腰の血
「なんですか? 今すぐ着替えたいんですけど?」
「すいません、少しだけですから。
神宮司君、この電車のトイレはどこにある?」
能登羽がそのように聞くと、霧島は激しく動揺する。
「確か、最後尾の列車にあったと思います。」
「ありがとう。
そして、現場となったのは?」
「一番前の車両です。」
「だよね~!
そうなると、被害者がマシンガンを持ったおばあさんに席を譲らなかった理由を推測できるんですよ。
もし、被害者がお腹を壊していたとしたらどうでしょう?
お腹を壊していたならば、少しでも立ちたくないものです。できれば、他の人に席を譲ってもらいたいと考えるでしょう。
それに、トイレは車両の中では遠い。
しかし、駅のホームのトイレはすぐそこです。」
能登羽は駅のトイレを指さした。駅のトイレと一番前の車両は、とても近い最短距離だった。
「それが何だって言うんですか?
もしかしたら、佐竹はお腹を壊していたかもしれません。でも、それが何だって言うんですか?
結論はマシンガンを持ったおばあさんに佐竹は殺されたという事実は変わらないでしょう?」
「いいや、違ってくるんですよ。
よく考えてください。
お腹を壊していたことが電車に乗る前から分かっていたならば、最初から一番後ろの車両に乗りませんか?
被害者の乗った駅からここまで30分かかるんですよ?
なら、少しお腹が痛いようなら、一番後ろの車両に乗りますよ。それに、被害者は席に座らなければいけないほどに、痛がっていた。
そんな痛みを持った人間は、トイレの遠い車両を選びません。
なら、どういう推論がたてられるかと言うと、被害者はこの車両に乗ってから、急にお腹が痛くなった。ということです。
確かに、こういうことはあり得るかもしれません。
ですが、何かをこの車両の中で食べない限り、このようなことは不自然ではないでしょうか?
そこで、思いついたんです。
あなたの袖口に付いた血です。
あなたの腰には血がべっとりと付いていますが、上半身には血が全くついていない。あなたは佐竹さんの近くにいたはずなのにです。
あなた、佐竹さんがマシンガンで撃たれることを知っていたんじゃないですか?」
「!?」
「普通、マシンガンで撃たれた人の近くにいれば、返り血でびしょびしょになりますよ。
マシンガンを構えた時点で逃げていないと、そんな真っ白なシャツにはなりませんねえ~。
本能的に逃げてしまいましたか?」
「それは証拠があって言っていますか?」
霧島は冷静な態度で、能登羽に言い返した。
「ええ、もちろん。話はまだ途中です。
先ほどの通り、シャツは真っ白ですが、1つだけ血で汚れている所があります。
右手首です。
左手首も汚れていれば、納得は出来たんですが、右手首だけが汚れている。それも、綺麗に、直線的に汚れています。
このことが指す意味とは……」
そう言って、能登羽は霧島の右ポケットに手を入れる。
すると、右ポケットから錠剤のようなものが出てきた。
「下剤ですね。」
能登羽がそう聞くと、霧島は静かにうなづいた。
「あなたは、マシンガンを持ったおばあさんをこの電車で見た。その時、おばあさんに席を譲らなければ、マシンガンで撃ち殺されるのではないかと思った。
だから、あなたは被害者に席を譲り、下剤を飲ませた。
下剤はちょうどこの駅に着く前に効き始め、ちょうどおばあさんが被害者に声をかけた。
そして、あなたの予想通り、被害者は撃ち殺された。」
「その通りです。刑事さん。私はじゃんけんで佐竹に下剤を飲ませました。
……うまくいくと思ったのになあ。せっかくマシンガンを持ったおばあさんがいたのになあ。」
霧島がそのように言うと、全裸の神宮寺が霧島を殴る。
「あなたは最低です!
罪のないおばあさんに、殺人の罪を着せるなんて、人間のやることじゃない。席を譲られないおばあさんの気持ちを何だと思っているんだ!」
「止めなさい。」
能登羽が全裸の神宮司を止める。
「でも、覚悟しておいた方がいいですよ。あなたのしたことはれっきとした殺人ですからねえ~。」
そう言うと、能登羽は霧島に手錠をかけた。
「ありがとねえ~。」
神宮寺は罪の晴れたおばあさんにマシンガンを返した。
「今度は人に向けて撃っちゃだめだからね。」
「分かったわ。」
「それと、銃弾は補充しておいたからね。」
おばあさんは小さく頭を下げると、マシンガンを杖にして、警察署から離れていった。
「おばあさんの罪が晴れてよかったです。」
「本当だねえ~。
ところで、神宮司君。服に血が付いちゃったんだけど、どうする?」
「ええ!!
そのスーツ高いんですよ?」
「いいじゃないか、レッドスーツみたいで。」
「確かに~!」
全裸の神宮寺は嬉しそうだった。
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