一章_09

 畑仕事をしていたギルの耳に悲鳴交じりの叫び声が聞こえた。何事だろうとギルを含めて数人の村人が顔をあげて畑から道にほうへと出てくる。そこへ猟師のグンが走り来て倒れ込んだ。


「おい、グン。 どうした?何があった?」


「へ、兵…… 軍隊…… お、親父が――」


 森のほうを指さし、息も絶え絶えに告げる単語に村人たちは蒼白となる。ギルはグンが指さす森のほうを見る。多くの者の目にはいつもと変わらない森であったが、ギルにはその森が動いたように見えた。


「みんな、村に知らせろ。走れ!」


 ギルの言葉に突き動かされるように村人たちは走った。


「グン、よく知らせてくれた。お前も早く身を隠せ。 俺も行くぞ」


 そう言うとギルは農機具などと一緒に置いてあった剣を手に取り、村に向かって走った。猟師であるグンについては心配ないと判断した。森に慣れた彼ならば身を隠すのに左程困難ではないと思って。


 ギルは全力で走った。そのせいで先に村に向かって走っていた数人を追い越していた。それでもギルより先に駆け込んだ者ががいて、ギルが自宅前に着いた時には村は騒然となっていた。


「サラ! どこだ!サラ!!」


 自宅の扉を荒々しく開け叫びながら部屋を見回したギルは、しまったと思った。娘は今日から祠の管理係だった。きっと村はずれの共同墓地のあたりに居る。そう思ったギルは外に飛び出ると、隣の家の庭先に繋がれていた痩せた農耕馬の縄を斬って「すまん、借りるぞ!」とここには居ない隣人に一言断りを入れて飛び乗った。


「少し無理をさせるかもしれんが、頼むぞロディ」


 優しく馬の首筋を撫でたギルは馬腹を蹴り、共同墓地に向かって馬を走らせた。


 ギルの視界の端には騎兵の姿が見える。数はそれほど多くはなかったが村に向かうその一群を見て「くそっ!」と口から漏れる。村人たちを助けたいのはやまやまだが、まずは自分の娘だった。


 パッと見、軍装からエイラム王国の軍と判断したギルは、こんな奥地に軍隊がやって来ることがおかしいと思いつつも、来るとすれば奴隷狩りくらいしか思い当らなかった。

 そして奴隷狩りとなると、真っ先に狙われるのは若い男女である。どうか無事でいてくれとギルは馬を急がせた。


 走るギルの視界には少しおかしな敵の状況が映った。村のほうへ一直線に走り来る歩兵たちには統率された感じがしない。隊列も組まずバラバラで、まるで盗賊の群れのようであるのだが、遥か後方を進む一隊は隊列も組まれてきちんと統率されているよう。


 そして問題は、このままではその統率された一隊が共同墓地の前にある道を通過するであろう位置にあることであった。


 ギルは腰の剣を抜き、盗賊の群れのような一団に斬り込んだ。すれ違いざまに次々と首が飛んでいく。それに焦ったのは後方の一隊だった。ギルによって血飛沫を上げる集団を助けようと駆け足でギルに迫りくる。


 それを目の端で捉えたギルは少しだけ安堵した。共同墓地から離れるように釣ることが出来たからである。しかし、慌てて迫ってくるわりには隊列を乱さないことには軽く舌打ちが漏れる。


 ギルは盗賊のような兵達を適当にあしらったあと、統率の取れた一隊に馬首を向ける。そして手にした剣に魔力を流す。剣に刻印されている花々から炎が吹き出し、一瞬まるで大輪の花が咲いたかのように見えた剣身が炎に包まれる。その炎を纏った剣を敵の一隊に向かってギルは振りぬいた。


 敵の一隊をすべて包み込むように広がった炎が部隊全体を舐めるように進む。しかしそれも一瞬のこと、すぐに炎は消えてしまったが代わりにギル自身が突入して数人の兵を斬り下げた。


 ギルは魔法があまり得意ではない。唯一使える火の魔法をハッタリに使う程度の使い手である。先ほどの部隊を覆った炎も威力は左程なく、せいぜいが軽い火傷を負わせる程度のものである。しかし、戦場においては一瞬の怯みは命取りになる。剣士としては高いレベルにあるギルとしてはこの程度のこけおどしで十分なのであった。


 突然の炎に驚き、火傷の痛みに怯んだところに突撃された兵達は隊列を乱したもののすぐに落ち着きを取り戻したようだった。バクトアに鍛えられてきた彼らは不測の事態にもすぐに対応できるよう訓練されていた。


 ちょうどその時、森のほうから鐘の音が聞こえた。退き鐘と思われたが、ギルには何故このタイミングで鳴るのか理解できなかった。襲撃はまだ始まったばかりのはずである。

 しかし突然で不可解な退き鐘にも関わらず敵兵たちに動揺は見られない。


 ギルは面倒な奴らだと舌打ちをする。しかしギルと敵兵個々の力量は隔絶しており、ギルは痩せた農耕馬を縦横無尽に走らせては死体と怪我人の山を築いていった。


 その様子を離れた場所から信じられないと目を見開いて眺める男の姿があった。


「あの炎…… あの技は、まさか――」


 彼の眼には次々と斬り倒されている自分の部下達の姿が映っていない。その瞳に映るのは血の花が舞うその中心で悪鬼のごとき形相で剣を振るう男の姿だけだった。

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