極彩色のアリアドネ

氷翔麗華

運命の糸

ある日、ある国の、ただの平民の家に、奇跡の象徴のような少女が誕生した。


その国ではしばらく雨が降らず、不作が続いていたが、少女が生まれたその瞬間に荒れていた土地を潤すほどの雨が降った。


これを見た両親は少女にアリアの名を与え、神の子として愛し、同時に周囲の人々にも神の子として慈しまれていた。


少女はその身に奇跡を宿しており、人の願いを叶えることができた。そのことを知った教会は、少女が15歳になった時、人々の願いを叶える奇跡を起こす祈祷を捧げる使命を与えた。


その使命を背負うことになった少女アリアは、両親からそれが自分の使命であると、5歳の頃から言い聞かされ、それによって自身を聖女であると思い込むようになった。


やがて15歳になり、教会から与えられた使命を全うし、ほぼ毎日のように押し寄せる人々の悩みを慈愛を持って聞き、心の奥底にある願いを引き出し、奇跡を起こした。


 そうして人々は願いを叶えてもらい、少女はその奇跡を誰かの幸福になると信じ祈り続けながら生きていた。


「あの人よりもお金持ちになりたい」

「あの人を不幸にしてほしい」

「あの男を殺してくれ」


なんでも願いを叶えられる少女に、段々と欲深くなる人々は、次第に自分のみがその奇跡を手に入れようとし、過激な願いごとが増えていった。


少女は今まで、誰かの不幸を願うことはなかった為、最初はどうにか収まらないかと思案したが、しかし。


「「アリア様は慈悲深い。我々の願いを必ず叶えてくれる」」


そう言われ続けた15歳のアリアは、願いを叶えることだけが正解だ、ということ以外に信じられるものはなかった。


「あの男を殺してくださりありがとうございます」

歓喜に震える声でいうその人は、もはや少女等目に映ってはいなかった。



そうして少女が17歳の誕生日の直前には、少女の奇跡の力は戦争のために使われるようになっていた。そんな時にある出来事が起きた。


誰かを陥れるための奇跡を起こせば起こす程、聖女アリアは自分の本来の願いを思い出すことができなくなっていた。


「私のできることは願いを叶えることだけ……でも、本当にこんな世界にしたかったの……?私はみんなが幸せになれる世界が見たかっただけなのに……?」


そして、聖女アリアの誕生日の数日前に、彼女は奇跡を起こすことができなくなってしまった。


「聖女様、何故私達の願いを叶えてくださらないのですか」

「聖女様は我々を見捨てるおつもりなのですか?」


「「聖女様」」


いつからか、名前で呼ばれることもなくなり、ただの願いを叶える人形としてその地位にいたアリアは、ついに裏切り者として処刑されることが決まってしまった。


(最初はあんなに幸せそうだったのに、どうしてこんなに荒んだ国になってしまったのでしょう。私が生まれてきてしまったせいなのでしょうか。結局誰も幸せになれないのなら、誰も私を見てくれないのなら)



「こんな世界…もう、滅んでしまえばいいのに」


静かに呟いたその言葉は、処刑台に立ったアリア以外に聞いたものはいなかった。

しかし、確かにその言葉はアリアの本心であり、純粋な願いであった。


17歳の誕生日当日、その世界は聖女アリアの願い通りに滅んだ。

光の剣が天から降り注ぎ、アリア以外の全ての生き物を焼き殺した。


呆然とするアリアは、自分が願ってしまったことにより世界が滅んでしまったことを理解するまでに時間がかかり、やがて翌日の黎明になってしまった。


焼き尽くされた大地には、自分以外の者は誰1人としておらず、少女はひとりぼっちになってしまった。


そして少女は、自らまた処刑台に戻り、今度は自らの手で少女アリアを処刑した。




『無色透明のアリアドネ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

極彩色のアリアドネ 氷翔麗華 @a__q__p

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