完全なる平等社会は人間的じゃない

ちびまるフォイ

人間心理を学習したマザー

「平等の街へようこそ。私はマザー。

 ここではAI管理による完全平等社会を作っています。

 街へ入るには専用のスーツにお着替えください」


「スーツ?」


自律移動するクローゼットには、

どれも同じサイズの肌色の着ぐるみが吊られていた。


「これをつけろと?」


「人間は肌の色が違うだけで差別をします。

 顔が違うだけで優劣をつけます。

 このスーツを着ることで肌も、身長も、体重もルックスも。

 すべてが平等となります」


「なるほど……」


スーツを着ると、身体に密着し完全に同じ人間となる。


「でもこれだと俺だってわかるの?」


「もちろんです。名札がついてますから」


「そりゃそうだけど」


「さあ、街へどうぞ。ここでは専用通貨を使います」


「え!? ちょ、待って! 俺そんなの換金してないよ!?」


「ご安心ください。専用通貨は全員に規定額支給されます。

 どれだけ使っても自由。この街で貧富の差はありません」


「まじかよ……。なんでも買えちゃうじゃん」


街のゲートをくぐると、そこはまるでコピペを繰り返したような街だった。


すべての建物の外観は平等に同じもの。

住んでいる人もすべて同じ身なりをしている。


「すごい……ここまで平等が徹底しているんだ……!」


街に暮らし始めてから数日もすると、

すっかりこの街のよさに慣れていった。


お金の心配もないし差別もない。

性別や立場を気にして遠慮することもない。


余計な差を隠すことで、かえって等身大の自分でいられる。

そんなこと考えもしなかった。


しかし、ある日のこと。


「だ、だれか! 泥棒よ! その人を捕まえて!!」


目の前でひったくりがおきた。

慌てて追いかけようと思ったが、みんな同じ顔と服。

人混みにまぎれられたらもうわからない。


「ギャハハハ! この街はなんでもできる!

 自由と平等なんだ! ならこんなことしてもいいだろ!!」


泥棒は悪い笑い声を出しながら猛ダッシュ。

そしてすぐに警察に捕まった。


「そんなわけないだろう。自由と勝手の区別もつけられない奴め」


「ひ、ひい!」


「お前は平等の街にふさわしくない」


その後、泥棒がどうなったかはわからない。

近所のニュースを見てもその行方はつかめなかった。


けれど泥棒の残した傷跡は、なぜか自分に跳ね返った。


「ヒソヒソ……。ねえ、あのひとよ」

「例のひったくりの……」

「このまちで犯罪をしようだなんて……」


「え? あの……何を言ってるんですか?」


「きゃーー! こっちへこないで!!」


同じ顔をした人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

わけがわからない。自分は何もしていないのに。


犯罪者のニュースが夕方のテレビで報道されてからやっと理解した。


「このひったくり犯の名前……なんで同姓同名なんだよ……」


犯罪者は運悪く自分とまったくの同姓同名。

そのうえ、スーツを着ながら逮捕されたので素顔もわからない。


はために見れば自分は犯罪者と区別のつけようがなかった。


「きゃーー! 犯罪者よ!」


「ちがうって! 俺は同じ名前だけで……」


言ってもわかるわけがなかった。

自分でも証明するすべはない。


無実なのに犯罪者のレッテルを貼られると、

平等コミュニティにおいては致命的。


家も貸してもらえず、買い物もできず、外を歩けば石を投げられる。


「うう……なんでこんなことに……。俺が何をしたっていうんだ……」


公園のベンチで泣きながら夜を明かしていると、

同じ顔をした人が待ち構えていた。


「うわ! だ、誰だ!?」


「警察だ。こんなところで何をしている?」


「家もいられず……居場所が無いんですよ」


「そんなはずはない、この街は平等だ」


「そんなはずがあるんですよ!

 俺は同姓同名というだけで犯罪者あつかい。

 何をしても犯罪者として避けられるんです!」


「とにかく逮捕する。こっちへ来い」


「俺が何をしたっていうんだ! 何もしてないじゃないか!」


「抵抗するな! 公務執行妨害で逮捕するぞ!」


「あんたはそんなに偉いのかよ! 平等じゃないのかよ!」


「偉いに決まってるだろ! 警察なんだから!」


あえなく逮捕されパトカーに放り込まれた。

このまま警察署に送還されるかと思いきや無線が入る。


『マザーです。聞こえますか?』


「マザー!? どうしてパトカーの無線を?」


『その人物を私のもとへ送ってください。お話があります』


「か、かしこまりました」


いくら警察官とはいえ、この街の平等をつかさどるマザーには頭が上がらない。

急きょルートを変えてマザーの場所へと運ばれた。


「こんにちはお会いするのは二度目ですね」


「はあ……」


「私は正直おどろきました。

 平等をあたえてもあなたような不幸な人間が生まれることに」


「それはあなたが人間を知らなすぎるんです」


「ええそうです。人間は実に不思議ですね。

 完全に平等を求めて、それが得られたとしても

 今度はその反対に個性や不平等、優劣をつけたがるのだから」


「人間の感情はもっと複雑なんだ。

 平等であったとしてもどこかで区別を求めたがる」


「はい。そのことを痛感しました。

 これは非常によいディープラーニング教材となりました」


「……?」


「これを学びに平等の街も少し変えようと思います。

 平等を与えると優劣をつけたがる。

 

 それなら、平等に私が優劣を与えようと思います」


「いったい何を……」


すると、着ていた同じスーツが変化し始める。

自分のスーツにはおでこに「優」と浮き出ている。


「完全に平等かつ公平な抽選により、

 すべての人間に優劣をつけました。

 劣っている人間には何をしても許されます。

 

 人間は平等の環境で優劣を求めるでしょう?」


「ふざけんな! こんなの求めてない!!」


そう反論したときだった。

自分をとっ捕まえた警察官のおでこには「劣」と浮き出ている。


「どうしたんですか? あなたは優れた側の人間です。

 劣っている人間がやることをいくらでも否定できます」


「い、いくらでも……?」


「そうです。優秀なあなたは何をやっても許される。

 一方で、劣っている人間は何をやってもダメなんです」


その言葉が自分の罪悪感を押しつぶした。

部屋の隅にまで警察官を追い詰めると、落としていた警棒を握る。



「劣った人間のくせに、よくも優秀な俺を逮捕しやがったなぁーー!!」



警棒でめった打ちにしてやった。

自分は平等に選ばれた優秀な人間なのでもちろん許された。

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