第5話 いざ自宅へ
ということで色々あって袴田美優を自宅へと連れて帰ることになりました。
一言言ってもいい?
僕は大変後悔をしております。
まあ、愛しのヒロインの一人である袴田美優に縋り付かれて『助けて……』なんて言われたら、断れるはずがないのだけれど、さすがに家に連れて帰るのはマズかった気はしている。
俺はモブとして傍観者としてこの世界を生きるつもりだ。
いくらモブとはいえ彼女を家に泊めてしまったら、彼女は俺をしっかりと記憶してしまうだろう。
天地がひっくり返っても彼女が俺を好きになるとは思えないが、ストーリーにがっつり影響を与えてしまう可能性は大いにある。
とはいえ、今更『ごめん、やっぱりさっきのはなしで』なんて言える勇気は俺にはないので、結局、俺は袴田を連れて自宅へと戻ってきた……のだが。
「お、お、おにいっ!? その人はっ!?」
これが自宅に入るなり鉢合わせた中学生の妹、
そりゃ俺みたいなモブがいきなり美少女を家に連れて帰ってきたらパニックも起こすだろうよ。
が、パニックを起こしたのは妹だけではなかった。
「あ、あなた大河が……こんなに可愛い女の子を……」
「おい、寿司だっ!! 母さん、今すぐ寿司の出前をっ!!」
両親もまた袴田の姿を見て発狂。それどころか完全に袴田を俺の彼女だと思い込んでバタバタしている。
そんな姿を冷めた目で眺めながらも、まあ、高校生にもなって同世代の異性を家に連れてきたらこうなるわなと思い直して、彼女を自宅へと上げた。
さて、ここで問題が一つ露呈した。
気前よく彼女を家に泊めると豪語した俺だったが、当然ながらまだ家族には説明をなにもしていない。
当然ながら袴田の両親から逃げてきたなんて説明をバカ正直にしたら、いらぬ心配を両親からされかねない。
とはいえ袴田が恋人ではないことを説明しつつも、家に泊めることを納得させるのは至難の業である。
とりあえず出前の寿司を食べながら、どう説明したものかと頭を悩ませていると隣に座る袴田が唐突に口を開いた。
「実は私……両親が共働きでして、夜はいつも家で一人なんです……」
本当なのか嘘なのかは知らないがそんなことを口にする袴田に中谷家一同は一斉に寿司を食う手を止める。
「中谷くんからはいつも教室でご家族とのお話を伺っておりまして、とても温かい家庭で羨ましいと思っていました。それで私がいつも夜は家で一人だと言うことを伝えると『なら、たまにはうちに泊まりに来いよ』と言ってくださいました。それで失礼は重々承知なのですが中谷くんのお言葉に甘えて……」
というのが袴田のとっさに考えた言い訳のようである。
あ、説明はいらないとは思うが、俺が袴田に家族の話をしたことなんて一度もない。
それどころか教室で袴田とまともに会話をしたこともない。
さすがは女優の卵である。そんな口から出任せをまるで事実のように話す袴田に、俺を除く中谷家の人間はすっかり騙された。
「美優ちゃん」
と、そこで母親が立ち上がると袴田のそばへと歩み寄る。
ん? どしたどした?
母親の奇行に首を傾げていると、不意に母親は両手を広げて彼女の体をぎゅっとハグした。
「美優ちゃん、そういうことならいくらでも家に泊まって良いわよ。まだまだ思春期の女の子なのに家族と一緒の時間が少ないなんて寂しいわよね? 私たちではご両親の代わりはできないかもしれないけれど、もしも美優ちゃんが良ければ私たちのことを家族だと思ってね」
どうやら袴田のセリフの効果は抜群すぎたようだ。母親は瞳に涙を浮かべながら「よしよし」と袴田の頭を撫でている。
そんな母親に袴田は嬉しそうにわずかに頬を緩めた。
「なんなら本当の家族になっても良いのよ~」
なんて調子のいいことを言いつつ俺に視線を送ってくる母親。
おいやめろ。余計なことすんなっ!!
