魔王陛下のトモダチ探し

ジロー

第1話 勇者の敗北

                 序 


       とある山奥の村において、ある晩に語られた話


「おや、※※※、こんな夜更けにどうしたのだね?


 ……そうか、眠れないのか。ははは、それは困ったものだな。

 では、ちょっとこの世界の言い伝えを話してやるとしよう。なに、子守唄代わりさ。



 その昔――今から六千年以上前、突如として現れた魔族の王が、人間たちからこの世界を奪った。


 魔族の王の名はメディウス――そう、今も世界を脅かしている魔王メディウス13世の、始祖に当たる魔族だ。


 初代メディウスは世界各地にいる魔族たちを率い、人間を含めた他種族を力で制圧した。


 そして世界を意のままにし、恐怖と絶望に満ちた暗黒の楽園を築き上げた。


 エヴィリピア――それが、今なお魔族たちのあいだで語り継がれる、彼らの楽園、理想郷の名だ。


 メディウスを頂点とした魔族による世界の支配は、三百年にも上る長きに亘って続いた。



 だが、それも、やがて終わりを迎える時が来る。


 ある時、立ち上がった一人の人間の若者の手によってな。


 その若者は仲間たちとの長き旅路の果て、魔王城ガディリアデウムへ乗り込み、メディウスと対峙した。


 そして激しい死闘の末、伝説の聖剣ホーグリュクでみごとメディウスを打ち破ったのだ。


 かくして世界は人間の手に還り、人々は平和を取り戻した。


 その若者の名は「レシ」――神話の時代、この地を暗闇に包もうと企てた邪神ルフセルサークを打ち倒した勇神、ベルデの血を引くとされる青年だった。



 時は流れ、レシは年老い、世を去った。


 魔王メディウスを討伐したレシを、人々はいつしか「勇者」と称えるようになる。


 伝説の勇者レシ、とな。



 レシ――そう、おまえも知っているとおり、我が一族に伝わる古い名だ。」


                〇


「おわあああああッッッ!」


 我が掌底より放たれた炎が、轟き、うねりながら戦士の全身を焼き尽くしてゆく。風を巻き起こす赤い柱の中で、舞い上がる戦士の影が、断末魔の悲鳴を上げている。

 だが、それも一瞬のことだ。戦士の叫びはまもなく聞こえなくなり、うっすらと浮かび上がっていたその影も、たちまち小さくなって、消えていく。

 やがて炎の柱が消えた時、戦士の姿は跡形もなくなっていた。鼻にかすかに残るのは、硝煙のにおいのみ。戦士は影も形もない。伝説の武具に身を包んだ屈強な肉体は、骨のかけら一つ残さずに消失した。

 勇者が戦士の名を叫んだ。だが、その姿がまぎれもなくどこにもないと悟ると、愕然となった。


「ま、まさか……」


 ――前衛を失ったという目の前の残酷な現実を直視させられて、その動揺と絶望たるや、想像に難くないというものだ。


「メギディ・ラクシャスはすべてを焼き尽くす究極の炎属性魔法である。私の魔力を籠めて発動すれば、いかに伝説の武具と言えど物の数ではない」


 べつに説明してやる義理も必要もないが、私は言ってやった。

 魔王城ガディリアデウムの鼻先にある広大な荒れ地――私が決戦の舞台に選んだ場所である。

 否。私が選んだのではない。歴史に選ばれてきたのだ。


 これまで五千年以上に亘り繰り返されてきた、伝説の勇者レシの一族との闘い。そのたびに我らメディウス一族はこの地で彼らを迎え撃ち、そして敗れてきた。


 だが、その敗戦の歴史も今、潰えようとしている。


 この私、メディウス13世の勝利によって、だ。


 離れたところで私の部下、ルギ=アンテと盟友ミレージュラが戦っている。二人で魔法使いと僧侶を相手取っているようだ。

 どちらも私が心から信を置く同志であり、その戦闘力はきわめて高い。とくにルギ=アンテは父、メディウス12世の代からの幹部の筆頭中の筆頭であり、私に迫らんとする実力の持ち主である。いや、魔力及び剣技ならば私に一日の長があるが、肉弾戦ではむしろ奴に分があると見ていいだろう。

 それだけに、戦いは二人が優勢に進められているようだ。ミレージュラが「にゃっはははは!」などと笑いながら上空から砲弾魔法を雨あられのように降らせ、僧侶がそれを魔法障壁で防ぎ、魔法使いが上級攻撃魔法の連発で反撃している。


