第30話 頭鬼

「あのークラチ先生、少しいいですか?」


 息を呑むような戦場に、可愛らしい声が1つ。


「おっと、またまた気がつきませんでした。

 いつの間に来られたのですか?」


「んっ……!? 君は確か……分鬼さんだっけ?」


「はい、分鬼です」

 

 誰にも気配を悟られることなく、戦場のど真ん中にたどり着いた分鬼。

 やはり只者では無い。


「うひょー、名前合っててよかったぁ……って、いやいや!? 今ここめちゃくちゃ危ないし、重要な場面だから離れてくれる!?」


「いや、違うんですっ!」


「えっ、何が!?」


 しかし、分鬼にも引けない理由がある。


 (彼女は何を言っているんだ?)


 きっとクラチは、本気でそう思ったことだろう。

 ただ、今回ばかりは分鬼の言葉に耳を貸した方がいい。


「離れるのは、クラチさんの方なんです!」


 分鬼はそう言うと、影鬼が作り出した影の中へとクラチを放り投げた。

 その距離、18.44m。


「ちょっ、ちょっと!?

 何してくれてんのぉぉぉぉぉおおお!」


 よく見ると、生徒たちはみな、影の中に避難を終えている。


「あっ、生きてたんですね」


「おかえりなさいなの」


「あーうん、ただいまー。

 ……って、エリちゃん冷たくない!?

 ……って、今はそんなこと言ってる場合じゃなくね!?」


 その後、分鬼はOKサインを出すと、近くにある木陰から、陰鬼の陰へと避難した。


「これで準備完了ね!」


「うん。あとはよろしくね……」


 分鬼は最後に誰かの名前を口にした。


「おやおや、みなさんどこへ行かれるのですか?」


 1人になったωは、木陰に興味を示し、移動を始めた。


「待て」


 その言葉の直後、風が止み、辺り一体を静けさが覆う。


「おや? 突然気配が変わりました」


 即座に振り返ったω。

 そして、その視界に映るのは……。


「離れんじゃねぇよ。帰りが遅くなるだろうが」


 なぜキレているのか分からない頭鬼であった。


「はて、あなたは1人で何をするつもりなのでしょうか?」


「あーもう、そういうのいいから」


 大きなため息をつく頭鬼。


「そうですか。

 では、あなたから仕留めることにします」


 ωは会話することをやめ、光線剣を手に取った。


「へぇ、ならさっさと来いよ」


 あろうことか、頭鬼はωを呼ぶ。


「分かりました。では遠慮なく……」


 ωはじわじわ距離を詰めていく。

 これはおそらく、頭鬼の間合いを探っているのだろう。


「おいおい……!?

 あいつ死にたいのか……?」


 そして、その様子を影から見守るクラチの顔もまた、じわじわ青ざめていく。


「も、もしも仮にな、生徒が死んだとしたらさ、俺ってどうなっちゃうんだ!?

 まさか、仕事無くなっちゃうとか!?」


 そんなクラチに対して、影鬼が落ち着いて言う。


「本当に先生なら、もっと先生らしく振る舞うべきなの」


「なっ……!

 へ、へぇ、言ってくれるじゃないの……!」


 関係ないところでバチバチ火花を散らす2人。


「とりあえず、今は黙って見てればいいの」


「だから、何が言いたいんだ?」


「黙って見てさえいれば、全て分かるの」


「……はぁ、はいはい分かったよ。

 チッ、にしても痛ってぇな」


 容赦ない言葉に少し腹を立てたクラチだったが、影鬼の真剣な眼差しと痛みのせいで、渋々納得せざるを得なかった。


「まだ喋るなんて、本当にうるさい先生なの」


「はいはいごめんなさいねー」


「あまりにもうるさくて邪魔だから、これでも当ててればいいの」


「へっ?」


 そう言って、影の1部をクラチに手渡す影鬼。


「これはなんだ?」


 痛みのせいか、つい手に取ってしまったクラチは、初めて見る持ち運べる影をまじまじと見つめる。


「はぁ、いいから当てとくの」


「う、うっす」


 これでは完全に、娘に逆らえないパパである。


「こ、怖ぇ……」


 恐る恐る傷口に影を当ててみると、不思議なことに痛みが少しずつ和らいでいく。


「おいおいおいおい、なんだこれ!?

 どうなってんだよ……!?」


 気づけば、傷口は綺麗に塞がっていた。


「うるさいの。

 今は黙って見てればいいの」


 よく見てみると、影の中に潜む何かがクラチの傷を舐めている。


「あっ、すまん」


 この間もずっと、影鬼は真っ直ぐ頭鬼だけを見つめている。


「目の前にいる猛者が認める実力者。

 それがあの男ってことか……まぁ、そりゃ納得だわ」


 そしてついに、ωが地面を蹴った。


「始まるの」


「嘘、まじか!?」


 これで命運が決まる。

 この場にいる全員が、その緊張感の中、2人の行く末を見守っている。


「あなたは人類の敵です」


 表情1つ変えることなく、ハイスピードで突撃するω。


 しかし次の瞬間、ヒューマイノドに芽生えるはずのない感情が、ωの心に芽生えた。


「鬼力解放」


 そしてそれは同時に、頭鬼が本気を出した合図でもあった。


「な、なんでしょう……。

 少し身体が重いような不思議な感覚です」


 頭鬼の身体は、おぞましい殺気と膨大な鬼力が共鳴し、バチバチ激しい音を立てている。


「お前ら、死にたくなかったらしっかり隠れとけ。喰われるぞ」


「「「は、はいっ!」」」


 顔を知らない生徒すら従わせる言葉の圧。

 まるでメルサーのようだ。


「なるほど。あなたさえ殺せば、アッセンデルトは我々のものになるということですね」


 ωはそう確信した。


 しかし、いくら凄まじい圧とはいえ、ここまでは入学試験と何一つ変わっていない。


 頭鬼が本当に凄いのは……ここからだ。

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