物と夢を残した仲間達

7月 早乙女 孤狼

まーたこんな場所に入ってきたのね。今度はどうやって侵入…金槌を使って窓ガラスを割って入った…ふーん。それ、立派な不法侵入と器物破損よ?



怒ってないように見える…か。まあ私も昔はよくやってたから…ってなんでもないわ。今の発言は忘れていいわよ。ん…これ?



マグナム…正確にはS&W M19でリボルバー銃なんだけどね。知らないの?…そっか。最近だとレーザーガン?流行ってるわよね。あなたが毎回私の休憩時間を狙ってやってくるから、いっその事、これで撃ち抜いちゃおうかしら。



……冗談よ。そんなに急いで逃げなくてもいいじゃない。いくら立ち入り禁止区域でも館内だから走っちゃダメよ…転んだら危ないし。



全く冗談に聞こえなかった…?そ。よく言われるわね。とりあえず、あの眼帯ゴミ館長にバレる前に、この窓ガラスをどうにかするわよ。



今日は館長宛てで京都のいい和菓子を沢山頂いたから、これも何かの縁だし…掃除が終わったらこっそり食べましょ?



△▽△▽


——早乙女さおとめ 孤狼ころうは、とある有名なテロ組織の一員だった。


「……おーい。和菓子ないのかよ?練り物とか日本酒と合うんだよなぁ…」


「うるせえ!!!こんな状況で日本酒はともかく…和菓子なんてあるわけないだろ!?」


「…リーダーの方がうっせえよ。いつでも元気だな…制帽取れかけてんぞ?カッコつけが。」


「なんだってぇ…もういっぺん言ってみろ…?いくら早乙女が年長者でも…金髪で耳にゴツゴツしたイヤリングとかつけてるの…僕も30代入ったらやるからな!?」


「ハハハ!!!羨ましいか?…断言してやる。絶対似合わねえよ…やめておけ。」


「やってみなきゃ分からんだろ!?いつか必ずお前に見せつけてやるよ…!!!」


そんな大きな声で目を覚ました私は、寝ぼけた頭でリュックから物を取り出して見せた。


「…えっと、日本酒ならここにあります…けど。」


「え…ぎゃぁぁあーー!?!?駄目だって橘ちゃん!これは僕が残してた秘蔵の一本…皆には内緒にしといてって…言った奴なのにぃ〜〜」


「…あ。ご、ごめんなさいリーダーさんっ!」


「は。今日は激戦だったからなぁ。他の奴らがおねんねしている間に…頂くかぁ!」


「…なら、一杯残しておいて下さい。」


路線バスを運転している山岸さんがボソッと呟いた。


「いいぜ山岸。お前の分は残してやらぁ…とりま酌しろや、橘…でも、前の盃は壊れちまってねえから…わかめ酒でいいぜ?いっぺんやってみたかったんだよ。」


「えっと、早乙女さん…わかめ酒ってなんですか?」


「知らねえか?わかめ酒ってのはな…まずは着ている服を脱いでだなぁ…」


「っ!?お前ら起きてくれ!緊急だ、緊急!!橘ちゃんにはまだ早いからぁ!!!」


そうして軽い乱闘がバスの中で起きて、夜が明けていった。



………



今日は珍しく雨は降っていなかった。


「こんな暑い中、2人で資材調達かよ…チッ。面倒くせえ。毎回思うが、その雨ガッパ…暑くないのかよ?」


「そ、それは……気にしないで下さい。」


「…おっ。このコンビニじゃねえか?」


山岸さんの地図を再度、確認してから頷いた。


「既に周辺の写真は撮ったので、後は缶詰めといった非常食の回収…」


「分かった分かった…その辺は橘に任せる。俺は…」


早乙女さんは、唐突に持っていたマグナムで店内にいたゾンビを撃ち抜いた。


「び…びびっ、びっくりしたぁ…撃つなら撃つと声かけて下さい!!」


「これで店内にいたゾンビ野郎はいなくなったな。よっしゃ…探索だ。」


「…まっ、待って下さい!」