「何なのあいつッ! 魔力が無限にあるみたい……ッ」


 ミレージュラに負けじと魔法攻撃を矢継ぎ早に繰り出しながら、魔法使いが歯噛みをするようにして言った。

 二人はミレージュラの飛び抜けた魔法攻撃への対応で精一杯といった様子で、離れた場所で全身に魔力を行き渡らせ、それを増幅させているルギ=アンテには気付いていないようだ。

 いや――そんな余裕がない、というのが正確なところか。

 残念ながら二人を包んでいる魔力障壁が破られるのも、時間の問題であろう。ミレージュラもしょせんはルギ=アンテの魔力が肉体にじゅうぶんに充填されるまでの時間稼ぎをしているに過ぎない。なるほど、さすがにここまでやって来るだけあって彼女たちの魔力障壁はきわめて頑強なようだが、それでもミレージュラの無尽蔵な砲弾魔法を防ぎつつ、まもなく発動されるであろうルギ=アンテの渾身の一撃をも耐えきることはできまい。

 そして、魔力障壁が破られてしまえばそれまでだ。


 私は視線を正面に立つ勇者へと戻した。


「どうした、勇者よ。手中の剣がお飾りになっているようだが」


 挑発は主義ではない。私はただそこにある現実を語っただけである。


「くッ――ま、まだ終わっていないッ!」


 勇者が剣を握る手に力を籠め、地面を蹴った。

 さすがに速い。一瞬で私との距離を詰めてくる。


「魔王メディウス13世ッ! 覚悟しろッ!」


 そう叫び、剣を振った。


 聖剣ホーグリュク――伝説の勇者レシの一族のみがその真価を発揮しうる、聖なる剣。その太刀を、私は魔剣エンディレギールで受け止める。黄金色の刃と深紫の刃が交差し、高い音があたりに響く。

 勇者は凄まじい勢いで剣を振ってくるが、その太刀筋が私にはよく見えていた。かつて我が一族を葬り去り続けてきた剣。光り輝く線を縦横無尽に描くその太刀のうしろに、私はふと志なかばで散ってきた先祖たちの無念を見たような気がする。

 だが、すぐ冷静になった。短く苦笑を洩らす。


(ふ……いかんな。こんなことでは、おまえは甘いのだとまた天上の父上からお𠮟りを受けてしまう)


 勇者の太刀を受けながら、私は左手で魔法を放った。

 ベイル・ペイソス――闇の魔法。

 漆黒のエネルギーが轟音と共に放たれる。


「ぐああッッ!」


 それは勇者に直撃し、その体を弾き飛ばした。

 私は跳躍し、勇者を追う。黒い詰襟の上に羽織った漆黒のマントをはためかせながら登り竜の如く空を舞い、すぐ追いついた。


「覚悟せねばならぬのは貴様のほうではないのか、勇者よ」

「ぐッ……何という強烈なエネルギー……ッ」


 魔剣エンディレギールを、両手に持ち直す。柄を握る両手に力を籠め、魔力を発動する。

 剣の刃が黒い光を放ちだした。

 勇者が着地し、体勢を立て直す。闇の魔法によるダメージはそうとう大きそうだ。だが、それでもさすがに人類の平和を一身に担った身、大きく肩で息をし、歯噛みをしつつ、強い眼で私を見据えた。


「うあああっ!」


 雄叫びを上げながら剣を振りかざす。


「させんッ……ウィーニ・ドロテーア」


 大地から巻き起こる巨大な竜巻が、勇者の体を吹き飛ばした。聖剣ごと高く巻き上げられた勇者が、渦巻く風の中でぐるぐると力なく回っている。

 私はぐっと膝を曲げ、跳び上がった。

 魔剣エンディレギールに宿した魔力を、一気に増幅させる。

 黒い光が強く、巨大化してゆく。

 私は大きく息を吸い、そして、吠えた――


「聞けいッ! 我は魔王メディウス13世であるッ! この地に仇なす勇者一行よ! 我らの子孫から代々受け継がれてきた五千余年に及ぶ長き戦いの歴史に、今こそ幕を下ろしてやろうぞ! 歴代最強と誉れ高き我が力で貴様を灰燼に帰させてくれようッ!」


 高く掲げていた剣を、一気に振り下ろした。

 黒い光を宿したエンディレギールが、その光をたなびかせながら竜巻をまっぷたつに裂く。

 勇者は声さえ上げなかった。魔力を極限まで増幅したその太刀で、おそらく息の根は止まっていただろう。


「はアッ!」


 私は右手の剣をそのままに、左手でメギディ・ラクシャスを放った。ドオォン、という爆音を携えて巨大な炎が発動し、勇者の体を焼いてゆく。

 戦士の時とちがって悲鳴がない。やはり先ほどの一太刀で絶命していたのだ。

 まもなく炎が消えた時、勇者の姿はどこにもなかった。

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