episode 2 愛菜のスキル
「んじゃ、我らの城に向かいますか!」
「ふふ、城ってなによ」
解散の声と共にそれぞれ大ホールから出ていく生徒達を少しその場で眺めていた私に、代表してスタッフから部屋の鍵を受け取った愛菜が得意気にホールの出口を指さしながらズンズンと歩き始める。その顔色にはさっきの怪訝な色はなくなっていて、ホッと安堵した私は愛菜の背中を追うようにホールを出た。
ここの宿泊施設は屋内にある通常の部屋と中庭を抜けた先にコテージがあって、男子が屋内の部屋で女子がコテージに宿泊する事になってるみたいだ。一部の男子からコテージを羨ましがる声が上がったんだけど、何をしにここへ来たんだとスタッフに突っ込まれて撃沈してた。まあ、当然だよね。
私達の指定されたコテージは8人用で、1階に全員が集まってもゆったり寛げる広さのリビングに、お風呂や洗面台にトイレが完備されている。2階には8人分の布団が敷いてある寝室があるだけの作りになっていた。
コテージに入った途端、同室の女子達のテンションが跳ね上がる。
「おぉー! お洒落なコテージ! 木のいい香りがする! こんな所の部屋だから畳とテーブルだけの大部屋だと思ってたから、これは嬉しい誤算だったわ」
「あっはは、ほんとそれ! てか実際男子達の部屋はそんな感じの部屋らしいよ」
「マジか! ウチら女子でよかったねぇ」
「見て! 出窓からの景色いい感じだよ!」
宿泊するメンバーがまるで探検隊みたいに部屋中を探索しながら、各々絶賛の声をあげる。実際ホントにいい部屋で、なにより男子達と隔離されているのがいいと思った。スタッフの説明によると本館と中庭を繋ぐ出入口は0時に鍵が掛けられる事になってるみたいで、旅先テンションで突撃される心配がない事がなにより安心だ。
「こんな所で寝泊まりするなら、やっぱ夜は恋バナで盛り上がるしかないっしょ!」
「まぁ、そんな気力が残ってれば、ねぇ」
「ホントそれ! スケジュール通りなら朝からビッシリ講義が詰まってるもんね」
同室の女子の1人がそう言うと、他の女子達はこれから始まる勉強生活を考えると否定的な反応を返す。実際否定する女子達に私も同感だ。というか、ここは勉強合宿の為の場所であって友達同士の楽しい旅行ではないのだから。
そんな皆のやり取りを少し距離をとって眺めてた私の肩が、ガッシリ誰かの腕に抱かれてた。
「君たちぃ! そんな萎れたおばあちゃんみたいな事言ってていいのかなぁ?」
「ちょ、え? 愛菜?」
突然私の肩を抱いたのは同じく同室の愛菜で、他の女子達に得意気な顔でそう声をかけた。
「ん? なに? どゆこと?」
女子の1人が愛菜の言う事に反応すると、愛菜は私の肩を押す様に2人で皆の前に向かう。
「この志乃の武勇伝に興味はないかい?」
「え? なに? 武勇伝?」
「んっふっふっふー! この子を見てよ。このビジュの女の子を男共が放っておくと思うのかい?」
少し芝居がかった言い回しに、嫌な予感が頭の中を巡っていく。
私の事を紹介した愛菜は更にとんでもない事を話……ううん、語り始める。
「こんな可愛い女の子が普通のJKやってるわけないって事だよ。もうフルコースだよ、フルコース! 本命に対抗馬は当たり前! 他には便利屋クンにお財布クンにSPクン! それに巨大なファンクラブも存在するとかしないとかぁ!――あだぁっ!」
「愛菜ぁ!? 人を救いようのない最低女にしないでよ! 私は付き合ってる人どころか好きな人だっていないってば!」
あまりの濡れ衣を着させられそうになって気が付けば愛菜の頭を叩いていて、疑惑のフルコースとやらを全力で否定した。
そんなコントみたいなやり取りがウケたのか、他の女子達はお腹を抱えて笑ってる。
「イテテ……。あ、そうだ。これからここで寝泊まりするわけだし、とりあえず簡単に自己紹介しない?」
軽く小突いた程度なのに大袈裟に痛がる愛菜が、笑ってる他の女子達にそう提案する。
「だねっ! それじゃ私からでいい? 桜花高校3年、
可愛い白のリボンが長い黒髪を際立たせていて、健康的な笑顔で挨拶してくれた神山さんを起点に、同室の女子達が自己紹介を進めていく。正直、初対面を相手にするのは苦手な私は変に緊張してると、あっという間に私と愛菜だけになった。
「お次はあたしだね。葛西高校3年の加藤 愛菜だよ。カトーとか愛菜とか適当に呼んでね。まぁ、勉強の方はちょっとアレで泣きつく事もあると思うけど、どうか見捨てないでやって下さい!」
ちょっと自虐を混ぜた愛菜の楽し気な挨拶はすぐに皆に受け入れられたみたいだ。初めてバスで会った時も思ったけれど、愛菜のコミュ力の高さには脱帽だ。
「えっと、英城高校3年の瑞樹 志乃……です。よ、よろしくお願いします」
うん。典型的で地味で面白みのない無難な挨拶なのに、それでもこのグダグダさ……愛菜の時は普通に話せたのはやっぱりあの子のコミュ力のおかげであって、私は相変わらずの人見知りというか人嫌いという……か。
「こおら! 志乃! なんだそのくそつまんない挨拶は! もっとインパクトあるやつを所望する!」
無茶ぶりもいいところだ。性格が捻くれた人見知りを舐めないでもらいたい! っといっても愛菜は私がどんな人間かなんて知らないから仕方がない……のかな?
