第2話 新しい身体
自由と永遠の命を手に入れ、これから何をしようか──
彼女が目覚めた場所は、真っ白でだだっ広くて何もない部屋だった。
彼女は体がすっぽりと収まる、四角くて白い箱のようなものに寝かされていた。指を動かし、体が動くことを確認するとゆっくりと体を起こした。
何もない、と思ったのは彼女の勘違いだ。部屋には彼女以外に誰かがいた。彼女を見上げるように、離れた位置に不思議な人物が立っていたのだ。
その人物は本当に変わっていた。顔立ちは女性に見える。だがその肌も瞳も、髪の毛から服まで全てが白いのだ。
「お目覚めですか、ナナセ様」
その女性は抑揚のない声で彼女に話しかけてきた。彼女は手にノートのような黒い板を持ち、板を指でなぞりながら何かを操作している。
そうだ、私の名前はナナセだ。ナナセはゆっくりと頷く。
「ナナセ様、あなたは『ドーリア』として『レムリアル』の地に誕生しました。あなたの誕生日はクオン歴6年10月2日となります。まずはご自分の姿をご確認ください」
女性がそう言うと、ナナセの前に丸くて巨大な鏡のようなものが現れた。
ナナセは若い女性の姿をしていた。肩のあたりで切りそろえられた明るい茶色の髪、似た色の瞳、飾り気のない白いシャツと茶色のズボン。布製のショルダーバッグを斜めに掛け、足元には頑丈そうなブーツ。
「確認が終わりましたらナナセ様、この後説明に移らせていただきますので、こちらへお越しください」
白い女性の言葉とほぼ同時に、白い箱の四方の壁がぱたんと倒れ、ナナセの前に白い階段が現れた。ナナセはおずおずと立ち上がり、ゆっくりと階段を降りた。
「ナナセ様。レムリアルでの誕生を我々『ガーディアン』は歓迎いたします。ナナセ様はこれからノヴァリス島にある『キャテルトリー』という町で生活を始めていただきます」
ガーディアンだという女性は、すらすらと事務的な口調で話し始めた。
「キャテルトリー……」
「キャテルトリーはナナセ様のような新人冒険者の方々が多く暮らす町です。資源に恵まれ、天候も安定しており暮らしやすい場所です。キャテルトリーに移動された後は、現地にいるガーディアンの元を訪ねていただきます」
「向こうにもあなたみたいな人がいるんですか?」
「はい、レムリアルではガーディアンの存在はとても身近なものです。キャテルトリーには冒険者ギルドがありますので、ナナセ様にはまずそこへ向かっていただきます。とても大きな塔がありますから、すぐにお分かりになると思います。冒険者ギルドに入りましたら、受付のガーディアンに話しかけてください」
「冒険者ギルドですね、分かりました」
「冒険者ギルドは全ての住民を登録しています。そこでナナセ様は住民登録をしていただきます。登録が済みますと、晴れてキャテルトリーの住民として生活を始めることになります」
「分かりました……」
なんだか自信なさげなナナセの声。それも仕方がない。彼女の荷物はとても小さなもので、身一つで知らない町に行けと言われても、不安の方が大きいのは当然である。
「分からないことがあれば、冒険者ギルドのガーディアンを頼るといいでしょう。彼らはナナセ様の助けとなる存在です」
ナナセの前にいるガーディアンはなんだか冷たく、事務的でよそよそしい。町にいるという他のガーディアンは彼女と違うといいな……そんなことをナナセは思った。
「それでは早速転送の準備をいたしましょう。ナナセ様、その場から動かないようお願いします。キャテルトリーの現在の天候は晴れ、風は微風、気温は19度となります」
ガーディアンは黒い板をまた操作した。するとナナセの足元に光る円がぼうっと現れた。ナナセは眩しくて、思わず目を閉じる。
「ナナセ様の人生が素晴らしいものになりますように」
ガーディアンの声が遠ざかり、そのままナナセは暗闇の中に消えていった。
♢♢♢
キャテルトリーという町は、ナナセが想像していたよりもずっと広く、賑やかだった。
彼女が転送された先は、巨大な石像が建つ広場だった。
