我が焔炎にひれ伏せ世界【期間限定SS】

すめらぎ ひよこ

ホムラとサイコ、仲良く喧嘩しな

「いたたたた……絶対折れてる、これ……」

 ホムラの左腕はだらりとしており、動かない。具合を確かめるために手を添えると、痛みが電流のように走った。

「――つぅッ! 触んなきゃよかったー!」

 痛みに耐えながら、治療のために教会へ足を運ぶ。


「もう……。訓練なのに容赦なさすぎですよ、ジンさんは……」

 怪我の原因であるジンへの愚痴をこぼしながら、教会の門をくぐった。


 ホムラは、発火能力による中距離攻撃が得意だ。

 だが、いつまでもそれだけでは駄目だ、自分もできるだけ動けるようにならないと――と一念発起、訓練を頼んだジンにボコボコにされ今に至る。


 ジンは刀を使わない肉弾戦も得意で、それはもう容赦なく殴った。

 ホムラの怪我は左腕の骨折だけでなく、あざとなって全身に現れている。ジンがホムラの顔を殴らなかったのは温情でしかない。


 教会の門をくぐれば、治療院はすぐそこだ。

 そこでは、怪我人や病人を治癒魔術で治療している。


「ふう、歩くのしんどーい……」

 教会は練兵場から近い。よほど酷い怪我であるなら担架で運ばれるが、一人で歩けるならば歩かされる。


「今日の当番、サイコさんじゃないといいなあ。絶対笑われる……」

「残念だったな、アタシだぁッ!」

 治療院の解放された扉から、神官姿のサイコがひょっこりと顔を出した。その目は、おもちゃを見つけた子供のようにキラキラしている。


「うーわっ……」

 心の底から「うーわっ」が出た。


 緊急性のないときは、治療院の当番は一人だけだ。つまり、絶対にサイコが治療を担当することになる。


「おー、お前がそういう訓練すんの珍しいな。いつもは擦り傷程度なのに」

 ホムラの身体を一瞥しただけで、サイコは訓練の内容を察した。


「ちょっとは動けないとって思いまして」


 サイコに促されるまま治療院に入ると、怪我をした隊士が数人いた。ホムラと同じく、訓練で怪我をした者たちだ。

 等間隔に並べられた台に座り、治療を待っている。


「そんでジンから殴る蹴るの暴行を受けたと」

「なんで相手がジンさんってことまで分かるんですか……」

 実は見学していたのではと疑ってしまうほど、サイコの推測は正確だった。


「そりゃあ、お前を容赦なく殴れる奴なんて限られてるからな」

 サイコの推理力にホムラは驚く。

 あてずっぽうではなく、論理を組み立てたうえでそこまで辿り着いている。しかも、ごく僅かな時間で。


 そしてサイコの言う通り、自分を容赦なく殴れる者が限られていることにも心当たりがあった。

 女だからだ。


 近接戦闘を得意とする隊士には、男が多い。こんな世界であっても、男が女を殴るのはやはり気が引けるのだろう。本気で相手をしてくれる者は少ない。


「殴るには可愛すぎますもんね、私」

「キレたら手が付けれねえからな、お前」


 全然違った。


「そうですよ! 『あの子、呪術院所属らしいぜ』って目を逸らされますもん!」

 呪術院に所属する者は、院長を筆頭にほぼ例外なく問題を抱えている。

 ホムラが持つ衝動的な攻撃性も、徐々にではあるが知れ渡ってきていた。


「あいたたたた……骨に響いた……」

 声を荒らげてしまい、ホムラは痛みでうずくまった。


「結構重傷だな。……ったく、どんだけ頑張ってんだよ」

 サイコは手を貸し、ホムラを立ち上らせる。


「ほら、台に座れ。治療は最後にしてやる」

「この流れで最初にしてくれないことあるんですね」

「別に死ぬわけでもねえだろ。先着順だ、先着順」

 確かに、死ぬほど痛いが、死ぬほどの傷ではない。


 身内だからといって贔屓されるのも、気が引ける。痛みに悶える怪我人は、自分のほかにもいるのだ。

