カガミノクニノ

灰月 薫

わたしは鏡の中に住んでいる。

比喩的なものではなくて、わたしは一つの姿見に映った世界の中の住人なのだ。

貴方がわたしの仲間に会いたいというのならば、すぐ近くの鏡を覗き込めば良い。

そこに映った貴方と瓜二つの存在が、わたしの仲間だから。

そうはいっても、わたしが生きてるのは貴方が覗き込んだ鏡とはまた違う鏡だ。

一人の少女——かつては幼子だった——が長年部屋に置いている姿見。その世界がわたしの全てだ。

だから、わたしは彼女の姿をして、彼女の部屋で彼女の行動を真似る。

毎朝のように鏡の前に立って髪に櫛を入れる。制服のリボンをキツく結って、スカートの皺を伸ばす。たった今は、古びた椅子に座って何か細かい作業をしている。

何をしているのかはこちらからは見えないので、わたしも自分が何を真似ているのか分からない。

ただ、彼女のする通りに手を動かす——それが、わたしの役目だから。

そうして彼女が姿見に映る部屋から出ていってしまうと、わたしは何もない暗闇の中で眠る。彼女がもう一度この姿見に映るのを待ちながら。

きっと彼女は、別のところで別の鏡に映りながら昼を過ごしているのだろう。わたしの知らない、ここじゃない鏡の国で。

わたしに出来ることは、帰ってきた彼女を同じ笑みで迎えることだけである。














「わたし」は鏡の中に住んでいる。

私にしては随分上手い比喩を思いついたことだ。

制服のリボンをキツく締めながら、私は考える。

鏡の中の自分はとても清らかな姿をしていた。

容姿端麗と言いたいわけではない。それでも、清潔な制服から覗いているのは滑らかで傷一つない肌だ。

そうでなくっちゃ。私は唇を動かさずに呟く。

当然だ、当然のことだ。だって、昨日学校で蹴られた背中の傷も、額に残った火傷の痕も念入りに隠したのだから。

鏡の中の「わたし」は、私と違って綺麗でなくっちゃ。

この姿見の中の部屋だけは、私の理想通りなのだから。

私を蹴る同級生も、タバコを押し付けてくる彼氏もいない——私だけの「わたし」。

貴方は何も知らなくて良いのよ。理想だけが全てであって。

スカートの皺を伸ばして、引き裂かれた筆箱を繕って。

それから私はいつもの地獄に出掛けていく。

そしてこの部屋に帰ってきて、もう一度この鏡に映る——その時は、「わたし」を同じ笑みで迎えるのだ。

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カガミノクニノ 灰月 薫 @haidukikaoru

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