第68話 解散させられるなんて

 ナナセの不安は後に的中することとなる。


 ルインのファミリー「リバタリア」はメンバー同士の交流がないことが売りで、煩わしいことを嫌う者達が続々と集まり、今では大規模なファミリーとなった。

 交流禁止がリバタリアのルールであるが、彼らは積極的に付き合いをしないだけで、ファミリーハウスで会えば挨拶もするし、気が合えば一緒に魔物狩りに行く者もいる。彼らの交流手段は主にムギンに用意された掲示板で、そこでは魔物狩りのパーティを募集したり、様々な情報交換をしたり、ゴシップ的な噂話に興じたりしている。


 この「噂話」がリスティにとっては気に入らない。リスティの知らない所でハイファミリー同盟の噂や、自身のゴシップが飛び交っている。リスティが早めにリバタリアを潰しておきたいと考えるのは当然のことだった。

 だが一方でリスティの「ブルーブラッド」を軽く上回る規模の「リバタリア」の数の多さは魅力でもあった。リバタリアを取り込めれば、ブルーブラッドは数の力で他のファミリーよりも優位に立てる。

 だが自由気ままな暮らしを望むリバタリアのリーダー、ロイドが他のファミリーとの合流など望むはずがなかった。



♢♢♢



 ヒースバリーから北にある港町シャートピア。ここは冒険者だけでなく、漁師も多く訪れる。

 港にある桟橋で、一人釣り糸を垂らしている男がいた。男は後ろから誰かが来る気配を感じ、振り返る。


「やっと見つけた、ロイドさん」

 男を見下ろしているのは、可愛らしい声でにっこりと微笑むリスティだった。リスティの後ろにはマオ、ゼット、ベインの三人組が立っている。

「……こんなところまで来るとはねえ」

 ロイドはリスティを見ると、うんざりした表情でため息をついた。

「何度お願いしてもあなたが中々会ってくれないから、こちらから来ちゃいました。探すの大変だったんですよ?」

「俺はあんたに用はないけど」

 ロイドはぷいと背を向け、釣竿を少し動かした。

「釣りをやめろ! リスティ様が話してるんだぞ?」

 ゼットは眉を吊り上げ、居丈高な態度でロイドを見下ろした。

「はあ……だったら早く話を済ませてよ」

 ため息をつくと、ロイドは渋々立ち上がり、リスティに向き直った。


「ロイドさん、あなたのファミリーはとても規模が大きくて素晴らしいと評判ね。リバタリア……でしたっけ?」

 リスティは愛くるしい笑顔をロイドに向けた。

「そうだけど、それが何かー?」

 ロイドは腕組みをしながら答えた。

「実は私の『ハイファミリー同盟』にちょっと困ったことがあって……最近『コーヒーゾンビ』というファミリーが突然同盟を脱退してしまったの。私は彼らに抜けて欲しくはなかったのだけど……彼らが同盟の規則に違反したこともあって、他のファミリーにも示しがつかなかったものだから、脱退を許してしまったの……」

 リスティは目を伏せ、声を震わせた。今にも泣きだしそうなリスティに、ゼットは「リスティ、大丈夫か?」と声を掛け、ベインは「リスティ、落ち着いて」と彼女を気遣った。

「大丈夫よ、二人とも。ありがとう」

 リスティは気丈に笑顔を見せ、そっと涙を指で拭うような仕草をした。


「それで、ハイファミリー同盟のメンバーが不足して困っているの。聞けばあなたの『リバタリア』には多くの上級冒険者が所属しているそうね? ぜひ彼らを私の『ブルーブラッド』に迎えたいと思っているのだけど」

 リスティの「お願い」の後、ゼットが彼女に続いた。

「リスティ様の有り難い申し出だぞ。ハイファミリー同盟に入る為には、通常なら同盟のメンバーからの推薦が必要なのに、リスティ様はお前のファミリーのメンバーなら無条件で受け入れると言ってるんだ」

