第7話 喜ぶアリアナ

  アリアナの持つ魔界のイメージは恐ろしいものだった。そこでは常に夜であるかのような暗闇が支配し、不気味な霧が地を這っている。奇怪な形をした岩が不規則に配置され、その間を邪悪な生物が徘徊する姿を思い浮かべていた。

 魔界では混沌とした力が支配し、魔法や呪いが乱れ飛ぶ。きっと、魔族たちは恐ろしい姿をしており、その頂点に君臨する魔王は、気絶するぐらい醜悪なのだろうと想像していたのだ。


 だが、魔界は人間が想像する天界のように美しいところだった。大小の島が空中に浮かぶなか、一番大きな島に向かってペガサスが進む。空中に浮かぶ島はどれも美しく、色とりどりの花が咲き良い香りが漂う。アリアナはその景色が見られただけで感動していた。



 黒いペガサスが着地した島には大きなお城がそびえ立っていた。馬車の扉が開けられ、手を差し伸べて来たのは長い黒髪で、タンザナイトの瞳を持つ美青年だ。肌は雪のように白く、シミひとつなく滑らかで、まるで陶器のように完璧だった。その純白の肌は彼の顔立ちを一層際立たせ、彼の美しさに深みを加えていた。


 また、魔王の声はとても耳障りが良く、アリアナは何を聞かれたのかあまりよく覚えていない。とにかく、ぐっすり眠ることができれば、魔界は人間界よりアリアナにとっては楽園なのだ。 



 アリアナを案内したのは、侍女長のイジワルーイだった。案内された部屋には粗末なベッドと机があるだけで、部屋の位置や備品を見れば、おそらくここはメイド部屋だと推測できた。

 

(魔王様は私を花嫁として迎える気はない、ということね。つまり、魔界で使用人として生きろ、ということかしら? だったら、その方が気楽でいいわ)


 王家で自分がどれだけこき使われたかを思い出すと、アリアナはゾッとして首をプルプルと横にふる。魔王妃になったら、今まで以上に激務に追われるかもしれないが、メイドならば休憩時間も休日もありそうだ。そう考えたらアリアナの頬は自然と緩んでいた。


「もしかしたら、魔界への追放はご褒美なのでは? 私は今限りなく自由な身になったのではないかしら?」

 浮き浮きと独り言をつぶやいていたところ、扉をノックしながらイジワルーイ侍女長が、アリアナに声をかけた。

「食事の用意ができております。魔王様もお待ちです」

「え? なぜ、私が魔王様と一緒に食べるのかしら? あぁ、きっと、給仕係の仕事をするのね? わかりました。そのような仕事をするのは初めてですが、給仕の者たちの動きは真似できそうです。メイドの服を貸していただける?」


 イジワルーイが呆気にとられているのを尻目に、浮き浮きとメイド服に着替えるアリアナなのだった。 

 

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