第5話 君と友達になりたいんだ!
「おぉ、凄く広いなぁ……」
どこまであるんだ、というほどの高い天井を見上げて、石造りの床をコツコツと鳴らしてボクは食堂をみまわした。
流石にこの時間帯は混んでいるのか、どの席もみっちりと埋まっていた。
「あれ、あそこの席だけなんであんなに空いているんだろう……」
一つだけ、誰も座っていないテーブルを見つけると、そこにはシルヴァが一人で座って食事をしているようだった。
成程。学園での出来事は、無礼講だと言われているものの、この世界で王子様に気さくに話しかけに行く人は、なかなかいないみたいだ。
攻略キャラクターの友人キャラポジションを狙うボクとしては、これ以上ない好機だ。
ボクは、ネモ先生にオススメされたムール貝のパスタを手早く頼むと、急いでシルヴァの座っている席へと真っ直ぐ向かっていった。
「シルヴァ、ここ座ってもいいかな?」
話しかけられると思っていなかったのか、シルヴァはびくりと肩を大袈裟に揺らして、顔を上げた。
「……なんだ、リーリオか。構わないよ」
なんだとはなんだ。さては、シルヴァもボクのことを図太い無礼なやつだと思っているのか。図太いのは事実なのだけど……自分で言っていて悲しくなってきた。
「ありがとう。お、シルヴァはドリアを食べてるんだ。美味しそうだね!」
「美味しいよ。リーリオも、食べてみるといい」
ただの男子生徒から話しかけられたのが嬉しいのか、少しだけ機嫌の良さそうなシルヴァが、見せびらかすようにドリアを掬った。
「いいのっ!? あーんっ」
シルヴァの持つスプーンに、ぱくりと食いつくと、周りがどよどよとざわめき出した。
「ん? なんか、人増えた?」
ペロリ、と口の端についたドリアを舐めとるボクを、呆気にとられたシルヴァが、ぽかんとした表情で見つめている。
「……くくっ。あはは!」
急に声を上げて笑いだしたシルヴァに、今度はボクの方が呆気にとられてしまう。
「王子だからと周りが遠巻きにしてる中で、握手を求めてくるなんて……変わったやつだとは思っていたけれど。……ふふっ。君は凄いね、リーリオ!」
やっぱり変わった奴だとは思われていたんだな。そんなことはどうでも良くなるくらい、年相応の表情で笑っているシルヴァの笑顔の破壊力は凄まじい。
ゲームの中でも見たことのない笑顔を、この目に焼き付けようと、ボクは必死に脳みその容量をこの瞬間を切りとった映像に注ぎ込むことは出来ないかと、視覚情報に集中する。
おそらくは、この無邪気な笑顔が、同年代の同性にしか見せない、シルヴァの本来の姿なのだろう。
冷静で優雅な王子様なシルヴァは、いつも気が張っているのではないか、と思うと少しだけ胸の奥に何かがつっかえた。
「次に頼む時に食べたらいいっていう意味で、言ったんだけど……まさか僕のスプーンから食べるとは……ふふっ。予想外過ぎるよ」
「あ! ボク、これを食べていいよ、の意味だと思って……ごめん!」
そうか。女子のひと口食べる? 文化に馴染みすぎていて、何の疑いもなくくれるものだと思って、食べてしまった。
流石にこれは、無礼な奴でしかない。印象は最悪だ。
あああ、と頭を抱えるボクの肩を、シルヴァが楽しそうにぽんと叩いた。
「ふふっ……。面白かったから、気にしてないよ。なんだか、警戒してしまった自分が情けなくなるよ」
「警戒? ボクを?」
「うん。見ての通り、この学園に通っている間はただのクラスメイト、とは言っても、誰も僕に話しかけてこないでしょ」
こくり、とボクが頷くのを見て、シルヴァは話を続けた。
「だから、君がなんの躊躇いもなく話しかけてきて、握手を求めてきた時、凄く驚いたんだ。……普通の学生になれたみたいで嬉しかったけど、もしかして僕を利用する為に近づいてきただけなのかな、とか考えてしまってね」
王子という立場は、決して軽くはない。それは分かっていたつもりだったけれど、優しく近づいてくる相手は常に自分を利用としている。そんな環境で、この人は育ってきたんだ。
「利用なんてしないよ!」
少しでも安心して貰いたくて、ボクは勢いよく立ち上がった。ガタン、と倒れた椅子を見て、シルヴァはまた、くすりと微笑んだ。
「うん。もう、分かってるよ。君は、そんなに器用そうな人間には見えないもの」
なんだか少しだけ失礼なことを言われている気がするけど、まぁいいや。今だけは、自分の馬鹿正直さを褒めてやりたい気分だった。
最初は、悪役令嬢として最悪なルートに進むのが嫌で考えた作戦だったけど、今はただ、ありのままのシルヴァと友達になりたい。
それは推しのファンとしての下心でも、ゲームキャラクターとしてのシルヴァを好きだからではなかった。
この世界は存在していて、シルヴァもレックスもネモ先生も皆、一人の人間として生きているんだ。
ボクは、ぎゅっと拳を握って、シルヴァの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ボクはただ、シルヴァと友達になりたいんだ!」
この屈託のない笑顔を、もっと近くで沢山見たい。
年相応の、同性の友達として、もっともっと、沢山笑っていて欲しい。
シルヴァの金色の瞳が、キラリと輝いたように見えた。
「うん。僕も君と仲良くなりたい。……友達になろう、リーリオ!」
二度目の握手は、遠慮のない力強い握手だった。
ボクは、シルヴァの友達になるんだ。
そう、心に決めた。
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