風の通り道

西野 夏葉

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 風が通り抜けていくような時間だった。

 愛美えみは、身体の中心に残っている熱を帯びた感覚とは裏腹に、事が済んでからはきわめて冷ややかになる場の雰囲気を、自身の胸の中だけでそう表した。時間はもうすぐ文字盤のゼロで針が折り重なる。隣で今にも眠りに落ちそうな男とともに日付変更線を跨ぐのは今夜が最後にもかかわらず、最後の最後まで言わせられなかったことと、言えなかったことが混ざり合って、身体の隅に吹き溜まってゆく。

 やがて、規則的な寝息が耳に届いてきた。この男の中では、既に切り替わっているのだろう。新しい明日へ。


 その「明日」は、寝言のように掴みどころはないにしても、彼にとっては願ってもないチャンスで、自分と明日を天秤にかけた彼が選んだのは後者。彼は愛美のいない明日を選んだのだった。


 男の味が混ざった、苦い唾液を飲み込む。もうすぐ自分だけが「昨日」に置いて行かれるという虚しさを、愛美は瞳から溢れそうになったものと一緒に、歯を食いしばって堪えた。

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