第10話 着実に埋めていく

 なんだかよくわからないが袴田は俺の言葉を納得してくれたようで朝の一件以降、彼女は例の京介の輪に入って談笑を楽しんでいた。


 うむ、良き心がけだ。このまま京介が彼女の心の支えになってくれればより良い。


 ババアからの洗脳はもう大丈夫そうだし、本来、両親とも仲の良い袴田だから、これからはトラブルなく上手くやっていくだろう。


 というか上手くやってくれなきゃ困る。


 とにもかくにもこれで一件落着である。


 ここのところ心配で今ひとつ遊ぼうという気持ちが薄れていたが、心のつかえは取れた。


 ということで放課後は久々に駅前のショッピングモールを散策し、少ないお小遣いから漫画を数冊購入してホクホク顔で帰路に就いた……のだが。


「あれ?」


 学校の最寄り駅近辺を歩いていた俺は偶然とあるグループを目撃した。


 とあるグループというのは京介とヒロインたちの集団である。


 どうやら彼らも放課後は駅周辺で遊んでいたようでヒロインたちはゲームセンターのビニール袋を持って楽しそうに京介と談笑を楽しんでいた……のだが。


 ん? 袴田は?


 その集団の中に袴田の姿はなかった。


 あれ? 京介に同行しなかったのか?


 なんて一瞬疑問に思ったが、まあ、それもそうかとすぐに思い返す。


 いくらババアからの呪縛を解かれたとはいえ、袴田家も色々と今は騒がしいのだろう。


 ババアの看病もさせられていたみたいだし、少しぐらい体を休ませなければ心が持たないよな……。


 ということで特にそれ以上、疑問を抱くことなく俺は帰路に就いた……のだが。


※ ※ ※


「あ、おにいだ。お帰り」


 自宅へと戻ると今日も玄関にいた妹の咲に迎えられた。どうやら風呂から上がったばかりでタオルで髪を乾かしているようだ。


 そんな彼女を横目に俺は靴を脱いで自室へ続く階段を上がろうとしたのだが。


「ねえねえ、おにい……」


 と、咲はなにやらにやにやと笑みを浮かべながら俺の腕にしがみ付いてくる。


「おい、暑苦しいぞ。あと、お前に貸す金はないからな」


 咲がこうやって俺にしがみ付いてくるときは、俺に何かしらのおねだりをしてくるときだけだ。


 危機を察した俺はそんな妹をあしらおうとしたのだが、咲はぽかんと口を開けて首を傾げる。


「別に貸さなくてもいいけど……」

「じゃあ宿題か? 宿題ってのは自分でやるからこそ意味があるんだぞ。あと、おにいはバカだぞ」

「宿題は今日はあんまないよ? あと、バカなのも知ってるよ?」

「お前の望みはなんだ?」

「望み? どういうこと?」


 どうやらおねだりではないようだ。


 だったら、どうして咲が俺に縋り付いてくるんだ?


 もしかして、ようやく俺の兄としての偉大さに気がついてすり寄ってきたのか?


 悪くない心がけだ。


「ねえねえ、おにいは美優ちゃんといつ結婚するの?」

「はあ? 場合によってはぶん殴るぞ」

「な、なんでっ!? 普通の質問じゃん……おにいの意地悪……」

「どこが普通なんだよ。言っておくが前にうちに来たのはそういうことじゃないからな?」


 どうやらこの間、彼女を家に泊めた(結局泊まってないけど)ことで咲はすっかり俺と袴田が付き合っていると思っているらしい。


 ここはきっぱりと否定しておかなければ面倒だからな。


 が、そんな俺の言葉にも咲は「へぇ~付き合ってないねぇ~」とジト目を俺に向けてくる。


「んだよ……」

「付き合ってもない女の子が、わざわざ男子の家まであがりこんで晩ご飯なんて作らないと思うけれど……」

「はあ? なに言ってんだ? 殴るぞ?」


 と、そこで咲は顔をリビングの方へと向ける。


 すると、リビングからひょっこりと顔を出すクラスメイトの姿があった。


「なっ…………」

「中谷くん……おかえりなさい……」


 いやいやどういう展開っすか……これ……。


 なぜか俺の家に袴田がいた。


「おにいって白々しいところあるよね……」

「いや、白々しいとかじゃなくて……」


 シンプルに度肝を抜かれてるだけだよ……。


「おい、どうして袴田がここにいるんだ?」


 そんな率直な感想を口にすると彼女は玄関へと歩いてくる。制服姿の彼女はエプロンを身につけており、右手にはおたまを持っている。


 いや、なんで……。


 そんな疑問を視線で咲にぶつけると彼女は「あ、もしかしておにい知らないんだ」とニヤニヤ笑みを浮かべてきた。


 ぶん殴りてぇ……。


「ほら、今日からパパとママは結婚記念日で旅行に行くって言ってたでしょ?」

「言ってたっけ?」

「言ってたよっ!! 朝もバタバタしてバッグに荷物を詰めてたじゃん」

「そうだったっけ?」


 正直なところ低血圧の俺には朝、両親の動きをしっかり認識する能力はない。


「してたよっ!! そのことを美優ちゃんにメッセージしたら、美優ちゃんがご飯を作りにきてくれることになったの」


 なるほど……ちゃっかり咲は袴田の連絡先をゲットしていたらしい。


「わざわざそこまでしてくれなくても良かったのに……」


 そう口にした瞬間、咲の蹴りがすねに飛んできた。


「いってぇなぁ……」

「なんで蹴られたのか明日の朝までよく考えといてね……」

「んだよそれ……」


 確かに両親がいなければ晩飯を作る人間は誰もいないが、さすがに袴田に飯を作らせるのは申し訳なさ過ぎる。


 いや、それ以前に必要以上に袴田と接触するのはシナリオに影響を及ぼしかねない。


「咲ちゃんに聞いたら今日の夜はお弁当だって言っていたので、それじゃ栄養バランスが良くないなって思いまして……」

「なんというか……大変なときなのに申し訳ないな」


 俺の家の晩飯を作っている場合じゃないんじゃないのか?


 そう思ったが袴田は俺の言葉を否定するようにぶんぶんと手を振る。


「そ、そんなことないよ……。中谷くんには色々と助けられましたし、この程度のこと全然……」


 あ、これ良くない流れだ。


 必要以上に俺に恩義を感じるのは良くない。


 仮にババアの追い出しに俺が多少なりとも関与したとしても、そこまで俺に恩義を感じる必要はない。


 袴田の仕事は恋愛なのだ。彼女の愛を受け入れてくれる京介というキャラクターがいる以上、俺はその恋路の邪魔はしたくない。


 癒やされたいし……。


「別にお礼なんてしなくてもいいんだぞ? もしも恩を感じるのであれば、その気持ちを大切な人に向けた方が良い」

「はいっ!!」


 いや、わかってるんだったらさぁ……。


 100点の返事はかえってくるが、全然俺の言うことを聞いちゃいねえ。


「まあ、細かいことは良いじゃないですか。ご飯が冷めると味が落ちるので早くリビングに行きましょ?」


 そう言って彼女は咲がしがみ付いていない方の腕にしがみ付くと、俺をリビングへと連行していく。


 あぁ……まずいまずい……。

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