第5話
歩きながら話していると、オープンテラスのおしゃれなカフェに到着した。
「ん〜ふふ〜♪ここのスイーツがね、超ヤバいぐらい美味しいのよ。ユウ君も絶対に気に入ると思うなぁ」
楽しそうに鼻歌を歌いながら、瑠奈さんは慣れた様子で店内へと入って行く。その後に続いて店に入ると、店内にいた全員の視線が俺に集中する。
なんと言うか、グイッ!って擬音が付きそうな勢いで、凄い形相をしてこっちを見てくる人ばかりだ。
「…は? へ? 男…?幻…?」
「画面越しじゃない!生の男が目の前に…!」
「めちゃくちゃタイプなんだが?冷たそうな眼差しが堪らん!」
「なんだあの主張が強い見た目は?ふざけてんのか!あのギャル女!」
「お前より身長高いし、お洒落だからお前の負けだろ。何だよその、熊のキャラクターがデフォルメされたクソダサTシャツは。プッ!ウケるw」
「はぁ!?うっざ!ヌーさん馬鹿にしてんじゃねぇぞお前!可愛いだろうが!」
「どした〜?ああ、周りの事は気にしなくていいよ☆ほらほら、早く席に座ってメニュー見よ!」
周りから飛んでくる野次にも動じずに、瑠奈さんは堂々としていた。流石だと思う。俺なんかは元々女性に慣れてないし、こういう場所もあまり得意ではない。
それにしても……。
改めて思う。瑠奈さんは見た目が派手な割に、中身はかなり普通で、とても接しやすい。たまに彼女が喋る言葉がよく分からなかったりするけど…。
見た目とのギャップが物凄くて、最初は少し戸惑ったけれど、慣れてしまえば、全然気にならなくなった。
「ねえ。ユウ君は何か食べる?」
「えっと、そうだな……。甘いものはそこまで好きじゃないし、俺はコーヒーだけでいい」
「ん、おけおけ。店員さーん!注文お願いしまーす!」
「はーい」
瑠奈さんの声を聞いて、一人の女の子がこちらにやって来る。肩ぐらいの長さの黒髪の女性だ。
一瞬俺の顔を見て、驚いた顔をするものの、 仕事中である事を思い出したのか、慌てて営業スマイルを作ってメモ帳とペンを両手に持つ。
「ご注文をお伺い致します。お決まりですか?」
「あたしはチーズケーキと紅茶で!隣の彼へはコーヒーを一つ!」
「チーズケーキと紅茶。それと、コーヒーですね。畏まりました」
笑顔を絶やさずに、女性がカウンターの方に戻って行った。その後ろ姿をボォーと眺めていると、瑠奈さんが「ユウ君ってさ…」と声を漏らした。
「え?」
「何でコンビニで働いてるの?」
「何でって…。生活する上でお金が必要だからだけど?」
「国からお金が貰えるのに?」
「うん。国から補助金は確かに貰えるかも知れないけど、俺は何もしないで手に入るお金より、汗水垂らして必死になって稼いだお金の方が価値があると思うから」
「自分で働いて稼いだお金にしか興味無いってこと?はえ〜、変わってるねぇ」
「……よく言われる」
「ん?じゃあ、国から送られて来るお金ってどうしてるの?」
「全部母さん達に渡してる」
「なんで?自分で使えば良いのに」
「何に使えば良いのか分からないんだ。趣味が読書と映画鑑賞くらいしかないし。……というか、瑠奈はどうして俺がコンビニで働いている事を……?」
「あぁ、それはね。麻耶香が教えてくれたんだー」
「マヤ姉が?」
「そそ。『閉じこもっていた弟が、急にコンビニで働き出して困ってる』って。大慌てであたしに電話して来てね。あの時の麻耶香の動揺っぷりは凄かったよ」
この世界で目が覚めた時にあった、大量のカップ麺とペットボトル、そしてゴミ箱の中にあった空の弁当容器。そして、山積みになったゴミ袋の山。
それを見た時に、薄々この世界の俺は、どうしようもない人間なんだなっていうのは感じていたけど、そうか。やっぱり引きこもりだったのか。
だから、マヤ姉と初めて会った時に、物凄く驚いた顔されたのか。俺からすれば、マヤ姉が俺に敵意を抱いてない方がビックリだったけど。
俺がそんな事を考えながら苦笑いを浮かべていると、タイミング良く先程の女性がやって来た。トレンチの上にはチーズケーキと紅茶、コーヒーが載っている。
天崎さんの席にチーズケーキと紅茶、俺の方にコーヒーを丁寧な手つきで置き、頭を下げる。
「ありがとうございます」
「……ぐ…!い、いえ。ごゆっくりどうぞ……!」
「?」
胸を抑えて一瞬苦しみ出す店員さんに首を傾げていると、瑠奈さんにクスッっと笑われてしまった。
何故…?
「男の子が自分にお礼をしてくれた挙句にお辞儀までしてくれるんだから、そりゃ嬉しいに決まってんじゃん」
「接客してくれたんだから、店員にお礼を言うのはごく普通の事じゃないか?」
俺がそう言うと、瑠奈さんはキョトンした顔をするが、すぐに「確かにそだね〜!」と言って笑い出した。
何だ?その反応は?別におかしな事は言ってない筈だが…。この世界の男は、何かをしてもらってもお礼すら言わないのか?
俺はただ、当たり前の常識を言っただけだ。
いや、俺が知ってる常識が、この世界じゃ何の役にも立たないのは分かってる。
でも、それでも…だ。最低限の礼儀は守らないと駄目だろ。
「ユウ君って彼女はいるの?」
「何だ、急に…」
「いや〜。気になっちゃってさぁ。ユウ君イケメンできゃわたんだからモテそうだし。ちな、実際の所はどーなの?」
「恋愛に興味無いから分からない」
興味津々に聞いてくる瑠奈さんに、俺は渋々といった形で答えた。
何でこんな話の流れになってしまったのだろう。別に聞かれても構わないと言えば構わないけど、自分から進んで話す内容でもない。
そもそも、俺は前世でも一度も彼女を作ったことがないし、作ろうとも思った事がない。
そんな無駄な事に時間を費やすなら、仕事に集中した方が良いだろう。いや…、これは言い訳か。
単に自信が無いだけなのかも知れない。好きな人が出来て告白しても、フラれるのがオチ、そう勝手に決めつけてる。
誰かに言われた訳じゃない。自分で決めた、諦めに近い予防線。きっと俺は、心の奥底で気付いている。自分は誰からも好かれる様な人間じゃないって事を。
俺を好きになる女性なんて、いないって。そんな事を考えていたせいだろうか。
瑠奈さんからの質問に、俺は素っ気なく返事をしてしまった。
「えー!こんなに素敵な優男でイケメンなのにー?それって絶対損してるよー!」
興奮した様子で、瑠奈さんが身を乗り出して言ってくる。
「恋愛が人生の全てじゃないだろ。それに、今の俺には恋愛をする余裕なんてない」
いきなり知らない世界で目が覚めて、常識や価値観、貞操観念とか色んなものがガラリと変わってしまった。
それだけで精一杯なのに、恋だの愛だの、正直に言えば面倒くさい。
それに、俺みたいな奴を好きになってくれる女性がいるとは思えなかった。
いや、違う…。本当は気付いてるんだ。身近にそういう好意を向けてくれる人がいるから。
『まぁ、私はその男の子には興味無かったからどうでもいいんだけどね。それに、私には西原君がいるし!』
『あの……良かったら、今度御一緒に…いえ!何でもありません! ありがとうございました。またお越し下さいませ』
柊木さんに瀬嶋さん。あの二人は明確に、俺に対して好意を抱いてくれている。
だけど……。
俺は目の前に置かれたコーヒーを見つめながら、ポツリと呟いた。それは、自分の本音を隠そうとする為の、精一杯の言葉。そんな小さな声を、瑠奈さんは聞き逃さなかった。
俺の顔を真っ直ぐ見据えながら、はっきりと口を開く。
「恋愛が全てじゃないかも知んないけど、あたしはユウ君には幸せになって欲しい、かな。だって、ユウ君は凄く良い子なんだもん」
瑠奈さんは、そう言って笑顔を浮かべる。本当に眩しいくらい、優しい微笑みだった 。
「……っ」
俺の事なんか放っておいてくれていいのに。……でも、何でだろう。不思議と悪い気持ちにはならない。
「……ありが…とう」
俺はコーヒーに視線を落としながら、そう言葉を返した。瑠奈さんがどんな表情をしているのか、怖くて確認する事が出来なかった。