不覚にも発砲音で尻もちをついてしまった私はすぐに起き上がって、その後をついて行った。



………



店内の食糧のほとんどは、予想通り…腐っていたり、缶詰めも殆どが持ち去られていた。


「…どんな感じだ?」


「小豆缶とトマト缶が幾つか…それと白玉粉…後は、辛うじて飲めそうな水のボトルが2本で以上です。」


「……橘。この近くに飲食店はあるか?」


「?地図上では二つあります。500mくらい離れてますけど、あの周辺には変異種が…それに時間も…」


早乙女さんはニヤリと笑った。


「危険は承知だが、なあ橘…久々に和菓子でも食べないか?」



………



「……ヒャハーー!!次に撃ち込まれたい奴はどいつだぁ!?」


「早乙女さん…っ、こっちに来てます!!!」


「チッ。変異種か…とうとう親玉が来やがったなぁ!!」


犬の変異種…中学校の地下にあった施設の資料に書かれていた個体名『ケルベロス』が早乙女さんの銃撃を縦横無尽に避けながら、物凄い速度で私に迫り…


「……ぁ。早乙女…さん…」


「っ…痛ってえなぁ。犬畜生…だがこれで、避けられねえだろ。」


「……!!!」


早乙女さんの左腕に噛みついたケルベロスの眉間目掛けて、マグナムの引き金を引いた。



………



近くの飲食店にたどり着いた後、私はリュックからわずかな消毒液と包帯を取り出した。


「…ごめんなさい。私を庇わなかったら…こんな事には。体は大丈夫ですか?」


「問題ねえよ…軽く噛まれただけだ。それにお前が死んだら誰がこの荷物を運ぶんだよ…荷物持ちは死んでもごめんだぜ。」


「早乙女さんみたいにもっと強ければ……」


「……ケッ。」


簡易的な処置を済ませると早乙女さんは私のリュックをガサゴソと漁り、小豆缶と白玉粉と水を取り出した。


「……そこで少し待ってろ。いいもん作ってやる。」


そう言って調理場に入って数時間が経過した頃。ポツポツと雨が降り出す外を眺めながら警戒しつつ…錆びた椅子に座って待っていると、ほのかに甘い香りを漂わせる容器とお箸を持って戻って来た。


「待たせたな。白玉ぜんざいだ…熱いうちに食え。」


「遅いですよ…あれ早乙女さんの分は?それにその格好…」


「んなもん雰囲気だよ雰囲気。偶然、店員用の服を見つけてな。派手な赤色だろ?で、俺は出来たてを我慢出来なくてな。つい先に食っちまった。」


「あ!水とかもまさか…全部。」


「使ったぜ。いやぁ…美味かった美味かった……っぅ。」


「涎が出てますけど、くれた以上は渡しませんよ!?はぁ。皆に…怒られちゃいますね。」


「…奴らは少ないトマト缶で醜く争ってりゃあいいんだよ…グルルル。」


「…? 」


何かを悟ったように、早乙女さんは私の髪を軽く撫でてから背を向けた。


「ああ…そウダ。調理場にカセットガスがいくつかアッた。そレモ回収しておけ…じゃアナ!!!」


「…待って、」


静止する前に早乙女さんは窓ガラスを叩き割って、その場から離れるように尋常じゃないレベルの速度で雨の中を走って行ってしまった。



——◾️◾️◾️ ◾️◾️


俺は言ってしまえば犯罪者だ。殺しは勿論、略奪も強姦も息をするように行う。


いつかどこかで食べた和菓子の味をどうしても忘れられず気まぐれで、日本の美味い和菓子を学ぶ為にやって来た所を運悪く取り押さえられて、死刑囚として刑務所にいた頃に…バイオハザードが発生した。


それに乗じて醜い生存欲求に支配された看守共を殺し、囚人達や看守長の娘の自己犠牲の果てに武器を回収して逃げたまでは良かったが、既に日本は孤立して、組織との通信手段が絶たれていた。


