個人的にこれはヤバいって短編たち
以夜
限界社畜ちゃんの復讐話
もう無理だ。と、思った。
いつもいつも仕事を押し付けてくる後輩Y、その後輩を可愛がって彼を注意する私を叱りつけるお局S、やめてやろうと提出した辞表を私の目の前でシュレッダーに入れニヤニヤと笑う課長T。もう無理だ。こんな奴らに囲まれるくらいなら、自ら命を捨てた方がマシだ。
入社当初は大丈夫だった。何事もなく仕事ができた。第一志望の会社ではないにしろ、仕事内容も給料も悪くない。こんなにも待遇の良い場所はないと一人で舞い上がっていた。しかし、その状況はある出来事から一変した。後輩Yの入社だ。Yは会社の会長の息子だった。同僚の話によると、彼は某有名私立大学に会長のコネで入学したらしい。学生時代の大半を問題行動に費やし、気に入らない人をとことん追い込みそのうちの数人は自殺しているそうだ。この前例と同じことがこの会社でも起きたのだと考えてくれて構わない。初めはY以外の他の後輩が次々に会社をさっていった。次に私の同僚たちが狙われた。みんなもどんどんやめていった。Tはこの状況に危機感を抱いたのか辞表を受け取ろうとしなくなった。受け取っても笑いながらシュレッダーに入れて粉々にし、辞表がそこに存在したという事実自体を消していったのだ。こんな状況を間近で見ているにも関わらず、我関せずといった雰囲気を醸し出し、座っている女がいる。それがSである。私は何度かやめさせるように言った。しかし、
「なら、あなたが彼に言えばいいでしょ?」
と、いかにも嫌そうな顔をして突き放すように言ってきた。ここには記載していないが、私はちゃんとY本人に言ったのだ。気に食わないからと言って他の人を追い出すような真似をするのはやめてくれ、と。しかし、それは聞き入れてもらえなかった。だからこそYの世話役であるあのお局に伝えたのだ。彼女は私を冷たくあしらった後、Yの元へ行き、聞いているこっちが吐き気を催すほどの甘ったるい猫撫で声で世間話を始めていた。正直、顔と家柄だけが取り柄のこの男にそこまでしてよっていく必要があるのかと疑問になるレベルだ。顔と地位にこそ意味があるという考えなのだろうが、個人的にはちょっと引いている。
と、ここまで読者の皆様に私の現状についてお話ししてきたわけだが、私はこの誰にも助けを求められない八方塞がりの状況下を脱する術を考えた。それこそが自死だ。つまり、前後左右が塞がれているのなら上下から出ればいいじゃないか。と、いうことである。だが、これだけではつまらない。私一人が死んだところであいつらはなんとも思わないだろう。なら、どうやって死んでやろうか。どうせなら、あいつらの記憶に一番残りやすい方法で死んでやりたい。目に焼きつけてやりたいのだ。そこで、思いついたのだーーーーー
3日後、休日明けのYはいつも通り気だるげに職場へと出勤した。休み明けで出勤したくない気持ちは山々だが、父が会長を務めるこの会社が彼にとっての最後の取り柄である以上、休んでばかりいては本当に行き場を無くしてしまう。と、いうのも、Yは大学生時代、特に努力をすることなく進級したため、彼自身、このまま就職まで一発でどうにかなるものだと考えていた。しかし、現実はそう甘くはない。そもそもどんな職にも興味を示さなかったため、Yは会社を選ぶところから困難を極めた。目に留まったほんの数社の試験をそれっぽく受けておいた結果、惨敗。かくして、Yは渋々、彼の父に頼み込み父が会長を務める今の会社に就職したのだ。自分にはこの会社以外行き場がないと開き直ったYは父にバレない程度に手を抜き、気に入らない社員を追いやった。今の社内は彼にとってはオアシスといっても過言ではないだろう。今日の仕事も上司のSにどうにかして貰えばいいと頭の中で完結させ、オフィスのドアを開けた。
ドアの前にはSとTがいてオフィスの中に入ることは叶わなかった。しかも、Yよりも背の高い課長のTが真ん中にいるせいで、Y自身はオフィスの中を見ることも叶わなかった。
「そんなとこで突っ立ってたら俺が入れないだろ!早くどけよ!」
Yはわざと大きな声で叫んだ。今までこうすることで様々な人に自身の言い分をわからせてきたのだ。これで二人にもわかってもらえると思ったのだが、二人が退くことはなかった。むしろ、
「今日は社長に頼んで休みにしてもらうから今日は帰りなさい」
とまで言われたのだ。せっかくここまできたのにこんなことを言われるなんて思ってもいなかったYは怒りに身を任せ、TとSを押しのけてオフィスに入った。
中に入ったYは絶句した。これほどまでに言葉が出てこなくなったのは今日が初めてだった。首を吊った人間を見たのも初めてだった。Yは何人もの人間を自殺に追い込んできたものの、そのどれも、Y自身は見たことがなかった。課長Tのデスクの前、ちょうど蛍光灯が下がっている場所からビニール紐をたらし、首を吊った人間がいる。いつもの見慣れた顔、あぁ、そうだ。この人はYの仕事をいつも捌いていたあの奴隷のような人間だ。体からは何かわからない液体が垂れて課長のデスクの一部を汚している。みるみる自身の体から血の気が引いてくるようにYは感じていた。それはTやSも同じようで、二人はずっと固まって動かない。Yも、体が固まって動けない。総じて、三人はこの死体にどう向き合い、どう対処すべきかわからず、ただ、人が死んだという事実を目に焼き付けることとなった。
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