善玉ちゃんと悪玉ちゃん

或守 光

善玉ちゃんと悪玉ちゃん

「待ちなさーい!」


 警服を纏った少女――善玉ちゃんが、濡れ羽色の長髪を揺らして走りながら声を上げた。

 善玉ちゃんが声を投げかけた方向には、善玉ちゃんから逃げるように走り去る、金髪のポニーテールをなびかせた背の低い少女がいた。


「うわっ! もう来たっ!」

「今度こそ逃がしませんよ!!」


 善玉ちゃんはある事情からこの背の低い少女を追いかけていた。

 背の低い少女が通りの曲がり角を右に曲がり、市場に入っていく。


「もうっ! 待ちなさいと言ってるでしょう!」


 負けじと善玉ちゃんも少女のあとを追って市場に入ったところで、少女が店頭に並んでいたコレステロールを腕いっぱいに抱えられるだけ盗ってそのまま止まることなく走って行ってしまう。歩を進める度揺れるから、いっぱいに抱えたコレステロールの少しがボロボロと落ちてしまうが、気にはしない。

 そう、善玉ちゃんが追いかけていたある事情と言うのはこのことで、少女がいつもコレステロールを盗むため、それを止めるために捕まえようとしていたのだ。

 まあ、一度も捕まえられたことはないのだが。


「ちょっと君!」

「ごめんね肝臓おじさん! これ貰ってくよ!」


 コレステロールを売っていた店主の肝臓さんが呼び止めるが、止まる気配が全くない。

 善玉ちゃんが店前に落ちてしまったコレステロールを広い集めて、肝臓さんに渡してあげる。


「はい、肝臓さん。いつもご迷惑かけてすみません」

「いいよ。それより追いかけなくてもいいのかい?」

「えっ? あれっ? 悪玉ちゃんはどこ?」


 辺りを見渡しても少女――悪玉ちゃんの姿はもうどこにも見当たらない。落ちてしまったコレステロールを拾い集めてる間に、目の届かないところまで逃げられてしまったようだった。


「ま、また逃がしてしまいました~ふええ~」


    ◇


 翌日、また今日もいつも通り善玉ちゃんがパトロールしていると、市場の方で騒ぎが起きていると聞きつけ急いで市場まで移動する。


「あ、やっぱり悪玉ちゃんだったんですね……」


 今回も悪玉ちゃんがコレステロールを盗みに来たようで、善玉ちゃんが物陰から隠れて見ていると、悪玉ちゃんがもうこの場を立ち去ろうとしていた。


「今日は絶対見失いませんからね!」


 グッと気合十分にガッツポーズをして、くるくる~と回転し探偵フォームへと変身すると、悪玉ちゃんのあとを追っていく。


「バレたらまた撒かれちゃうかもしれませんから、バレないよう尾行していきますよ~」


 そーっとそーっとバレない距離を保ちながら追い続けていくと、悪玉ちゃんがついにある道へと入っていった。


「あの道は……血管道? コレステロールをどこに持っていくんでしょう?」


 首を傾げながらも、ひとまず見失わないように善玉ちゃんも血管道へ足を踏み入れる。

 悪玉ちゃんの姿を確認して、引き続きバレないくらいの距離を保ち、悪玉ちゃんが落としたコレステロールを拾いながらあとを追っていくと、ついに悪玉ちゃんがその足を止めた。

 そこは、何人もの細胞さんが集まっている住居だった。インターホンを押して、出てきた細胞さんたちに悪玉ちゃんがコレステロールを渡していく。

 なにか話しているようで、耳を済ませたら聞こえてきた。


「いつもありがとうねぇ悪玉ちゃん。すごく助かってるよ」

「いやいや、当然のことですよ」

「悪玉ねーちゃんあそんであそんでー」

「わかったわかった。ちょっと待ってなー」


 手を引っ張られて苦笑しながらも、悪玉ちゃんは嫌そうな顔一つしないで一緒に遊んであげていた。


「悪玉ちゃん……意外とお年寄りや子供に好かれるんだ……って、そうじゃなかった! 細胞さんたちのために、コレステロールを盗っていっていたんだね。悪いことを企んでたわけじゃなかったんだ……」


 善玉ちゃんは俯くと、その顔に笑みを浮かべて呟いた。


「さ、パトロールに戻ろ」


 善玉ちゃんは、悪玉ちゃんが落としたコレステロールをしっかり抱えながら、肝臓さんの下へ返しに行くのだった。

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