「ゼット、そんな強い言い方はやめて。こちらがお願いしているんだから」

 リスティは優しくゼットをたしなめた。


 リスティ達の芝居がかった説得を、ロイドは黙って聞いていた。

「……まああんた達の話は大体想像がついてたけどね。コーヒーゾンビを『リスティ様』が突然追い出したって話は俺も聞いてるし、メンバー不足で困ってるって噂も聞いてるよ」

 リスティの笑顔がさっと消え、ゼットとベインは焦りだした。


「まあ、うちには多くのメンバーがいるし、俺に対して誰も忠誠を誓ったりしてないから、抜けたい奴がいれば勝手に抜けるだろうよ。あんた達、うちのファミリーが特殊なのは知ってるだろ? みんなファミリーに縛られるより、一人で気ままに生きる方が好きな連中だ。うちのメンバーが欲しけりゃ、一人一人ちゃんと説得するんだね。ああでも、誰がメンバーか俺が教える義理はないから、頑張って探せば?」

 面倒臭そうに答えるロイドの態度に、ゼットは思わずカッとなった。


「リスティ様がお前らを受け入れるって言ってくれてるのに、その態度は何だよ!? 同盟に入りたがらない奴なんているわけないだろ? リーダーのお前が決めればそれで済む話なんだぞ、さっさと決めろ!」

「いや、だからさ……俺が言っても聞かない連中なんだって」

「お前らみたいな気味の悪い連中、こんな機会でもないと同盟に入れないんだぞ!? リスティ様の悪口を言ってる奴もいるらしいな? 今ならそのことはお咎めなしにしてやろうってのに、お前がそういう態度を取るなら、こっちにも考えがあるぜ」

 ゼットの言葉にロイドの顔色が変わり、組んでいた腕をすっと下ろした。


「その『気味の悪い連中』に頼らなきゃいけないなんて、ハイファミリー同盟も随分落ちぶれたもんだね。あんた達の言葉、そっくりそのままうちのメンバーに伝えとくから」

「言えよ、どうせお前の言葉なんて誰も聞きやしねえだろ。お前はただファミリーを作っただけの役立たずの癖に」

「ゼット、黙って」

 リスティが怖い顔でゼットをいさめた。


「ロイド、残念だわ。私はあなた達を心配して誘ってあげたのに。あなたのファミリーは、道に外れた者たちの逃げ場所のようなものだって聞いてるわ。でもずっと逃げたままではいけないと思うの。早く私の所へきて『本当の仲間』になるべきよ。一人は寂しいでしょう? 私のファミリーに来ればきっと毎日楽しく暮らせるわ。今ならまだみんな立ち直れるのよ?」


 ロイドは深くため息をついた。

「俺達は道に外れてて、立ち直らなきゃいけない存在なわけ? はあ……あんた達とこれ以上話しても時間の無駄だね。悪いけど帰ってくれ。俺は釣りに戻る」

 そう言うと、ロイドはリスティ達に背を向け、地面に座り込んで釣り糸に生餌を手早くつけると、ひょいと釣り糸を水面に投げた。ポチャンと音がして水紋が広がる。


「お前! 話を聞けよ!」

「もういいわ、ゼット。確かにこれ以上彼と話しても無駄のようね」

 リスティはロイドを睨み、踵を返した。


 苛立ったように早足で歩き、桟橋から離れたリスティはマオに声を掛けた。

「ユージーンを呼んでちょうだい。彼と至急話したいことがあるの」

「かしこまりました、リスティ様」



♢♢♢



 ロイドとリスティの話し合いから数日後。


 ナナセはいつも通りの朝を迎えていた。目を覚ますと既に隣のベッドは空になっている。これはいつものことだ。ルインはナナセよりも早起きで、時々ナナセ達の朝食を作ってくれる。大抵はオムレツや目玉焼きとパン。たまにはヨーグルトがつくこともある。


