシングルの情報はいくら探しても見つからなかった。グループの情報も引っかからない。サブスク配信の対象にもなっていないし、カラオケにも入っていない。まさかウィキペディアにすら情報がないとは思わななかった。
つまり現状で私が聴けるのは、最後のシングルである『ブラックベリーシンドローム』のライブ映像だけ。
〽いつもブラックベリーシンドローム、酸っぱく甘い恋の味……
私は何度も何度もその動画を繰り返し見続け、そして口ずさんだ。他の三人の女の子も、今では成長して大人になって、ママみたいに娘に動画を見せられて赤面してるかも知れない。
ああ、『人に歴史あり』ってこういうことなのかな?なんて思ったけれど、この歴史は宿題の役には立たなさそうだ。私は動画のページをブックマークに入れて、宿題の続きに取り掛かった。
ブラックベリーシンドローム 小日向葵 @tsubasa-485
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