その石像は見上げるほど大きく、頭に深くフードを被っていて顔が殆ど見えず、わずかに口元が見えるのみで性別が分からない。魔術師のローブのようなものを身に着け、片手に大きな板のようなものを持っている。
「変な像」
思わずナナセは呟く。広場にはあちこちにベンチが置かれていて、住人らしき人々がベンチに腰掛けているのが見える。
広場の奥には真っ白で、とても高い塔があった。あれが「冒険者ギルド」に違いない。とりあえずナナセは目の前に見える大きな塔の中へと向かう。
ナナセは解放されている扉を通り抜けて中に入った。中のロビーも外観と同じで全てが真っ白だ。中はとても広く、中央に円形のカウンターがあり、カウンターの中に全身真っ白な人物が立っている。ナナセは自分と同じ格好をした男とすれ違いながら、受付カウンターへ向かった。
そこには、ナナセが最初に見たガーディアンに良く似ている者がいた。全身真っ白の女性、だがよく見ると髪型や服装が少し違う。カウンターの上には黒い板が置いてある。
「いらっしゃいませ、ご用件は何でしょう?」
ガーディアンは穏やかな声でナナセに話しかけてきた。
「あの、キャテルトリーに来たらまずここへ行けと、あなたに似てる人に言われたのですが……」
「はい、住民登録の方ですね。それでは手続きについて説明させていただきますので、奥の1番の部屋へお進みください」
ガーディアンは横を指した。そこには奥に長く伸びる廊下がある。
「分かりました。あの……ありがとう」
ナナセは軽く頭を下げる。
「いってらっしゃいませ」
ガーディアンは表情を変えずに唇だけ動かした。
廊下はとても長く、カーブになっていて奥までは見えなかった。壁には沢山同じような扉が並んでいて、その扉には番号が振られている。
ナナセは一番手前の「1」と書かれた扉を開けた。
「……失礼します」
個室の中には既にガーディアンが待っていた。
「お待ちしておりました。どうぞお掛けください」
狭い空間に一つの机と椅子がある。ガーディアンに向かい合う形で、ナナセは椅子に腰かけた。それにしても殺風景な部屋だ。装飾と言えるようなものはない。机の上にあるのも、ガーディアンの持ち物らしき黒い板だけだ。
「ではお名前を確認いたします」
ガーディアンは黒い板を持ち上げてナナセの顔を照合した。
「……ナナセ様ですね。ようこそ、キャテルトリーへ。これからナナセ様の住民登録について説明いたします。その前に、ナナセ様のお荷物の中に情報端末が入っていると思いますので、そちらを出していただけますか?」
「情報端末?」
ナナセはバッグの中をごそごそと探る。するとガーディアンが持っているものよりも小さい、黒い板が出てきた。
「それは情報端末『ムギン』です。レムリアルで暮らしていく為に必要なもので、今後のナナセ様の生活に、きっと役立つものとなるでしょう。それではそのムギンをナナセ様と紐付けしますので、少々お待ちください」
ガーディアンは小さなムギンを手に取るとそれをナナセの顔に向けた。すると真っ黒だった板が急に光り、画面にナナセの全身の姿が写った。
「これで紐付けが完了しました。これはナナセ様専用のムギンです。他の方がこの端末を使うことはできません」
「へえ……すごい」
ナナセはガーディアンからムギンを受け取った。長方形の板のようなもので、手のひらよりも少し大きい。
「ムギンには様々な機能があります。地図を見ることができますし、友人の連絡先を保存しておけます。支払いはムギンを通して行われます。今は全ての機能を使えませんが、ナナセ様が住民として登録された後は、機能が解放されます。使用する時はナナセ様の声で操作できます。試しに操作してみましょう……ムギンに話しかけてみてください」
言われるまま、ナナセは少し緊張しながらムギンを見つめる。
「ええと……こんにちは、ムギン」
『はい、ナナセ。ご用は何でしょう?』
ムギンがナナセの声に答えた。
「あっ、答えた!」
ナナセが目を輝かせる。