『おい…お前……銃が使えるのか。救護活動を手伝ってくれないか?』


雨の中、逃げた先で気まぐれで若い警察官の男をゾンビから助けてやったらこの台詞だ。俺は犯罪者だというのに。その事について言ってやると、男は特に気にする事なく言った。


『そうか。素性なんてどうでもいい事よりも…近くの中学校にまだ取り残されている人達がいるんだ。こっちの数も足りない。だから…』



……一緒に来い。1人でも多く…助けるぞ。



どうせ無駄な行為だと頭では分かっている。善性なんて糞食らえだ…でも。



——おじさん。一緒に…いけなくて……ごめん……ね…


(今まで奪う事しかしなかった俺が…ハハ…我ながら…気持ち悪いなぁ。)


心底自分に呆れ返りながら、らしくもなく警察官…リーダーの手を取っていた。




『チッ…さっさと立てよ。この場から生き残りてえなから、俺の手を掴んで立ちやがれ。』



「…橘……橘ちゃん!」


「…ぁ。」


気がつくと、私は路線バスの中で寝ていた。


「…リーダーさん?」


「良かった。起きた所すまないが、早乙女が何処に行ったか知ってるか?」


私は今日あった事を報告した。


「ケルベロス…そうか。早乙女が…山岸さん、無線機で捜索している仲間に報告。捜索は打ち切り…この区域から急ぎ離脱と。」


「…了解しました。」


「え。それだと、早乙女さんは…」


私の両肩にリーダーさんは手を置いた。


「言うな。これはリーダー命令だ。」


すぐに私の肩から手を離して、制帽を深く被って山岸さんがいる運転席へ行ってしまった。1人になった私はいつもの癖で今回手に入れた物資を出しておこうとリュックを漁り……それを見つけて心が震えた。


「……!!!」


そこにはトマト缶の他に…早乙女さんのマグナムと下手くそな字で書かれた紙きれがいくつか入っていた。内容はとある料理のレシピやマグナムの使い方や弾の製造方法とかで…最後だけは何度も消した後があって黒ずみながらも綺麗な字でこう書かれていた。



——お前は生きろ。他の奴らの事を頼む。



「…っ、う…っ。」


私は紙を丁寧に折って奥に仕舞い、他の皆が捜索から戻ってくるまでリュックに抱きついて声を殺して泣いた。


7月31日。いつも態度が悪くて、皆の嫌われ者としてなんやかんやで愛されていた…私にとって恩人である早乙女さんは私達の前から消えた。それでも月日は無常にも巡っていく。


……



1年後の6月。黒幕がいる製薬会社の最上階のひとつ下の階。皆の犠牲や…最後まで一緒に生き残ってくれた寒田さんの最期の献身のお陰でここまで来れた。


机や椅子が乱雑に倒れ、乾いた血痕や冷めて腐った料理が捨てられているこの場所は、寒田さんの説明曰く…有力者達のパーティ会場だったそうだ。


「…薄暗い。」


牧田の2丁拳銃を構え、伏兵を警戒しながら少しずつ進む。


(中心に何かある……?)


そう気づいた途端、パッと大広間の照明がついて、それが何なのかが分かった。


「…っ!!」


でも理解した時にはもう…遅かった。4本の細い鉄柱に頑丈そうな鎖で縛られていたソレはすぐに私に気づき、発砲するよりも早く鎖を引きちぎり驚く私を突き飛ばして、力ずくで押さえつける。



——ピンポンパンポーン。



『……変異種であるケルベロスの適合体。偶然外で発見し拘束したものだ。速度だけは私が生み出した変異種の中で最速だと言っておこう。名は発見当時、赤い服を着ていたからそれにちなんで『赤狼レッド・ウルフ』…適合体ではあるが人間としての自我は失っている。所詮は獣といった所か…要するに、ここでお別れだという事だ。』