肝を冷やす俺だったが、彼女を自宅に泊める説明はこれでバッチリのようだ。一安心して寿司へと手を伸ばすのであった。
※ ※ ※
食事を食べ終えたところで、妹の咲が「美優ちゃん、お風呂の場所を教えるね」と袴田を風呂場へと連れて行ったので、俺は自室へと戻ってだらだらすることにした。
幸いなことに咲はすっかり袴田に懐いたようなので、彼女の世話は全て妹に任せることにする。
まあ、必要以上に俺のイメージを袴田に与えたくないからな。
なんて考えながら漫画を読んだりソシャゲをしたりしながら時間を過ごしていると、ふと部屋のドアを誰かが開いた。
ノックもせずに部屋のドアを開ける奴なんて一人しかいない。
「おい、ノックしろって言ってんだろ」
と、言いながらドアの方へと顔を向けたのだが、そこに立っていたのは鞄を抱えた袴田だった。
「え? あ、ごめん……」
あ、やっば……。
とっさに謝ると、袴田の背中からひょっこりと咲が顔を出す。
「おにい、美優ちゃんに本性を見せちゃったね」
と、ジト目を俺に向けてきた。
「うるせえな。で、何の用だよ……」
「何の用って美優ちゃんをおにいの部屋に案内しただけだよ? さすがの私も二人の時間を邪魔するつもりはないし」
あぁ~邪魔して欲しいね。なんならずっと袴田を独り占めしてくれた方がこっちとしては助かる。
が、咲にそんなつもりは毛頭ないようで「じゃああとはお二人で~」といらない気遣いの言葉とともに部屋の前から消え去った。
「お、お邪魔します……」
と、袴田が少し遠慮がちに部屋へと入ってくる。
そんな彼女は咲のパジャマを身に纏っており、トレードマークのショートボブの髪はしっとりとしている。
「あ、寝るときは咲に言っておいてやるから、あいつと一緒に寝ればいいよ」
そばまでやってきて床に正座する袴田にそう言うと、彼女は少し驚いたように目を見開いた。
「え? ですが咲ちゃんは自分の部屋は狭いからあとで中谷くんの部屋に布団を持っていくと言ってましたよ?」
おうおう余計なことをしてくれたな咲ちゃんよ……。
身内から背中を刺されて心臓が止まりそうになっていると、袴田はふと笑みを零した。
「ん? どうかしたのか?」
「い、いえ……ですが中谷くんのご家族はとても楽しい方ばかりだなって思いまして……」
「それ、なにかの皮肉か?」
「いえ、皮肉のつもりはありません。とても優しい人ばかりで羨ましいなって思っただけです。うちではこんな空気にはならないので……」
「隣の芝が青く見えるだけだよ。袴田の家族だって俺から見たらとてもいい人たちに見えるだろうし」
そう返す俺だが袴田は不意に真顔に戻ると「それはありません」ときっぱりと答えた。
そこで俺は思い出す。そう言えば俺はこいつを避難させるために家に泊めてるんだった。
不用意に袴田の家族について言及するのはやめておいた方が良さそうだ。
そんな袴田の反応に黙り込んでいると、彼女はなにかを察したのか慌てたように俺を見やると「ごめんなさい……変な空気にしてしまいました……」と謝罪した。
「いや、別に謝ることじゃないさ。気にすんな」
「ありがとうございます……」
と言う袴田だが表情は暗いままである。
そんな彼女になんて声をかければ良いのかわからず黙り込んでいるとふとスマホの着信音の音が部屋に響き渡って袴田は床に置いていたスマホを手に取る。
そして、画面を見た瞬間、彼女の暗い表情が青ざめた。
「ど、どうかしたのか?」
「ま、ママからです……」
その言葉を聞いて俺は当たり前のことに気がつく。
彼女は当然ながら母親に俺の家に泊まっていることは伝えていないはずだ。なにせ、彼女は両親から逃げてきたのだから。
「帰って来いって言われたのか?」
「い、いえ……今、この家に向かっているようです……」
「は、はあっ!?」
どうして場所がバレてんだよ……。
「な、なんでっ!?」
どうやら袴田もまた同じ疑問を抱いたようで半ばパニック状態で俺の顔を覗き込んでくる。
あー近い近い。
困惑する袴田としばらく見つめ合うことになった俺だったが、袴田は不意に「も、もしかしてっ!?」となにかに気づいたように目を見開くとそばに置いてあった鞄へと顔を向けた。
「ど、どうしたんだ?」
そんな俺の質問には答えず袴田は鞄についた熊のぬいぐるみのキーホルダーへと手を伸ばして、それを取り外す。
彼女は熊のお腹を指でぐいぐいと押すと「や、やっぱり……」と答えて俺に差し出した。
「中谷くん、押してみてください……」
「はあ? ん? なんか固いモノが入ってる……」
袴田よろしくぬいぐるみを手で押してみると、中になにやら固い物が入っていた。
「おそらくエアクリップです」
「エアクリップ?」
「このクリップを大切な物に付けておくと紛失してもスマホですぐに場所がわかるんです……。母は定期的に私の荷物にこれを仕込んでくるんです。気づいたときは外しているんですが、年々手口が巧妙になっていますので……」
どうやら発信器のような物らしい。
なるほど……つまりこのエアクリップとやらで袴田の居場所は逐一把握されているようだ。
ヤバすぎだろ……。
思わず背筋が寒くなったが、今はそれどころではない。
どうしようかと考えているとなにやら家の前で車が急ブレーキをかけるような音がした。
直後、袴田が俺をぎゅっと抱きしめてぶるぶると震え始める。
「ど、どうしよう……あの人にバレた……」
あ、あの人? 母親のことじゃないのか?
「あの人に捕まったら酷い目に遭う……」
おいおいどういう展開だよ……おかしいだろ。ここは『星屑のナイトレイド』の世界だぞ? なのになんで袴田は鬱ゲーみたいな顔をしてるんだよ……。
俺は「ちょ、ちょっと見てくる……」と彼女に告げて立ち上がると窓際へと歩み寄った。
わずかにカーテンを開くと隙間から家の前を眺めやる。
するとそこにはいた。
放課後に街で見た例のセダンと、そこから出てくるさっき見た袴田の両親の姿が。
いや、待て……。
そこで俺は気がついた。
両親とは別にもう一人車から降りてくる見知らぬ中年の女性の姿を。
いや、誰……。
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