ショートフィルム

ボウガ

第1話

 ある小さな映画館でショートフィルムが上映されている。

『10年前を振り返ると』

 二人の男女が映画を見ているフィルム。まるで合わせ鏡のようだ。女性のほうによって、一つ一つ言葉が紡がれる。それはまさに今そこにいる夫婦の心情をうつすものだった。夫のBはとてもまじめで配給大手の会社役員。妻のCは献身的に夫を支えた、仲睦まじい夫婦。ショートフィルムを見ながら、夫がいった。

「君と一緒になれてよかったよ、僕は幸せだった」

「ええ、そうね」

 妻は震えながらハンカチを握っている。

「どうした?なかなくてもいいだろう」

 夫は、妻の頬にある傷に気付いて周囲を見渡す。そしてやさしくハンカチで隠させた。

「ありがとう」

 二人のなれそめは大学時代。もともとBの親友だったAと付き合っていたCは、Aの“男らしさ”に惚れてずいぶん自慢していた。だが、ある時からそれがいやになり、むしろ優しい人が好きだといいはじめた。というのもCはかつて親から虐待と暴力をうけていたのだ。それがよぎるから彼と別れた。


 彼の相談をうけていたBは、彼女が特殊な能力を持っているという話をはじめから信じていた。彼女は彼にこういった。“私のいうようにすれば、将来映画に関わるいい仕事に就ける”。その言葉を信じてこのショートフィルムを作り、その中で彼女と結ばれ恋仲になり、卒業後結婚した。


「あなたと一緒になれてよかった、この時を迎えられたわ」

「僕も、君の“予知能力”を信じてよかったよ、君がいったんだ、10年一緒にいれば、このショートフィルムみたいにいい生活ができる」

 そのショートフィルムはあの時彼が撮ったものだった。有り余るかねを使い、小さな映画館を貸し切り、この映像をみる。それは彼女がつい最近話した“予言”。それこそが、10年を迎えたあとに次の10年へと向かうステップになる、そう、彼は聞かされていた。


 だが、映像と全く同じ気持地になるとは思わなかった。だが徐々に奇妙な雰囲気に襲われている。意図してかいとせざるかに関わらず、妻が映像と全く同じしぐさをしはじめた。夫が心に思ったことに対して即座に映像と同じ答えがかえってくる。

「これで10年後も安泰なのかい?」

「ええ、そうよ、どんな予知でも、あなたと一緒にいられた、このフィルムをとれば、あなたへの評価は変わる」

 そうだ、いじめられっ子だったBをこの作品で一躍人気にしたのは彼女だった。つらい記憶を思い出すのでいままで見返すことはなかったが、未だになぜこれが人気で一時期大学をさわがせたかも、彼にはわからない。そのあと遠くから救急車の音が入り、あまりに大きいので耳を澄ませると、どうやら外でも救急車の声がする。

「怖いね、こう重なると、君もそんな演技しなくても」

「演技?あなたはいつもそういうわね、けれど私のほうが10年ずっと怖かった」

「何をいうんだ?君は感動しておかしくなったのか?」

「ええ、そうね、きっとそう」

 彼女の腕がわなわなと振るえる。震えたいのは彼だった。映画と同じ言葉を復唱して、それが場面にあっているのだから。彼女に手を伸ばし、膝に手を当てる。そして映画をみると、映画の中の男―彼―が同じしぐさをしていた。

「あっ」

 そのときようやくこのフィルムがなぜ人気になったのかを思い出した。彼女は大学で有名な占い師として知られていたが、それをよく思わないものがいて、この後の結末をみて、彼らがすっきりしてヘビーローテーションをしたのだ。彼らが彼女を悪くいい、反対に彼をほめると、彼は苦笑いをした。

「そうか、お前はこのフィルムをみたくなかったんだな、あの時はつらい思いをさせたな、今の強い俺なら、彼らにあらがえる」

いまならはっきりと、彼女を馬鹿にするなと言える。つよくなったから。

「ええ、そうね、強くなりすぎた」

 映像と現実の言葉がリンクする。その時彼の頭の中に恐怖と不安が走った。今の今まで思い出せなかった、フィルムの展開。この奇妙な言葉が鮮烈にのこっている。そのあと起こるのは。

《キィイ——ドコーン》

 映画館に衝撃が走った。フィルムはfinとエンドロールが流れる。彼は自分の体をみつめた。下半身が見るも無残な姿になっている。

「た、助け……」

 Cは自分のそばにたち、恐ろしい顔で見降ろしている・彼女の腕、足、いたるところに彼がつけた傷があった。


 エンドロールがおわったあと、おまけの映像がながれる。彼は現実に絶望し、映画に目を向けた。自分を変えなければいけないと思いながらも彼女への対応を変えられなかったこの10年を。彼は強くなりすぎた、これまでのルサンチマンを晴らすように。映画の中のCと現実のCはつぶやく。

『やっと、一緒になれたね』

 やはり、映像と何も変わらないシークエンス。ただひとつ違うものがあった、それは、自分の背後に誰かが立っていることだ。それは、Aだった。映画館の後ろのドアがあいており、彼は映画館の係員の服をきていた。

「お前は!!!彼女に振られたあと、行方不明になっていたはず!!」

「自分磨きをしていたのさ」

 AはBの姿を見下ろしていった。

「C子は俺を捨てたあとにいったんだ、必ず10年後に、再会するだろう、その時に、私はあなたに本当の意味で恋をすると、俺は信じていなかったが、いまやっとわかった、お前、C子を幸せにしてやれなかっただろう、親父さんと同じく暴力をふるったんだろう」

 鈍い音が響くと、Bは目の前が真っ暗になるのを感じた。


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ショートフィルム ボウガ @yumieimaru

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