異世界の女神が残念なお姉さんじゃダメなのですか?

春野 一輝

第1話 はじめましてなのですよ! 勇者様!

 やけに暗い。

 死んだのだろうか。

 それとも、眠っているのだろうか?

 それ……と……


「ゆ――勇者様! ですですますます!」

 いきなり暗闇の中から、目の前に飛び込んできたのは、奇麗なお姉さんだった。

「はぎぃっ」

 俺の頭にこぶが出来るほどの頭突きを食らわせてきた。

「ひぇ~ん。嚙んだのですよ……!」

 こっちも頭が痛いのだが。相手も頬を抑えて屈みこんでいる。

「まあ、なんだ。慌てるな」

「とほほです」

 相手が困っているので、手を差し伸べることにした。

 背を支えながら、腕を引っ張って、その姉さんを抱き起こす。

 だんだん赤くなり、もじもじし始める。なんだ、かわいいじゃねえか。

「世界全体の命がかかってるのですよ。お助け願うのです」

 お、お助け願う~~だぁ? なんだこの子は!

 RPGでお約束の女神にしては、やけに幼い印象を受ける。

 俺も剣と魔法の世界には慣れてはいるのだが。

「泣くな……」

「だっで、私。ごんなに、がんばっでるのに」

 ボロボロと泣きながら、ぐずり始める。まるで3歳児のようだ。

「ぼねぇざまだち、ごまっでるのに……」

 俺は観念して、膝をついて背を撫でた。そして、言ってやったのだ。

「俺には、世界全体の命なんか背負えねえ」

「そうです……ですよ」

 納得したように彼女は俯いて、悲しそうに口をとがらせる。

「だが、アンタの涙だったら別だ」

 ハンカチを差し出して、彼女に渡す。

「ほぇ?」

「いいぜ、俺様が引き受ける」

「いいの、ですか?」

 ぱぁあっと、単純な子供が喜ぶように顔が明るくなりやがる。かわいいな。

「ああ、あんたの泣き顔を笑顔に変えるためにな」

 ぐっとサムズアップを上げてやる。

「びぇええ~~! ありがとうございまずでず~~!!」

 鼻水を垂らしながら、俺の胸に飛び込んでずりずりし始める。

 俺は背を支えながら、抱き着かれた重みで倒れるのを阻止しつつ、息をついた。

 彼女にハンカチを俺が指さすと、彼女は慌ててズビズビ使い始めた。

「あの、勇者様。お名前はなんでしょうか?」

 上目遣いで、訪ねてくる。

 そういえばと、俺は自分の名前を思い出そうとした。

 名前……名前……そうだな。


「ジィクだ。だいたい、RPGはそういうネーミングにしてある」

「ねーみんぐ、ですか?」

 はてなマークを頭にのっけたように、小首をかしげる。

「今はいいんだよ。それで」

「はいです!」

 元気よく応える女神サマ。

 かわいさに、ニコニコしてしまう。


 しかし、ここはどこだ?

 まるで、デバックルームのように暗い。真っ暗で、光っているのは女神サマだけだ。

 女神サマは、長い黒髪の端を青いリボンで結んでいた。

 来ている服は水色で、ディアンドルのスカート部位を短パンにしたような服だ。

 見たことない服に感心しつつ、あることを察知した。

 女神サマの周りは、とても暖かい。そして……


 そして、なんだ? 寒気がする。

 先ほどまで、熱くなかったはずなのに。なにか、俺のカンが危険信号を伝えていた。

「ひぇええ!!」

 女神サマが、目をひん剥いて、あろうことか尻の筋肉だけで後ずさった。

 俺の後ろを見て、指さしている。つまり、後ろに……


 冷気が俺の背をさすった。

 振り返れば、暗黒の中、白い髪と影のようなマントが見えた――


 剣が欲しい。

 とっさに、RPG慣れしていた俺は、腰に手を当てた。

 ない。


 次の判断で、俺は女神様に手を伸ばした。

 やべぇ、泣かせねえって、いきなり、負けるなんて。

 ありえねえ。


 俺は抱きしめた。

 離さないように、負けないように、強くあれるように。

 そのとたん、誰かをかばって死んだ事を思い出した。

「(やっぱり、異世界転移ってヤツか――)」

 冷たくなっていく俺の手。

 ただ、女神サマの身体だけが温かかった。

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