 ぼんやりした頭で階段を降り、ダイニングルームに入るとやはりルインが朝食の用意をしていた。

「おはよう、ルイン」

「おはよう。目玉焼き作るけどいる?」

「いる! 他のみんなは?」

「ヴィヴィアンは裏の畑。ノアとマカロンはまだ寝てるよ」

「畑の水やりかな? 最近ヴィヴィアン、野菜作りにハマってるみたいだよね」


 魔術にしか興味のなかったヴィヴィアンは、食費の足しにしようと裏庭で野菜作りを始めた所、すっかり夢中になってしまったようだ。

「みんなもどうせ食べるだろうし、一緒に焼いちゃおうっと」

 ルインは手慣れた動きで調理台の上に置かれたかごから卵を三つ取り、フライパンの上で卵を割る。ジュウっといい音を立ててフライパンの上の卵が透明から白に変わる。


「ふあー……みんな早起きだね」

 ノアが大あくびしながらダイニングに現れた。

「おはようノア。マカロンはまだ寝てる?」

「おはようナナセ。さっき部屋の前を通ったら物音がしたから起きてると思うよ、もうすぐ降りてくると思うけど……」

 ノアの言った通り、バタバタと威勢のいい足音を立てながらマカロンが階段を降りる音がした。

「おはよーみんな! ルインの朝ご飯だー!」

 マカロンは朝から元気だ。

「あ、みんな揃ってるね。おはよう」

 水やりを終えたヴィヴィアンもやってきた。これで全員が揃い、いつものようにみんなで朝食を食べる。



「ヴィヴィアン、すっかり野菜作りにハマってるね。農業ギルドに入って本格的に学んだら?」

 マカロンは、食事中もずっと自分の植えたトウモロコシやナスの成長具合を話しているヴィヴィアンに言った。

「それもいいかと思ったんだけど、私一つのことしか集中できないから、メイジの訓練がおろそかになりそうで……」

「ヴィヴィアンなら大丈夫だよ! ギルドに入れば大きな畑も借りれるし、作物を売ることもできるし、いいと思うよ。あ、ルイン、バター取ってもらってもいい?」

「はい、どうぞ」

 ノアはマカロンに同意しながら、ルインからバターを受け取る。


「うーん、でもねえ……私は庭でみんなが食べる分だけ作れればいいと思って始めたわけで……」

 ヴィヴィアンは目玉焼きをつつきながら考えていた。

「自分に出来る範囲でやった方がいいよ。あれこれ手を出すと忙しくなって、休む間もなくなるよ」

 ナナセはまるで自分に言い聞かせるように話した。


「そう言えばナナセ、調合師の上級昇格試験は受けたの?」

 まるでナナセの心を読んだかのように、ルインはナナセに突っ込んだ。

「う……まだだよ。ほら、上級試験の課題は大変だからさ……材料が高いし……それに色々忙しくて……ハハ」

 ナナセは歯切れの悪いことを言いながら、誤魔化すようにグラスを持ち、水を喉に流し込んだ。

「確かに大変だけど、上級になればギルドで高く売れる薬を作れるようになるんでしょ?」

「……確かにそうだよね……」

 ナナセは苦笑いしながらグラスを置いた。

「ルインは凄いよね、ヒーラーのスキルも高いし、裁縫も上級になったし」

 ノアは感心しながらルインを見た。

「早く自分で着られるローブを作りたいからね。とりあえず上級になれたから、これからはゆっくり頑張るつもり」

 ルインはナナセよりも先に上級裁縫職人になっている。彼女はなんでもこなす器用な性格で、目標を決めてやり遂げる意思の強さもある。ナナセがルインに対して憧れの気持ちを持つ部分だ。


