第4話 大人の余裕のネモ先生
生徒を相手に叱る時ですら崩れない、この物腰の柔らかい振る舞い。そして、特徴的な姿。
この人は間違いなく攻略対象の中で唯一の教師枠、ネモ・メンジェシー先生だ。
さらりと流れる髪に思わず見惚れてしまって、ぼんやりとその後ろ姿を見つめていると、振り返ったネモ先生と目が合ってしまった。
海のように穏やかな蒼色の瞳に、ボクの心の奥まで見透かされてしまいそうだ。
「ごめんなさい。次からは気をつけます」
素直に謝るボクの頭を、ネモ先生が優しくぽんっと撫でた。
「しっかりと謝れるなんて、貴方はいい子ですね」
子供扱いをされている。それだけだと分かっているのに、穏やか微笑みと急な頭ポンに、ボクの心臓はうるさいくらいに飛び跳ねる。
「そうそう。食堂の約束は残念ですけど、無理だと思いますよ。レックス君、今日の当番は貴方だったでしょう?」
「やべっ! そうだった! 悪いっ、リーリオ。一人で行ってきてくれ!」
両手を合わせて謝るレックスを横目に、ネモ先生が少し何かを考え込むと、僕に向かって提案した。
「……食堂は職員室の隣ですから、授業の後に私が案内しましょうか?」
「おっ、それいーじゃん! 先生について行ってこいよ!」
そう言うと、レックスは自分の席へと戻って行った。
「あの、先生の迷惑になりませんか?」
大人の余裕ある微笑みに危うくノックアウトされそうになっていたボクは、おずおずとしおらしい様子でネモ先生へと訊ねた。
「職員室へ戻るついでですから、大丈夫ですよ。この学園は広いですから、昨日の説明を聞いていなくて、リーリオ君も大変でしょうしね」
「……凄く、助かります! お願いします!」
「はい。頼まれました」
元気よく答えたボクを見て、ネモ先生はふふっと穏やかに笑みを零すと、教壇へと戻って行った。
ネモ先生の少し低くて響く声に、うっとりとしながら授業を聞いていたら、すぐに昼休みの鐘が鳴った。
「それでは、リーリオ君。行きましょうか」
ネモ先生に促されて、ボクはたたたっと小走りで駆け寄った。座っていた時は気がつかなかったけれど、意外と身長差があるみたいだ。
この身体の女性にしては高めの身長も、大人の男性であるネモ先生の前では、十分小柄に感じられた。
「ネモ先生も、食堂に行ったりするんですか?」
「たまに私も利用していますよ。……そうですね、私のオススメはムール貝のパスタですかね」
「貝、好きですもんね!」
「えぇ、好物ですけど……」
不思議そうにこちらを見つめてくるネモ先生に、ボクは自分の失言に気づく。
ゲーム知識で、ネモ先生の好物を知っていたから、それと一致したことが嬉しくて、つい口を滑らせてしまった。
ついさっき出会ったばかりだというのに、好物を知っているなんて不自然極まりない。
「や、やっぱり! パスタのオススメで一般的なトマトソースとかカルボナーラじゃなくて、ムール貝だなんて、凄く貝が好きなんだろうなーって思って!」
自分でも分かるくらい、苦しい言い訳に乾いた笑いが溢れる。いや、そこまで失言でもないはずだ。好きなんですね! をちょっと言い間違えただけに聞こえるし。うん、きっと。
余計なことを考えながら歩いていると、さっきまでより歩きやすくなっていることに、ふと気づく。
歩幅の違うボクの為に、ネモ先生がゆっくり歩いてくれていたからだと気づくと、その優しさに心がぽかぽかとあたたまった。
「着きましたよ。それでは、私はここで」
「ありがとうございました!」
きっちり九十度のお辞儀をして、ネモ先生を見送ると、ボクはざわざわと賑わっている食堂の扉をくぐった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます