無駄だと思ったことがまわり回ってとんでもないことになる話

鷹仁(たかひとし)

第一話 きゅうりを食べただけなのに

 今日職場の寿司屋で、パートのばあちゃんにきゅうりを貰った。フィリピン産のバナナくらいあるぶっといやつ。どうやら家庭菜園をしていて、朝採ってきたらしい。

 ポリ袋に五本入っていた。一人暮らしにはちょっと多い。ありがたいけれど、どうしよう。誰かにあげようにも、これといってもらってくれそうな人がいない。


 家に持ち帰って食べるのもいけない。家で食べると何故か体がかゆくなる。

 おそらく掃除していないからだ。しかし、きゅうり五本食べるために家を掃除すると日が暮れてしまう。だから、食べ物は外で消費しないと。

 

 昼の忙しさも静かになり、職人さんが板場から引き上げてくる。

 少し考えた結果、僕は寿司屋の厨房で食べることにした。アイドルタイムは誰もいないのでいいだろう。職人さんは全員昼休憩で寝ている。それに、冷蔵庫にはマヨネーズがあるし、机の上に一味唐辛子もあるから上等だ。

 

 僕が帰る前に誰かに引継ぎをすればいいので、仕事を少しだけ残した。

 そうして、出来た空き時間を利用して、僕は袋からきゅうりを一本掴み取る。冷蔵庫で半日冷やしていたのでキンキンだ。僕はそれに早速かぶりつく。


 バリッ。ぷっ。

 

 となりのトトロのメイちゃんばりにきゅうりのヘタをかじって捨てる。


 にゅ。


 先端にマヨネーズ投下。あと、一味も。


 バリッ。ボリッ。


 弾力だけで腹が膨れそうだ。それに、すごくみずみずしい。

 かじった部分にまたマヨネーズをつける。別につけなくても食べられるけど、折角だから美味しい方がいい。

 かじる、マヨネーズ、かじるを繰り返す。

 キユーピーは偉大だ。ほとんど水分で構成されているきゅうりの味が理解できる。マヨネーズが美味しいと、きゅうりも美味しい。


 もう一本なくなった。僕は二本目に手を付ける。

 無心で僕は二本目のヘタをかじり捨てた。


 最近、仕事が楽しくない。きゅうりを噛みながら、そう思った。

 僕の悪い癖だ。思考の隙間を埋め尽くすように、妄想がもわもわと膨らんでいく。

 外は入道雲も出来ないくらいに暑いというのに。

 年々、気温が上がってついに四十度になったと聞くと、あと数年したら僕たち人間は溶けていなくなってしまうのではないかとさえ思う。

 

 色んなものが無駄で満ちていると思うようになった。かろうじて意味を持っていたものがこの手からずり落ちていくように、僕は年々意味を失っている気がする。

 意味を見出せない会話が苦痛で少しでも意味を見出せるものを探そうと一人になった。一生、好きでもないことを好きだと取り繕って生きる自分の顔に恐怖を覚えたから。

 僕は、人生を無駄なことで満たしたくない。昔、ある大学教授が壺の中に大きい石から順に入れ「人生は大切なものから入れないと無駄なもので一杯になる」と言ったことをそのまま実践している。

 だから、度々自分のことを見つめなおし、何が大切かを問うてきた。その結果、自分が楽しめないこと、自分が出来ないことは総じて無駄だと思うようになる。

 ないものねだりをしても建設的な人生は送れない。だから、コミュニケーションと称した揶揄からかいや、ワンテンポずれる会話は適当に流している。

「これお願い」「いや」本来、やるべき仕事を頼まれたときに一度断るという謎の会話が職場では発生する。

 面白くないし、忙しいのに一々イラつく会話をしている。これは明らかに無駄だろう。約九十五%が水分のきゅうりを食べる人に「水を飲めば?」と返すくらい無駄だ。でも、観察の結果、みんなはこの会話を大切にしているらしい。


 一人一人のキャパシティがある。僕もすべての言葉を受けきれないので、絞りに絞って対応する。仕事はしているのでそれなりに僕は受け入れられているようにも見える。人手不足だし、大丈夫。

 無駄だ無駄だと一つ一つ丁寧に、葬っていく。情報の多い現代はそうやって乗り切っていけると思っていた。

 そしてついに最近「あなたが必要」という言葉すら無駄になってきている。

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