「はい、動作も問題ないですね。それでは次の説明に移ります」
ナナセが喜んでいる姿に全く構わず、ガーディアンは淡々と説明を続ける。
「ナナセ様、右耳のピアスに触れてください」
「えっ? ピアス?」
ナナセは右耳の耳たぶに触れた。そこには確かに丸いピアスがあった。
「それは遠くの友人と話ができるものです。ノヴァリスのどこにいようと、お互いに連絡先を登録していれば、どこでも話ができます」
「ああ、これイヤフォンみたいなやつ!」
ガーディアンはちらりとナナセを見た後、視線をムギンに移した。
「……端末についての説明は以上です。続いて住民登録試験について説明いたします」
「住民登録……試験? ですか?」
ナナセは試験という言葉にきょとんとしている。
「はい。全てのドーリアは冒険者ギルドに住民登録登録していただく必要があります。登録の際には簡単な試験を受けていただきます」
「はあ……」
急に試験と言われ、ナナセは不安そうな表情を浮かべた。
「試験にはいくつか種類があり、ナナセ様にはどれか好きなものを選んでいただきます。狩りに出て獲物を捕らえる、植物などの採集、ある場所へ行き指定されたものを取ってくる、それと魔物を倒す課題もあります。こちらに表示されているものから好きな課題を一つお選びください」
ガーディアンは自分のムギンを差し出し、ナナセに画面を見せた。
「うーん……どうしよう?」
ナナセは画面の前で考え込む。魔物を倒す課題はいかにも難しそうだ。簡単そうなのは植物の採集……?
「お悩みでしたら、私から課題を提案させていただきますが」
「ええと、できれば簡単なやつで」
「それではこちらはいかがでしょうか?」
ガーディアンが提示してきたのは「ムギンを使い、指定されたものの画像を記録してくる」というものだった。
「画像を撮るだけ……? これならできそうです」
ナナセは安堵した表情で頷いた。
「ではこちらの課題でお願いします。試験に向かわれる前に、こちらをお渡しします」
ガーディアンは机の引き出しからいくつかものを取り出し、机の上に並べた。
「まずは武器となるナイフです。この試験では危険な場所へはできるだけ行かないようお願いしておりますが、魔物や危険な獣に出会ってしまう可能性がありますので、念のためお渡ししています」
ナナセは恐る恐るナイフを手に取った。ナイフといってもずっしりと重みがあって大きい。
「それと回復薬を三つお渡しします。万が一の場合に使用してください」
緑色の小瓶が三つ。ナナセはそれを大事そうにバッグに入れた。
「それと最後に、これは携帯食料です。お腹がすくと体力がなくなりますので、食事は忘れずに取ってください。街の外にはベリーやリンゴが自生していますので、それを採って食べることもできます」
携帯食料は四角いクッキーのような形をしていた。これも三つある。
「街の外の地図は既にムギンに登録されていますが、試験をクリアするまでは行けるエリアが限られています。表示されているエリア以外には行かないようお願いします」
「はい、分かりました」
ナナセの顔がややこわばってきた。
「試験の内容は時間がかかるものではありませんが、夜になりましたら速やかに町へ戻ってください。夜は危険ですので。回復薬が足りなくなりましたら、冒険者ギルドで再度支給しますので、こちらにお越しください」
「はい、分かりました」
至れり尽くせりな対応だ。試験と言われナナセは少し不安だったが、これなら安心して試験をこなせるだろう。
「それではナナセ様、いってらっしゃいませ」
最後まで淡々としていたガーディアンの対応だったが、ナナセは既に彼女らに慣れ始めていた。彼女らは冷たいわけではない、ただ、自分とは反応の仕方が違うだけだ。
「行ってきます」
表情の変わらないガーディアンに見送られ、ナナセは深く頭を下げて1番の個室を出た。
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