「私ももっと頑張らないとなあ」

 ナナセが思わずぼやくと、マカロンがアハハと高い声で笑った。

「ナナセはナナセのやり方があるんだからさー、焦んなくてもいいでしょ!」

 ルインも微笑みながらマカロンの言葉に頷いた。

「確かにそうだね。ナナセのペースで頑張るといいよ。調合師の上級試験が大変だって話は聞いたことあるし、素材集めとか私も協力するよ」

「ありがとう、ルイン。助かるよ」

「気にしないで……」

その時、ルインが食事中にも関わらず、突然ムギンを取り出すと画面を凝視したまま固まってしまった。


「どうしたの? ルイン」

 ナナセが尋ねると、ルインは呆然とした顔で頭を上げた。


「解散した……」

「解散?」

 マカロンが首をひねった。


「リバタリアが、たった今解散したって……」

 震える手でルインが画面をみんなに見せた。彼女のムギンには「リバタリアは解散しました」というメッセージが表示されている。


「解散って、今?」

「えっ、どういうこと?」

「何か聞いてた?」

 ヴィヴィアン、ノア、マカロンの三人が矢継ぎ早にルインに詰め寄る。

「分からない……昨日までは何もなかったのに……もうメンバーリストも消されてて、私のファミリーネームも無くなってる……」

 ルインは事態を飲み込めず、オロオロしていた。

「本当に何も心当たりがないの?」

 ナナセの質問にも、ルインはただ首を振るばかりだ。

「リーダーに聞いてみたら? 解散できるのはリーダーしかいないんだから」

「ダメ……私、ロイドさんと連絡先を交換してない」

「誰か連絡を取れない?」

 ルインはナナセの言葉にハッとした。

「同じ裁縫ギルドの仲間がいる。時々ギルドで会うことがあって、色々教えてくれてて結構仲良くて……彼女に聞いてみる」


 椅子から立ち上がると、ルインは急ぎ足でダイニングを出て行った。部屋の外からはルインが誰かと話している声がした。ナナセ達はルインの様子を気にしながら、目の前の朝食をなんとなくつついたりしていた。




 しばらく経つと、暗い表情のルインがダイニングに戻ってきた。

「どうだった? 何か分かった?」

 ナナセが真っ先にルインに尋ねた。

「……ボビンさんが教えてくれた。リスティが、リバタリアを解散させる命令を出したって」

「リスティが? どうして?」

 ナナセは頭を殴られたような衝撃を受けた。

「リスティに何故そんな権限があるの?」

 ヴィヴィアンも事態が飲み込めず、ぽかんとしている。


「……ハイファミリー同盟が、ノヴァリス全てのファミリーを同盟の傘下に入れることにしたんだって。それでリバタリアも同盟の傘下になったみたい……ロイドさんはリスティを怒らせたみたいで、今朝突然ロイドさんの家に守護団の奴らが来て、無理矢理解散させられたらしいって……」

「そんな! おかしいよ」

「無理矢理なんてひどいよ!」

 ノアとマカロンが同時に叫んだ。


「ねえみんな、全てのファミリーがハイファミリー同盟の傘下になるなんて話、聞いてた?」

 ナナセがヴィヴィアン達に聞くと、三人は揃って首を振った。

「初耳だよ。じゃあうちの『キャッツウィスカーズ』もハイファミリー同盟の傘下になるってこと?」

「そうなる……のかな? 何も聞いてないよね」

 ヴィヴィアン達三人は同じファミリーに所属している。三人とも顔を見合わせてオロオロするばかりだ。


 ルインは仲間達が大騒ぎしている間、ずっとぼんやりとしていた。

「……リバタリアは変わってるなんてよく言われたけど、私には居心地のいいファミリーだったのに。突然なくなっちゃうなんて、悲しいよ」

 目を伏せ、暗い表情で呟くルインの表情を見ていたナナセは、自分の身体から怒りが噴きあがるのを感じた。


「……みんな。まだこのことを知らないファミリーも多いと思うから、できるだけ多くのドーリアにこのことを知らせて」

「わ……分かった」

 ヴィヴィアンは目を吊り上げながら話すナナセの剣幕に、たじろぎながら頷いた。

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