第14話 巻き返しを狙う

 風呂場での作戦は大河が自制心を保ったことによって失敗に終わった。


「…………はぁ……」


 中谷家の脱衣所でずぶ濡れになった体操服を脱ぎながら美優はため息を吐く。


 どうして大河は自分に手を出してくれなかったのだろうか……。


 一緒にお風呂に入って首輪まで見せれば男の独占欲を満たすことができる。そう思った彼女だったが大河はすんでのところで思いとどまった。


「や、やっぱり私……あまり魅力がないのかなぁ……」


 なんて考えながら姿見に映る下着姿の自分に視線を向ける。薄ピンク色のブラは彼女のFカップの豊満な胸を窮屈そうに覆っており、はっきりと谷間もできている。


 撮影会だったら大人たちが鼻下を伸ばしてシャッターを切りまくるような胸である。


 大人たちからこの胸をいやらしい目で見られるのは不快でしかないが、大河から見られる分には全身が震え上がるほどにゾクゾクして興奮する。


 見て欲しい。まるで物でも見るような冷めた目で自分の胸を見て欲しい。見るだけではなく、まるで道具のように乱暴に扱われたい。


 それが彼女の今の望みである。


 とにかく美優は大河にとって必要な物になりたかった。


 これまで家族ごとあの女に依存してきた美優にとって誰かに依存せずに生きて行く人生なんて考えられない。


 確かにあの女との生活は不幸だった。


 けれども中谷大河はあの女とは違う。心の底から信頼できる人間に依存して、そんな人間の手となり足となり生きて行くことは美優にとってこの上なく幸福なことである。


 たとえ、どんなに痛めつけられたとしても、道具のようにぞんざいに扱われたとしても、自由なんて無責任で先の見えない不安な人生を送るよりもマシである。誰かに服従して自分が必要とされていることを実感する方が彼女にとっては生きている気がした。


 だから、美優は諦めない。


 必ず自分にとって神様である大河に必要とされ、彼ただ一人のために生きる幸せな未来をつかみ取る。


 ならば弱音を吐いていてはダメだ。


 彼女はパンパンと自分の頬を叩いた。


 チャンスはこれからいくらでもあるのだ。


 なにせ、明日の朝までこの家は大河と自分の二人きりなのだから。


『美優ちゃん、今日の夜は友達の家に泊まるから安心していいよ。おにいといっぱい楽しんでね』


 それがさっき美優が咲から伝えられた言葉である。


 明日の朝まで咲は家には帰ってこない。これから朝を迎えるまで美優はずっと大河と二人きりなのである。


 二人の邪魔をする人間は誰一人として存在しない。


 こんな恵まれたチャンスはもしかしたら二度と訪れないかも知れない。だからこそ、今夜中に彼の心をしっかりと鷲掴みする必要があるのだ。


 確かにお風呂での作戦は失敗に終わった。が、大河は美優の透けたブラに頬を赤らめていたし、まるっきり彼が自分に興味がないということはいだろうと彼女は判断する。


 そのことがわかればあとはひたすら押すだけだ。押して押して押しまくって大河の心をこじ開けるだけだ。


「頑張れ私……」


 自分にそう言い聞かせるように美優は頷くとびしょびしょになって肌に貼り付く下着を脱いでいくのであった。


 ――待っててくださいね中谷くん。きっと中谷くんのお気に召す従順な僕になるからね。


※ ※ ※


 マズい……マズい……非常にマズい……。


 パジャマへと着替えた俺はリビングのテーブルに座りながら袴田の着替えが終わるのを頭を抱えながら待っていた。


 今、俺がひたすらに願うこと……それは……。


「咲ちゃ~ん……早くおうちに帰ってきて……」


 さすがに二人っきりはマズすぎる……色々とマズすぎる……。


 もちろん俺は袴田に手を出すつもりは一切ない。なにせ俺はモブオブモブなのだから。


 それに袴田が俺に行っているのは恩返しなのだ。恩返しのために一線を越えるのは誰も幸せにならない。


 そういうことは愛する人にするべきなのだ。


 が、俺も男である。いくら自分がモブだと自覚していても、あんなに可愛い女の子が迫ってきたらいつまでも自制していられる自信はない。


 だからこそ早く咲が帰ってきてそういう雰囲気にならないことを切に願っているのだ。


 あーどうしよう……ホントどうしよう……。


 なんて考えているとガチャリと脱衣所のドアが開き、パジャマ姿の袴田が姿を現した……のだが。


「っ…………」


 パジャマ姿の袴田を見て俺は我が目を疑った。


 なんじゃ……そのどエロい格好は……。


 なんというか袴田はとんでもねえ格好をしていた。


 というかこれ……本当にパジャマなのか?


