第28話 ω降臨

「はて? なぜでしょう?」


 と次の瞬間、ωの横に倒れている大木の陰から、1人の女子生徒が飛び出していった。


「はぁぁぁぁ!」


「ん?」


 勢いよく振り下ろされた剣。


「取った」


「確かに、これは予想外でした。

 ですが……」


 しかし、異常な反応速度を持つωは、右手で剣を弾いた。


「追えない訳ではありません」


「チッ」


 失敗したことが分かると、1度後ろに引き、女子生徒は距離を取る。


「今のは、踏み込みが少し甘かった」


 そこへ、影鬼と陰鬼が戻ってきた。


「影鬼参上なの」


「さぁ、ヒューマノイドはどこかしら!」


 戻ってそうそう、陰鬼は辺りを見渡した。


「ん……?」


 すると、見覚えのある顔が視界に映る。


「この顔どこかで……って、なっ……!」


 3秒間の沈黙を経て、陰鬼は叫んだ。


「エ、エ、エリーゼがヒューマノイドと戦ってるぅぅぅぅぅ!?」


 戦闘態勢をとるクラチとエリーゼを見て、ωはついに光線剣を抜いた。


「ペットを殺されたら、普通飼い主は怒るんですよ」


 当たり前なことを口にし、剣先を向けるω。

 しかし、どう見ても怒っている様には見えない。

 やはり、所詮はヒューマノイドだ。


「そんな当たり前なこと言わないでくれる?」


「それもそうですね。

 では早速、裁きの時間に移ります」


 気配が変わったことに気づいたエリーゼは、改めて剣を握り直した。

 どうやら、 正面から迎え撃つ気らしい。


「おいおい、こんな時先生ってのはどう動くのが正解なんだ……!?

 生徒を逃がすか? 先陣を切って戦うか?

 あーもう! とりあえずお前ら、変に戦おうとすんじゃねぇぞ!」


 しかし直後、ωは行動を開始した。


「まずはあなたからです」


「……えっ」


 凄まじい速さで加速し、空間を移動したω。


「人類とは本当に素晴らしいですね」


 音も無ければ殺気もない。

 それはもう、人の領域を超えている。


「目の、前……!?」


「だって、こんなにも速く動けるのですから」


 次にωを認識した時、それは光線剣が首をはねる寸前だった。


 (……私、ここで死ぬの……?)


 無意識に自身の死を悟ったエリーゼ。

 しかしそれと同時に、母の顔が頭をよぎる。


「お父さんを殺したの、ヒューマノイドだって。エリちゃん、私たちこれからどうなっちゃうんだろうね……」


 ベッドから起き上がることが出来ず、光のない瞳で天井を見つめる母の顔は、エリーゼの心にそれは深く刺さった。


「お母さん、私が全てのヒューマノイドを殺すわ。

 だから、安心して眠っていいよ」


「そぅ、ありがとねぇ。エリちゃんはほんと、自慢の娘だわ」


 この時、エリーゼは決意した。

 自分の手で必ず、母を、この世界を救うと。


「私、こんなところで死にたくない!」


 その時だった。


「もうっ! あんた大きい声出せるじゃん!」


 エリーゼの首を貫通し、空を切った光線剣。


「ごめん」


「そこは普通、でしょ!」


 よく見ると、陰鬼の陰がエリーゼの首を覆っている。


「あなた、とても不思議な技を使いますね」


「ふっふーん、かっこいいでしょ?」


 エリーゼの手を取り、1度大きく後ろへ下がる陰鬼。


「しかし、なぜ私の邪魔をするのですか?

 悪いことをしたのはあなたたちのはずですし、最初に斬りかかってきたのもそちらのはずですが」


 ωに追う様子はなく、ただじっと2人を見つめている。


「ねぇ、そんなにヒューマノイドを殺したいの?」


「うん」


「それはなんで?」


「私がそうしたいから」


「ふーん、まぁいいわ」


 それからすぐ、2人は頭鬼たちと合流した。


「本当に助かったわ。ありがとう」


「ううん、気にしないで!

 あたしたち友達でしょ?」


 笑顔で言う陰鬼。

 しかし、エリーゼは首を傾げた。


「友達……?」


 その予想外の反応に、陰鬼を除く5人は思わず笑う。


「ま、まだ友達じゃないんだってよ」


「……勘違い……」


「だ、大丈夫……!

 気にすることじゃないさ!

 ぼ、僕は、と、友達だからね!」


「私だったら死にたくなるなぁ……」


「大丈夫なの。

 人生に失敗は付き物なの」


 本人たちは慰めのつもりだろうが、これでは完全に逆効果だ。


 その証拠に、いつも清々しい陰鬼の顔が、新鮮なトマトのように赤く染まっている。


「あーもう、恥ずかしぃぃぃ……」


「大丈夫?」


 なぜ陰鬼が恥ずかしそうにしているのか、エリーゼには分からない。


「べ、別に大丈夫よ……!」


 ただ、いくらエリーゼと言えど、自分の発言によってこうなっている事くらいは分かる。


「その友達ってやつ、私にはまだよく分からない。でも、私とあなたは……多分、友達」


 これが今のエリーゼに出来る精一杯の慰め。

 しかし、陰鬼はそれで十分だった。


「……よね!」


「ん?」


「……そうよね!

 あたしとエリーゼは友達、そう、友達よ!」


 一気に活力を取り戻した陰鬼は、勢いそのまま頭鬼たちへと身体の向きを変えた。


「ふっふーん、どう?

 これが女の友情よ!」


 ドヤ顔で言う陰鬼に、5人は何も言わず、ただ拍手で答えた。


「おい、あいつら今の状況分かってるのか……?」


「多分、分かってないんだと思う」


「ってか、あれ! あれ見ろ!」


「ωが来たぞ!」


 悠々と空中を浮遊し、こちらへ向かってくるωの姿は、まるで地獄からやってきた悪魔のようだ。


「わざわざ逃げないでください。

 追いかけるのが面倒です」


「それについてはごめんなさい」


 エリーゼは素直に謝ると、再び剣を構えた。


「はぁ、今更謝っても遅いです。

 では、早速続きを……」


 1度腰にしまった光線剣を、ωが再び抜こうとしたその時。


「隙あり!」


 ズバァァァンという大きな音ともに、ωの右腕が斬り落とされた。


「あらあら、何事でしょうか」


「ふぅ、やっと油断してくれたぜ」


 鬼力を纏った大太刀を右手に持つ赤仮面の男。


 そう、クラチだ!


「先生が……」


「ωの腕を斬ったぞ!」


「「「うおおおおおおお!」」」


「あの人ちゃんと強かったんだ!」


「ねっ、意外!」


 ようやく先生らしい姿を見せ、大仕事をやってのけたクラチだったが、生徒たちの反応は散々だった。


「おいおい、もうちょっと褒めてくれてもいいんじゃねぇの……?」


 当の本人も少し悲しそうだ。


 ところで、片腕を斬り落とされたωはというと……。


「うーん。左腕だけだと、空中浮遊は難しそうですね」


 特に痛そうな素振りは見せず、ただ地面に着地し、左手で光線剣を抜いていた。


「まぁ、戦闘には何の問題もないでしょう」


「まぁな。お前らが化け物ってことくらい、こっちは5年前から知ってんだよ」


 剣を向け合うクラチとω。


「それでは……」


「改めて……」


「再開と行きましょう」


「再開と行こうか」


 ここから、本当の戦いが幕を開ける。

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