「いとまき、。
宇宙天
第1話
そのいち
「
「うわああああああああああ!?」
自らの上げる悲鳴とシンクロする様に鳴る金属音が、目覚ましのアラームだと気がついた時。
「
けたたましいアラームが部屋中に鳴り響いている。
音量が大きめなのは以前もうなされて悲鳴を上げてしまい、それを親にいたく心配されてからの苦し紛れの予防線だ。
もっとも、そんな事で騙せる程自分の両親が抜けているとはタイトも思っていない。が、世の中無駄だと解っていても、やらずにはいられない事もある。
尚も起床をうながし続ける目覚ましにタイトは気だるげに手を伸ばし、今日の任務を終了させる。
全身が疲労感で気だるくシャツは寝汗でぐっしょり、おかげで背中からなんともいえないじめっとした不快感が彼を襲う。
(それにしてもキッツイの来たな。こりゃ最近の中でも一番、かね…。)
悪夢の中でタイトは複数の攻撃者から「罵声により肉体を切り刻まれて」いた。
相手は級友だったり教師だったり、肉親だったり。要はタイトの世界を構成するすべての人だ。
それが、口々に容赦なく「キモイ」「ヤバい」「キエロ」と心無い一言を絶え間なく浴びせて来る。
それによりタイトは細切れにされ、あまりの苦痛に悲鳴を上げて…というのが目覚める直前の状況だった。
時刻は丁度六時、早朝の夏の日差しは既にカーテンの向こう側で強い自己主張を始めている。
(また、いつもの繰り返しの始まりだ。嫌だ、嫌だ。)
タイトは今高校二年生、夏季長期休暇も目前に迫った七月半ば。進路は勿論、その先の将来についても真剣に考えなければいけない時期である。
にも係らず、高校に入ってからの二年間。彼の心は千々と乱れ勉学に励むどころか、人生に於いてもっとも喜びに溢れるであろう、十代最後の学園生活を満喫する事すら不可能な精神状態だった。
それは同じ年頃の同性の多くが抱えているであろう、異性への憧れや学業と部活動、或いはそれらの私生活との両立といったごく普遍的な苦悩では無い。
おそらくは「彼」のみが抱えているであろう、ある特殊な状態に起因するものであり。
また彼を先程まで苦しめていたあの悪夢の元凶も、そこにあると言えるのである。
熱いシャワーはまどろみの中から彼を叩き出し、悪夢の残りカスがこびりついていた脳をもリフレッシュさせてくれた。
テキパキと身支度を整えると、そのまま両親のいるダイニングに向かう。
キッチンで二人分の弁当を用意する母親。一足先に朝食を済ませコーヒー片手に新聞に目を走らせる父親。テーブルのすぐ傍のテレビには、この部屋の誰も画面を見ていないのを知ってか知らずか、ニュースキャスターがなんの感情もない調子でつまらないニュースを読み上げている。
普段通りの、当たり前の朝の光景。
「おおタイト!お早う」
「お早うねタイト」
「お早う父さん母さん」
彼の悲鳴は二人にも届いていたに違いないのだが、過去に悪夢にうなされた末に同様の奇声を上げた時、駆け付けた両親…特に父親に、何事かとしつこく追及された事があった。
うなされていたのが一度や二度でなかったのだから、仕方ない面もあるが。
しかし、悪夢から目覚めたばかりで精神的に消耗していたタイトは感情を制御出来ず、二人をヒステリックに罵倒してしまったのだ。
その一件があって以来、両親はタイトがうなされている事に関し詮索して来なくなった。
口を
だから…という訳ではないのだが、タイトは両親に対して謝罪も込めて行っているある「日課」を始める。といっても、二人の頭のてっぺんから足の先までまじまじと見つめるだけだが。
最初こそ気味悪がっていた両親も今では慣れたもので、なめる様な息子の視線を黙って受け入れている。
しばしの沈黙の後、タイトは二人に日課の「占い」の終了を告げる。
「で、どうだったタイト?父さんなんかヤバい事ありそうか?」
「えーと」
母親には「何も付いていなかった」おそらく今日もいつもの一日だ。
一方の父親には、腹の上にグルグルとくすんだ灰色の「紐」が巻き付いているのがタイトには見えた。
彼が「灰色病棟」と呼んでいる、それから導き出される結論は。
「どうなのタイト?早く教えて頂戴」
「うん、母さんは大丈夫だよ。問題は父さんかな。いい加減お酒は控えた方がいいんじゃない?病院も行くのずっとさぼってるでしょ」
「マジか?ヤバいか」
「あなた!昨日もまた泉さんに付き合って呑んで来たんでしょ!?会議が長引いたとかいってたけど嘘でしょう?タイトの『占い』、よく当たるんですからね!」
父親の複雑な視線を横目に、マーマレードを塗りたくったトーストをちゃっちゃと胃に収めると、タイトは修羅場の様相を呈してきたダイニングから迅速な撤退を試みる。
普段は温厚な母親だが、こと体に関するとなると容赦がないのだ。
(これも愛されてるが故だよ、我慢して)
タイトは視線にそう言ったメッセージを込めて父親に返すと、そそくさと玄関へ向かったのだった。
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