「ど、どうしたんですか? わ、私、そんなに変な格好をしているでしょうか?」


 俺の反応に袴田は少し驚いたように首を傾げる。


 そんな彼女は黒色のベビードールを身に纏っていた。ブラに直接スカートがくっついたような露出度の高すぎるその寝間着からは健康的な生足が伸びており、なんというか高校生の俺には刺激が強すぎる。


 咲の水玉模様のパジャマと同じパジャマとは思えないレベルのドエロさである。


 ってか、今思い出したけどなんで家に泊まる前提の格好しているの?


 が、そんなツッコミを入れる余裕は今の俺にはない。


 そんな俺に袴田は不意にクスクスと笑う。


「中谷くんってわかりやすくて可愛いですね」


 そう言うと彼女は俺の隣の椅子に腰を下ろした。そしてニコニコしながら俺を見つめるとこう口にした。


「そういえば先ほど咲ちゃんから連絡があって、今晩は友達の家に泊まるそうですよ?」


 嘘だろ……おい……。


 咲の帰還という俺の一縷の望みが今この瞬間崩壊した。


「咲ちゃんとお話できないのは少し残念ですが、せっかくですから今晩は私たちだけで楽しみましょう」


 楽しむ? 楽しむっていったいなんのことですか? そういう漠然とした言葉がこちらとしては一番困るのですが……。


「♪ふっふふ~んっ!!」


 と袴田は上機嫌なのだろうか、なにやら鼻歌を歌いながら濡れた髪をタオルで拭っている。


 が、不意にはっとした顔をすると「ごめんなさい。コーヒーの一杯でも入れないと落ち着けないですよね?」というと立ち上がってキッチンへと駆けていった。


「いや、そんな気を遣わなくてもいいんだぞ? それぐらい自分で入れられるし」

「いいんです。中谷くんには恩がありますので……」


 俺はこれから何回恩返しの必要はないと言えばいいのだろうか……。


 なんて考えつつもどうせ言っても無駄だという気もしてきたので、お言葉に甘えてコーヒーを入れて貰うことにした。


 ということで五分ほどするとマグカップに入ったコーヒーを持って袴田がテーブルへと戻ってくる。


「あ、ありがとな……」

「いえいえこの程度で恩が返せるなんて思っていませんのでおかまいなく」

「そ、そっか……」


 とりあえずコーヒーを頂く。


 うむ……美味い……。


 なんて美味しいコーヒーを味わっていると、すーっと袴田の手が俺の肩へと伸びてきた。


「な、なんっすか……」

「中谷くん、結構凝ってますね。よければ私が揉んであげます」

「いや、さすがにそれは悪いよ」


 精神衛生的な意味でな。


「いえいえお気になさらないでください。この程度で中谷くんへの恩が返せるとは思っていませんので」


 袴田、それ魔法の言葉かなにかと勘違いしていないか?


 袴田は俺の意向をガン無視して肩を揉み始める。


「結構筋肉がガチガチになっています。結構お疲れなんですね」

「そうか? 別にそんなことは……ああんっ……」


 と、袴田の指使いに思わず情けない声が漏れてしまった。


 あぁ……恥ずかしい……死にたい……。


 思わず赤面する俺だがそんな俺に袴田はクスクス笑って耳元に唇を寄せてくる。


「私は中谷くんの道具ですから、道具相手に恥ずかしがる必要はないんですよ?」

「おい、そういう言い方はやめろ。お前はお前だろ?」

「中谷くんはどこまでも優しいんですね。さあ、隣の和室に移動してください。中谷くんの凝り固まった筋肉は私が全てほぐします」

「いや、さすがにそこまでは」

「そんなこと言いながら気持ちよすぎて涎まで出てるじゃないですか……」

「え? マジかっ!?」

「冗談です。ですがマッサージは本当です。さあ、和室に移動しましょう」


 そう言って袴田は俺の手を取るとリビング横の和室へと歩き始めた。


 やばい……完全に彼女のペースに乗せられている……。

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