「何だったら、あたしがユウ君を守る専属の男護になってあげよっか?元々、今日はその話をしたいから誘った訳だし。専属の男護が居たら、何時でもキミを護る事が出来るよ。も・ち・ろ・ん。それ以上の関係性でもあたしは大歓迎だけどぉ」
ガタンッ!と大きな音を立て、椅子が倒れる。
俺が勢い良く立ち上がってしまったからだ。
一瞬、時が止まったかの様に、周りの音がピタリと止んだ。俺は慌てて周りに頭を下げながら、倒れた椅子を元に戻す。
「さっきみたいに危ない目に合いそうになった時に、あたしが颯爽と現れてキミを護るの!ナイトとお姫様の恋愛ものみたいで、中々イケてない?」
ニコニコしながら瑠奈さんは、そんな事を口にする。その場合はどっちがナイトで、どっちがお姫様なんだ?
いや、今はそんな事はどうでも良いか。それより、さっき瑠奈さんが口にしていた言葉の方が重要だ。
「専属の男護?確か依頼主と契約期間を設定出来る制度の事だよな?まさか瑠奈さんが俺の専属を……」
「あれ、知ってたんだ?麻耶香が『ユウが男護の事すら知らなかった』って嘆いてたから、てっきりそういう事に疎いんだとばっかり」
「俺の方で男護について調べたんだ。この世界では知ってて当たり前の知識みたいだしな。それで、その……何で瑠奈さんが俺の専属を……?」
「ん〜?まぁ、麻耶香から頼まれたってのも勿論あるんだけど、あたし個人としても、ユウ君はほっとけないって言うのかなぁ?さっきも言った通り、キミはとっても良い子で、しかもイケメン。こんな素敵な男の子を世の女が放っとく訳ないじゃない。だから心配なのよねぇ」
「……」
何だろう。さっきから瑠奈さんが褒めちぎってくれてるんだけど、全然嬉しくない。いや、俺の事を思って言ってくれるのは有り難いけど、それ以上に恥ずかしい。
あー何だこれ…。顔が熱くなってきた。多分、赤くなっているんだろう。俺は顔を逸らし、咳払いを一つする。そして、少し強めの声を出して、再び話し始めた。
「俺は力じゃどうやったって女性には勝てない。駅前みたいな事がまたあったら、今度はどうなってしまうか分からない。だから…、瑠奈さんさえ良ければ、俺と1年だけ契約を交わして欲しい」
「1年だけでいいの?そんな遠慮しなくても良いんだよ?何なら一生とかでも、あたしは有りだし!」
クスクス笑いながら、瑠奈さんがそう言ってくる。冗談なのかも知れないけど、もし本気なら、そんな軽々しく一生なんて口にして欲しくはない。
俺みたいなのと関わって、一度っきりしかない人生を無駄にして欲しくはないから。
「状況を見て臨機応変に対応するって事でいいんじゃないか?とりあえず、1年だけよろしく頼む」
そう俺が返事をすると、瑠奈さんは不満げな表情を浮かべたが、やがて諦めたかの様なため息を吐いた。
「1年間だけなんて全然バイブス上がんないし、激萎え〜。…まいっか!とりま、おけり!明日、会社から契約書貰ってくるよ〜」
こうして俺と瑠奈さんは1年間の契約を交わす事になった。
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「うぇーい!来たよ〜。今日から1年間よろたんね♪」
「え、専属の男護って一緒に住むのか!?」
翌日。俺の部屋にやって来た瑠奈さんが、大きなリュックを背負いながら、キャリーケースを引いて、テンション高めに挨拶をして来たのはまた別の話。
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