「そうだよ、瑞樹さん! SPクンとかは流石に加藤さんの戯言だろうけど、学校で有名はイケメンはとりあえず手駒にしてるとかはあるんでしょ!?」
「あ、あるかー!!」
確か神山さんだっけな? 彼女が悪い笑みでとんでも疑惑を被せようとしてきたから、咄嗟に大きな声で否定してしまった。いや、全然そんな事ないから否定するのは間違ってないんだけど、まさか私が声を張って激しくツッコみをいれる事になろうとは……。
「ぷっ、あっはっは! いいツッコみするじゃん瑞樹さん。正直最初は美人過ぎて近寄りがたかったんだけど、カトちゃんと絡みだしてからいい意味で壊れてくよ」
どうやら普段ゼミに通ってる時の私を知ってるみたいで、近寄りがたい雰囲気があったみたいだ。実際はそんなのなくて、ただ男子共の視線をけん制する為に警戒していただけで誤解なんだけど、これは自業自得だと納得するしかない。
「だっしょー! 君たちは志乃という女の子を誤解してるのだよ……知らんけど」
「「「「「「知らんのかい!」」」」」」
おー、6人見事にハモったな。
「というわけで、これからよろしくって事でお腹空いたし、食堂いっこか!」
愛菜が予定通りにランチにしようと声をかけると、神山さん達が慌てて荷物の整理を始めだした。
「えー!? 皆、まだ荷物整理終わってなかったん!?」
「それは愛菜も同じでしょ!」
「……そうでした」
そんなつもりはなかったんだけど、皆から見ればどうやらまた私と愛菜のコントが始まったと思われたみたいで笑われてしまった。
そんなやり取りをしながらようやく全員の荷物整理を終えた私達は、食堂に向かう。
「やっとお昼ご飯だー! でも急いで食べないと講義に遅れちゃうよー!」
「それは誰のせいだと思ってるんだね? カトちゃん?」
「え? 私のせい!? ……だよねぇ」
ついさっき顔を合わせたばかりだというのに、コテージを出る頃にはすっかり打ち解け合っていて賑やかな笑い声で満ちている。
そこでふと気が付いた。皆の笑い声の中に自分がいる事を。
近寄りがたい雰囲気があって近づけなかったと言ってた女子と、今は普通にお喋り出来てる。話してる内容も勉強とは全然関係ない内容なのにだ。
(――もしかして)
自分の周りが変化したきっかけを辿った結果、私は前を歩く愛菜の背中を見つめる。
昔のとある事件に巻き込まれてから、私は人と関わるきっかけを掴む事が人一倍下手になった。どうしても疑いの目で人を見てしまうから。だからといってボッチってわけじゃなくて学校にも友達がいるけれど、それだって仲良くなるまでに相当な時間がかかったんだ。
だというのに、知り合ってすぐにこうな風に皆と話せているのは、きっと愛菜が凄く自然に他の皆との架け橋になってくれたんだと気が付いた。その行動があまりに不自然さがなかったせいで気が付くのが遅くなったけれど……。
(愛菜は……すごいな)
楽しそうに笑いながら前を歩く愛菜の背中に「ありがとう」と、口には出さずに感謝の気持ちを送った。
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