「ガルルルル…!!!ガルルルァ!!!!」


一方的に始めて、一方的に終わらせた黒幕の放送を無視して…どうするかを冷静に考える。


私の両腕を抑えているから、お互いに両手が使えないこの状況。でも…相手には牙がある。顔や首を噛まれれば…即死するだろう。


「……?」


唐突に私の頬にポタポタと水が垂れてきた。ここは屋内なのに…どうして雨が……いや違う…これは…


「ケルベロス…赤い服…え。早乙女…さん?」


「ガルルルァァァァ!!?!?!」


自分の口からもういない早乙女さんが出て来た事にも驚くが、今はそれよりも…私の言葉を聞いて、赤狼が拘束を解いて距離を取った事の方が重要だ。


さっきの攻防で接近戦に持ち込めば、速度的に勝ち目はないのは分かった。滝口のダガーやマリックの毒針では仕留めるのは困難だろう。


牧田の2丁拳銃は突き飛ばされた時に落としてしまった。ここから離れた位置にあるから取りに行けない。


対変異種に有効な溝口のRPGはリュックの中。取り出す時間は与えてはくれないだろう。仮に撃ったとしても弾速的に…避けられてしまうかもしれない。


(なら…)


腰のホルスターから早乙女のマグナムを抜いて赤狼に構えた。


「……ごめんなさい。」


———私は皆の分まで生きて…黒幕を倒さなくちゃいけないから。


今は考えたくないのに自然と右目から一筋の涙が流れる。それに気づいた赤狼は私の目に映らない程の速度で迫り…覚悟を決めた。



——パァン。



運良く赤狼の心臓を撃ち抜き、顔面を思いっきり地面にぶつけながら転がる。それでも…胸を抑えながらゆっくりと立ち上がりこちらに歩いて来て…狼の顔でニヤリと笑った。


「ガルルル……ぁ…ソレで……イい。」


「……。」


私の涙を左手で拭ってそのまま力なく倒れ、真っ赤な血溜まりを作る。ホルスターにマグナムを仕舞い、仰向けに倒れた赤狼に私はふふんと笑った。


初対面の時も…こうして再会した時も。あの人には泣き顔とか、弱く情けない部分しか見せられなかったから。


「……よし。」


私はすぐにリュックの中にある葛飾の狙撃銃を組み立てて、大広間にあった監視カメラを全て狙撃で破壊した事を何度も念入りに確認してから、わずかに頬を赤らめる。


「わかめ酒…飲みたかったんだよね。」


寒田さんが教えてくれた通りに、スカートや下着を脱いで、リュックからわずかに残っていた日本酒が入った酒瓶と、飲ませる為のお猪口を取り出した。



(私は、もう弱いだけの…何も知らない荷物持ちじゃないから。色んな事を経験して知って…成長したんだ。だから…安心して皆と一緒に待っててね。)



お猪口に入れた一杯のわかめ酒を赤狼…早乙女さんの口に含ませてから…その瞼を閉じる。


「…行って来ます。」


服装を整え、落ちていた牧田の2丁拳銃を回収した私はもう後ろを振り返る事なく、黒幕がいる最上階へと向かった。



△▽△▽


その先の話?さあ。どうなったのかしらね?あっ…しれっと話している間に、私の分の和菓子全部食べたわね!?はぁ…窓ガラスはバレる前に何とか直せたし、あんたが最新技術に詳しくて助かったわ。今回はそれでチャラって事にしてあげる。


何度だって言うけど…あ、あくまでフィクションだから間に受けないでよね…例えば、わかめ酒とか…ん?これは何かって…?白玉ぜんざいね。休憩時間にでも飲もうかなって事前に作ってたのよ…あー今時の子は知らないか。でも、美味しいでしょ?うん…なら良かったわ。


私が料理を作れない…って、はぁ!?誰から聞いたの!?!?あっ、眼帯ゴミ館長かっ!!一応作れると言えば作れるわよ!!!ただ、味がないとかゲテモノだとか文句言われるだけで、当時は生きる為にある物は嫌でも食べるしか…えっと…何でもないわ。気にしないで頂戴。


でも、唯一この料理だけは定評あるのよ?眼帯ゴミ館長とかに……はい。おかわりよそいであげるわ。どっかの誰かさんが、私にこのレシピを残してくれた事へ感謝しながら、たーんと食べなさい。



——きっと、喜ぶだろうから。

                  Fin


















































































































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