隣人が、推しの『中の人』だった。

月亭脱兎

プロローグ


『推し』って一体なんだろう……。


 そんなことを、夜中にVtuberの配信を見ながら考える日がくるとは、ちょっと前の俺なら夢にも思わなかった。


 だって、普通に「好き」って感情で済む話じゃないか?人が人(ヴァーチャルだけど)を好きになる。これって、もう何千年も続いてる普通の感情だろ。


 いや、いや、『推し活』と『恋愛』は違う、ってツッコミが入るかもしれない。


 でも、俺に言わせれば、そこに大した差はないんじゃないかと思うんだよ。


 なんか、この人が俺の『推し』って決めると、自分の中に謎の使命感が湧いてくるんだ。


 俺の場合は、彼女の配信をただ見るだけじゃ満足できなくてXをリポストし、欠かさずいいねを押し、時には自分で感想も呟く。さらに『推し』が困っていれば助け舟を出し、喜んでいれば一緒に笑い、失敗すれば応援し、調子にのってれば叱咤もする。


そして『推し』が泣けば、俺も一緒にむせび泣く。


 推し活ってのは、もうただの趣味じゃない。自己表現の一部なんだ。気がついたら、「俺はこの人を推すために生きてるんじゃないか」って錯覚すらする。


 え?最初からそうだったかって?

 

 人によっては雷が落ちたような衝撃が走ったってのもいるけど、俺の場合は「可愛いな、面白いな、この人」と思って見てたかな。


 でも今じゃ「この人が俺を救ってくれた」って感じに尊い存在だ。もうね、彼女が生きている(ヴァーチャルだけど)だけで、それだけで救われるんだよ、俺は。


 つまり推しの幸せが俺の幸せ。気づいたら、推し活の沼の底にどっぷりとハマってたよ。


 だけどさ、ふと我に返ると、「俺、何してんだ?」って思う瞬間だってたまにはあるわけだ。


「相手はバーチャルだろ?」って。


 もし彼女がこの活動をやめれば、すべては『霧散』する、そんな危うい存在に俺はガチ恋してんじゃないかって。危険だぞって。


 たしかに、『推し』てる彼女はバーチャルだ。

 だけど——彼女の中には『人』がいる。


 そう、彼女は俺たちと同じ『人間』なんだよ、確実に。


 『中の人』は、リアルにも存在していて、その人の努力とか、苦悩とか、全部が配信の裏にあるんだって気づくと、こっちはますますのめり込むわけだ。


 いや待てよ、推し活ってここまでくると、なんか育児みたいなもんかもな……まあ、俺はアラフォー35歳独身、彼女いない歴=年齢の童貞だけどね。


 そして俺はリスナーとして何か見返りを求めてるわけじゃないんだ。彼女が頑張ってる。それを見て応援する。ただそれだけで、俺の心は満たされるんだ。


 なぜだろうな?

 ——多分、彼女が完璧じゃないからなんだろう。


 彼女が少しヘマをする、弱みを見せる。すると「あぁ、この人は俺だ、同じだ」って親近感が湧いてくるんだ。


 いいかね、この世に完璧なVtuberアイドルなんていないんだよ。


 でもその人間臭さってやつが……

 たまらんのだよ(ヴァーチャルだけど)。


 そして気づけば、俺は『推し』に夢中になってたんだ。


 いや、もうこれ以上説明しても、何が言いたいのか自分でも分からなくなってきた。


 だが、ひとつだけ確かなことがある。


 推し活は、『推し』のためだけだけじゃなく、己のためでもあるってことだ。


 もし「俺の推しって、なんでこんなに尊いんだ?」って思うなら、それは自分の尊さにも気づき始めてるってことなんだよ。


 え?意味がわかんないって?


 まあそれが分かったとき、きっとあなたも、沼に沈んでるはずだ。



 だが——そんな俺の、


 命を燃やした『推し活』が、ある日突然、終わりを迎えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る