 ホムラは台に座ったまま、サイコの仕事をぼーっと眺める。


「《月女神の慈悲よ、手負いし民の身を癒したまえ》」

 怪我人の診察をし、サイコは治癒魔術の呪文を唱えた。

 サイコの手が光り、それが隊士の身体へと伝わっていく。

 隊士が負っていた切り傷は、瞬く間に閉じていった。


「やっぱりサイコちゃんの治癒魔術は別格だね。今度もまた頼むよ」

「おう。ってことで、今度治癒魔術のの練習に付き合ってくれねえか?」

「そそそ、それは遠慮しておくよ!」

 サイコの怪しい笑みを見て、治療を終えた隊士は逃げ去った。


 それからもサイコは軽口を叩きながらも、真面目に仕事をしていった。

 サイコは思いのほか、隊士から信頼されているようだ。隊士たちは、その治癒魔術の腕前に感謝と称賛を口にしている。


 いつしかホムラは、痛みを忘れてサイコを目で追っていた。

 認めたくはないが、治癒魔術を唱えているサイコはかっこいい。いつもはふざけているが、やるべきことはしっかりとこなすのだ。


「やっぱりすごいなあ、サイコさんは……」

 そして気づけば、数人いた隊士たちはいなくなり、サイコと二人きりになっていた。


「ほい、待たせたな」

 サイコが歩いてくる。

 ホムラはなんとなく目を逸らしてしまった。


「待たされて死にそーでーす」

「んじゃ死ぬまで待つか。死体は有効活用してやっから、安心して死ね」

「嘘でーす、死にませーん」


 目を合わせることができないまま、診察が始まった。

 じろじろと全身を見られるのは、単純に恥ずかしい。


「全身の打撲と……左上腕骨の骨折か」

 サイコは、ホムラの腫れ始めた左腕に触った。


「いたたたたたッ! もっと優しく触ってくださいよ!」

 今度は痛すぎて顔を逸らしてしまう。


「我慢しろ。症状を正確に把握すんのも、治癒魔術の効果を高めるために必要なんだ……よ!」

 サイコは折れた腕を叩いた。


「あいったあああああああああ――ッ! 今の一撃は絶対に必要なかったでしょ!」

「症状を正確に把握すんのも――」

「絶対ウソ!」

 確実に嘘だ。


「うるせえなあ、完璧に治してやっから黙ってろ。詠唱にゃ集中が必要なんだぞ?」

「まったく……逆らえないからって好き放題するんですから……」

 呆れつつも、ホムラは口を閉じる。


 サイコの手が、胸に触れてきた。温かい。


 呪文を詠唱するために、サイコの顔から表情が消える。

 ホムラはちらりとその顔に目を向け、どきりと心臓が高鳴った。

 直前まであれほどふざけていたのに、仕事は真面目にこなす。表情のない顔はその表れだ。


 サイコの薄い唇が動き始める。

 ホムラは、紡がれる詠唱に耳を傾けた。


「《治れ~》」

「真面目にやってくださいよ!」


 サイコの手から光が溢れ、ホムラの身体に伝わっていく。

 適当な詠唱とは裏腹に、ちゃんと治癒魔術だった。


「あ、ちゃんと治るんですね」

 ホムラは左腕を動かしてみる。

 もう痛みはない。


「結局のところ、使う魔術を正確にイメージできるかどうかだからな。詠唱なんざ飾りだ」

「あ、ありがとうございます……」

 ホムラの心臓がもう一度跳ねた。


 つまるところ、詠唱は適当でも、治療しようとする心は本物だったのだ。


「それはそうと……」

 ホムラはゆらりと立ち上がった。


 やらなければならないことがある。


「さっきはよくもやってくれましたね。ジンさん直伝の体術、お披露目してあげますよ!」

「かかってこいや、無駄に脂肪を蓄えたフィジカル雑魚が」

 ホムラとサイコは誰もいない院内で暴れる。


「まーたやってるよあいつら。仲がいいねえ」

 それを神官がひとり、タバコを吸いながら覗いていた。

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