一章_18

 泣き止んだサラはふらりと立ち上がり、短剣を右手に握りしめたまま覚束ない足取りで村のほうへと歩き出した。


「助けて…… 誰か…誰か助けて……」


 それだけを呟きながら呆けた表情のまま村への長い道のりを歩いたサラの目に、荒れ果てた村と転がる見知った人々の遺体が映る。それでも彼女は「誰か…誰か……」と彷徨い歩く。


「……サラ、ちゃん?」


 呻き声交じりの微かな呼びかけにサラはハッとして声のするほうを振り向く。そこには全身をズタズタに斬られて血の海の中で倒れるジグの姿があった。


「ジグ、おじさん?」


 サラは近所に住む、仲の良かったジグおじさんの変わり果てた姿に動じることなく、ゆっくりと近寄っていく。彼女の目にも、もう助からないのは明らかだった。そしてそれはジグ本人も自覚していたようで、近寄るサラに懇願するような目を向けて少しだけ申し訳なさそうに頼む。


「サラちゃん…… お願い、こ、殺して……」


 それを聞いてもサラは意外とも思わず、呆けた表情のままジグの許まで来るとガクンと体全体を落とすようにして膝をついた。サラの膝がジグが流す血だまりに着いてペチャっと小さな音を立てる。


「頼む、よ…… 楽、にして…くれ…… こ、のまま、生きた、まま、魔物に食われるの、は、嫌、だ……」


 サラは黙ったまま視線を落として短剣を握る自分の手を見た。カタカタと震える手をゆっくりとジグの胸元にまで持って行く。はぁ……はぁ……と、自然と呼吸が荒くなった。


「サ、ラちゃんは……悪くない…… 人助け…だ、よ…… お願いだ…助け……殺して――」

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 サラは叫びながら逆手に持ち替えた短剣を大きく振りかぶり、迷いを振り切るように勢いよくジグの胸に短剣を突き立てた。「ごふっ……」と一度口から血を吐いたジグは最期の力を振り絞って「ありがとう、サラちゃ――」と微かに笑って口を動かす。徐々に光が失われていくジグの瞳から一筋涙が流れ落ち、彼は動かなくなった。


「ありがとう……?」


 気が抜けたようにサラは、立膝を立てていた姿勢からカクンと腰を落として呟いた。そうだ、自分は間違ったことをしてないんだ。そう思うと少しだけ気が楽になった。


「そうよ…… そうよね……?」


 血塗られた短剣を見つめながらサラは自分に何度も何度も言い聞かせる。


 楽にしてあげたんだ。助けてあげたんだ。ジグおじさんだけじゃない、お父さんだって苦しかったに違いない。わたしがお父さんを助けたんだ。きっとお父さんも喜んでくれたはず。


 そう思って自分を肯定しなければ、彼女は今にも壊れてしまいそうだった。


 ゆらりと立ち上がったサラは短剣を片手に廃墟となった村の徘徊を続ける。

 ふらふらと歩くサラの足元で呻き声が聞こえた。足元を見れば腹から内臓が飛び出て虫の息の男の姿があった。


「待ってて、ラルドさん。 今楽にしてあげるから」


 そう言うと躊躇なくサラはラルドの胸に短剣を刺す。更に歩き続けると、今度は全身傷だらけで胸を抑えて小さく痙攣しながら口から血の泡を吹いている男を見かける。「苦しいよね、ダールおじさん」と優しく語り掛けるとダールの喉をかき斬った。


 まるでこれが自分の使命だという感覚で少しだけ高揚した気持ちのサラは、救うべき村人を求めて歩き続ける。やがて、彼女は倒れたリノの前までやって来た。


「リノお姉ちゃん……?」


 リノから返事は返ってこなかった。服は剥かれ全身は青あざだらけ、刃物で斬られた痕もあり血がながれていた。顔は原型が分からなくなるほどに腫れあがっている。


「リノお姉ちゃん……」


 サラはリノに近づき立膝をついて、倒れる瀕死のリノを覗き込むようにしてもう一度声をかけた。

 腫れあがった瞼の下からリノは薄っすらとサラの姿を見た。妹のように可愛がっていたサラの姿を見たリノは涙を一筋流し、力を振り絞るように声を出し、一言「……死にたい」と弱音を吐いた。次の瞬間、サラは反射的にリノの胸に短剣を突き立てていた。


 姉妹のように仲のよかったリノの命の灯が消えていくのを見たサラは、父を喪ったときと同じような虚無感を感じてスッと頭が冷えた。突き立てた短剣から手を放し、ダラリと全身から力が抜けたサラは「お姉ちゃん……」と呟いて涙を流した。





 サラは村中の遺体を集め荷車に乗せた。彼女の細腕では、動かない人間を抱えて運ぶなどは到底無理で、引きずって集めた遺体は合計で十二体になった。八十人程度の村だったため、多くの村人は逃げることができたことになる。しかし、このあと盗賊や魔物に荒らされることが予想できる村にしばらくは戻ってくることはないだろう。


 頑張って引きずってきた遺体を、これまた頑張って荷車に上げたサラは、「んんっ……!」と気合を入れて曳き始めた。さすがに一度に十二体は無理そうだったので、彼女は二度に分けて運ぶことにした。


 サラは荷車を共同墓地まで運んだ。そしてそこで初めて、彼女は父の遺体から少し離れた場所に口から泡を吹く瀕死の馬が倒れているのに気が付いた。


 荷車を馬の横につけると、サラは優しく馬の鼻先を撫でて「ロディちゃん……」と、その農耕馬の名を呼んでやる。状況から見てきっと父はロディに乗って戦ったんだろうと思ったサラは「頑張ったね、ありがとう」とロディを撫でながら礼を言う。


「ごめんね、ロディちゃん。助けてあげられないの…… だからお願い、みんなを天国に連れて行ってあげて」


 サラは取り出した短剣でロディの首を刺し、苦しむその息を止めた。

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