脳筋男、最後の叫び

武功薄希

脳筋男、最後の叫び


 砂塵が舞う荒廃した都市の残骸。かつては人類の英知を誇る建造物が立ち並んでいた場所も、今は風化した鉄骨とコンクリートの残骸が、ただそこに在るだけだった。滅亡までのカウントダウンが進む中、それでも太陽は容赦なく地上を照らし、赤茶けた光が瓦礫の山々を照らし出していた。

 その風景の中に、一人の男の姿があった。彼の名は彼。鍛え上げられた鋼のような肉体を持つ男。瓦礫の山と化したかつてのトレーニングジム跡で、彼は今日も黙々とバーベルを持ち上げていた。それは、乾いた大地に種を蒔き続けるような、虚しい行為にも思えたが、彼にとっては、ただそれだけが残された日常だった。

「なぜだ?」

 不意に背後から響いた声に、彼は顔を上げた。そこに立っていたのは、人間とは明らかに異なる存在だった。身長は2メートルを超え、痩せこけた体躯は薄いヴェールのような衣に包まれている。透き通るような白い肌からは、血管が青白い光を放ち、顔には鼻と口がなく、代わりに滑らかな曲線を描いていた。二つだけ開かれた、大きく青い瞳が彼を射抜くように見つめている。

 かつて地球に飛来し、人類に究極の選択を突き付けたアークトゥルス星人。彼らは高度な科学力と精神性を持ち、感情を完全に制御し、論理と合理に基づいて行動する種族だった。そして、そんな彼らにとって、感情に左右され、非論理的な行動を繰り返す人類は、理解を超えた存在だった。

「なぜ、そんなに体を鍛える? お前たちの種族が滅亡するのは、もう時間の問題だ」

 アークトゥルス星人はテレパシーで問いかける。彼の脳内に直接響く声は、静かで、冷たく、どこか観察者的な響きを含んでいた。

 彼は何も言わず、再びバーベルに手をかけた。ギシギシと軋む金属音が、静寂の中で奇妙なリズムを刻む。

「我々には理解できない。お前たちの種族は、肉体を鍛え、競い合い、傷つけ合ってきた。そして、その結果がこれだ。この星を、そして自分たち自身を滅ぼそうとしている」

 アークトゥルス星人は、彼の脳内を流れる、言葉にならない感情を読み取ろうとした。そこには、諦念、虚無、そして、ほんの少しの懐かしさが混ざり合っていた。アークトゥルス星人には、それらの感情の奥底に、もっと根源的な、言葉にならない想いを感じ取っていた。

それは、

「…こんなもんだったのかもな」

「…こんな風だったのかもな」

 という、人類の、生物としての、ある種の達観にも似た感情だった。

 彼は再びバーベルを握りしめ、ゆっくりと持ち上げた。彼の筋肉は悲鳴を上げ、血管は今にも破裂しそうに膨れ上がる。それでも彼は、淡々とその動作を繰り返す。

 アークトゥルス星人は、静かに彼を見つめていた。テレパシーで感じ取った、言葉にならない感情の渦は、彼らにとって、一つの恐ろしい仮説を突きつけていた。

「もしかしたら…人間は、知能と心を持った動物として生まれたのではなく、知能と心を持ちたいと願ってしまった、ただの動物だったのではないか?」

 滅びゆく世界、抗えない運命。そんな状況さえも、彼にとっては、もう遠い過去の出来事のように感じられていた。やがて訪れるであろう最後の瞬間まで、彼はバーベルを持ち上げ続けるだろう。それは、彼が選び取った、最後の日常であり、そして、進化の果てに、彼らが行き着いた、静かな終着点だった。


 やがて、彼は筋トレを続けることができなくなり、力尽きて、死んだ。


 アークトゥルス星人はその姿を見て、自分達の本能について考えた。アークトゥルス星人はその高度な知能によって、未来のいつに自分達の文明が滅ぼされるのかを既に計算できている。そして、その時、まったくもって自分達は慌てることのない最後を迎えることも容易に予見できている。

 しかし、その最後に自分達の本能がどこへ向かうのかまでは予見できてはいないのかもしれない、と思った。

 


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