二十代最後の誕生日から始まる軌跡・from29(仮)
葵 しずく
プロローグ 節目
前書き
今作はカクヨムコン10のコンテスト作品になります。
面白いと思って下さったり、応援してやろうと思って下さった方は☆の評価、コメントを宜しくお願いします。
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現在、5月26日午後21時03分
20時に仕事を終えた俺は真新しい自転車を飛ばし帰宅して、真っ暗な部屋に明かりを灯す。
鞄をソファーに投げおいて、すぐにタイマー予約で湯張が完了している湯舟に体を沈めて「あ”あ”あ”ああぁぁぁー」と魂の雄たけびをあげる。
年を重ねる度に親父臭い声が出てしまうなと自覚してるものの、これは儀式なんだからと抗う気はない。
体の芯まで風呂で体を癒したら、今度は疲れた心を癒さないとなと大好きな銘柄の缶ビールを冷蔵庫から取り出して、プルタブを開けるプシュッという音をつまみにキンキンに冷えたビールで喉を鳴らす。
「ふう」
炭酸が喉を心地よく刺激した後、鼻からホップの香りが抜けていく。やっぱり風呂上りの一口目は何物にも代えがたい至高の瞬間がある。
そのまま飲み干して空になった缶をカウンターテーブルに置いてようやくひと心地ついたとゆっくり息を吐いた後は、壁掛け時計が時を刻む音だけが耳に入ってくる。
「もう一本いっとくか」
疲れた体を休める為にそのままベッドに入るのが正解なんだろうけど、今夜は特別だからと冷蔵庫から2本目の缶ビールを取り出してカウンター席に戻る途中にグビッと一口。
テーブルに缶を置いて椅子に座りながら時計を見ると残り4時間程で20代が終わり、30代を迎える時がやってくる。
「10年ぶりにやってみるかな」
今の部屋で気に入っているカウンター席をくるくると回して、思考をこれまでの時間に向ける。
志望大学に現役合格した俺は有意義な大学生活を送り色々な事を学んで、そして多くの経験を経て就活に取り組んだ結果、7社から内定を勝ち取った。
色んな角度から検討した後、内定を貰っていた中から
勿論他の内定を貰っていた企業の中にもIT系の会社も含まれていたんだけど、企業説明会に参加した時、RYEZの若いチーフさんの話を聞かせてもらった事に興味をひかれたのが選んだ理由だ。
社会にでると毎日仕事に追われる日々で、早々に退職していった奴も少なくなかった。
かくいう俺もとある事情で腐ってた時期があり、退職するかと何度も悩んだ事もあったけど、色々あって辞めずに今もRYEZの社員をやっている。
辞めずに仕事に向き合う事を決めてから幾度となくトラブルに苛まれたり、擦り切れる思いを乗り越えて、気が付けば社会人として一丁前になっていて出世や収入もそれなりの立場になっていた。世間的に言えば上の下辺りの生活を手に入れたと言っていいだろう。
プライベートの方は興味をもった事は積極的に挑戦してきたけど、今でも続けているのは結局中学の時から始めたバスケットボールと、大学時代から好んできた読書くらいで落ち着いている。
友人関係は定期的にストリートバスケを楽しむ大学時代からの仲間達と、あとは偶に飲みに行ったりしてる同僚くらいだろうか。
恋愛は学生時代に人並には経験してきたけど、社会に出てからは一人の女性としか付き合った事がない。忙しかったからとか、出会いがなかったからとかではなく、この人しかいないと本気で想える人と出会ってしまった事が主な原因なんだと思う。
そんなこんなで28歳まで振り返ってみたけど、恐ろしくここまでは早かったな。10年前に10代を振り返ってみた時は出会いとか別れとはもあったし、とにかく色んな事が凝縮されてたって感じで振り返る時間もそれなりに長ったはずだ。
20代はあの頃と比べて淡泊というか淡々と流れていった気がする。まあ社会人になれば大抵の人間はこうなんだろう。
だけど、29歳の誕生日から今日までのⅠ年間はそんな流れに染まっていた俺を変えてくれた時間だった。
「本当に濃い時間だった。もうちょっとバランスを考えてくれって言いたい程に……」
きっかけはとにかく生意気で自意識過剰な程に警戒心が強く、そして誰よりも心がボロボロに傷付いた1人の少女との出会いから全てが始まったんだ。
「色々あったよな。いい年してガキ共にぶちキレたり、一回りも年下の女子に振り回されたり、盲腸になったり……それは関係ないか」
さてここからの一年を振り返るにはビールが足りないな。やっぱりもう1本いっとくか。
――きっかけは、そう。俺こと
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