女性だらけの逆転世界でコンビニで働いてる男。
夏のミカン
第1話
いつの日からか、日本では男性よりも女性の人口が多くなった。原因は男性のみが感染すると言われる特異なウイルスが、世界中で流行したからだった。
男性の寿命は女性よりも短く、力も女性には劣る。男性が生まれてくる確率は百分の一以下と、非常に低く、日本は深刻な男女比率の問題を抱えるようになった。
この事態に政府は、希少な男性を保護する目的で、ある法律を作った。
それが「男性保護制度」。
男性が生まれた家庭は毎月国からかなりの額の補助金が支給され、税金や公共料金などあらゆる支払いが免除される。
その変わり、定期的に国に精子を提出しなければならない。働かなくても一生好きな事をして生きて行けるのだから、この世界の男性は人生イージーモードである。
そんな極端に男性が少ない世界だからか、この世界の男性は我儘で乱暴な振る舞いをする者が多い。
まぁ、大体の原因は、日常で男性と巡り会えな過ぎて性欲モンスターと化してしまった女性にあるのだが……。
「さて、今日もバイト頑張るか…」
更衣室のロッカーに設置されている小さな鏡で身だしなみチェックをする男。
名前は
彼は特に変わったところは無い普通の男性だが、ある秘密がある。
それは彼が、転生者だと言うことだ。前世では、遅くまで働いても残業代をろくに払わないブラック企業で働いていた。過酷なノルマや度重なる長時間労働。肉体も精神もボロボロになった彼は、仕事中に倒れてそのまま死亡する。
だが、次に目が覚めたらいつの間にやら貞操観念が逆転した世界に生まれていた。
最初は混乱したが、今では慣れたもの。
「おはよう西原君!」
「あ、柊木さん。おはようございます。今日は時間通りに出勤して来たんですね」
「モロちん…じゃなかった。勿論だよ!なんたって西原君と同じシフトなんだもん!そりゃ張り切るよ〜!」
長い茶髪の髪を一つに束ねた巨乳美人な彼女は、同じ職場で働くアルバイトの
「張り切るのはいいですけど、空回りだけはしない様に気をつけて下さいね?」
「だいじょぶだって〜! 千里さんに任っかせなさーい!」
そう言うと、彼女は鼻歌を歌いながら僕の横のロッカーを開けて着替え始める。女性特有の甘い香りと、彼女の大きな胸が視界に入り込んで来て、思わず目を逸らす。
(うぅ……。もう見慣れた光景だけど、何回見ても目のやり場に困るんだよなぁ…)
俺は極力彼女に目線を合わせない様にしながら隣で着替え始めた。
じー
「……」
じー
「あ、あの…柊木さん。そんなガン見されると着替えづらいのですが……」
「え?あぁ!ごめんごめん!あまりにも無防備だからつい見惚れちゃったよ〜」
「はぁ……」
いつものことながら、彼女の行動はよくわからない。男の着替えなんか見てても何も面白くないだろうに。
いや、それだけ男性が減少してるという証拠かもしれないが……。
「前から思ってたけど、西原くんって変わってるよねぇ」
「俺が変わってる…?具体的にどこら辺がですか?」
「今時の男性って女性を嫌ってる人多いじゃない?でも西原くんってそういう感じが全然無いっていうか…。私に対しても普通に接してくれるから凄く嬉しくなるんだよね」
「そうですか?」
「うん! 私が高校生だった時に、クラスに男子生徒がいたんだけどね、西原君とは真逆の対応だったよ。高圧的で女の子を見下しててさ。それでもクラスでは唯一の男子ってもんだからクラスの女子達は色めき立っちゃってさ。毎日の様にその男の子を巡って取り合いになって…。あれは地獄絵図だったなぁ」
「想像するだけでカオスな状況ですねそれ」
「まぁ、私はその男の子には興味無かったからどうでもいいんだけどね。それに、私には西原君がいるし」
「そうですか。ありがとうございます」
「うわ!驚くほど塩対応だし、気持ちも全然籠ってないじゃん!?そこは『嬉しいです』とか『照れます』とか言ってくれなきゃつまんないー!!」
「あはは……。すみません…」
「まったくもう…。本当に調子狂うなぁ。まぁ、そこも西原くんの魅力の一つだけどね…」
「え?」
「な、何でもなーい!」
顔を赤くさせた柊木さんが小声でボソッと何かを呟く。聞き取れなかったのでもう一度聞いてみたのだが、そっぽを向いてしまった。まぁ、特に気にすることでもないので、これ以上聞くことはやめておいた。
「んしょっと……。それじゃ今日も一日頑張りましょうか!」
「はい。柊木さん、よろしくお願いしますね」
「うん!よろしく!」
◆◇◆◇◆◇
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
会計を済ませて店を後にする女性客を見送り、ほっと一息つく。
前世では特に気にもならなかった光景だが、貞操観念が逆転した世界では、働いてる男性という存在が珍しいのか、大体入店してくると両目と口を大きく開けて固まられてしまう。
男性保護制度があるから別に働く必要はないのだが、前世での社畜魂がこの世界での労働を求めてくるのだ。
堕落した生活は心も身体も腐らせる……。俺はそんな生き方はしたくなかった。
「西原君、お疲れ様!」
「柊木さん、お疲れ様です」
「相変わらず、西原君がいる方のレジはすっごく混むねぇ。まぁ、男の人がこんな場所にいたら、そりゃ注目浴びちゃうか。私も絶対に男の人がいる方のレジに並ぶし、ガン見しちゃうもん」
「ははは……」
確かに、ここの男性比率は圧倒的に少ない。その為、店内では男性が働いている姿を見る事が出来るのは数少ない機会だ。
だからと言ってジロジロ見られるのはあまり良い気分ではないが…。
元々前世でも女性にチヤホヤされるようなタイプでは無かった為、女性に囲まれると緊張してしまう。
テテテー
「いらっしゃいませ」
「……!」
手入れのされていないボサボサの長い紺色の髪に、両目を覆い隠す様に伸ばされた長い前髪。猫背で背丈の低い少女が入店して来た。着ている服はヨレヨレで、下はピンク色のジャージ。足元はサンダル。明らかに普段着でコンビニに来た様子だ。
女性は俺の顔を見ると、一瞬立ち止まり驚いた表情をした。そして、何故か頬を赤らめながら、俯いて雑誌コーナーへ向かって行った。
「(あの人、今日はいつもより来る時間が早いな…)」
女性はよくこのコンビニ買い物に来る常連さんで、いつもは夕方にやって来るが、今日の彼女はいつもと違って午前中にやって来た。
「あの人、此処によく買い物に来るけどさ、絶対に西原くんが目当てだよね?だって、西原君を見掛けたら必ず顔真っ赤にしてモジモジしてるし」
柊木さんの言う通り、あの人はよく俺の方を見つめてくる。目が合う度に、恥ずかしそうに顔を逸らすけど、またしばらくすると俺の方をジーッと見つめてくるのだ。
最初は何か変な人に付き纏われている様な感覚がしたが、最近は慣れてきたのか、あまり気にならなくなってきた。
「いらっしゃいませ」
「………っ!」
長い前髪で目元が隠れた女性が、品物をレジに置く。
「(今日もたい焼きアイス買うのか…。いつも来たら必ず買うから余程好物なのか?)」
俺は商品を読み込んで値段を告げる。
「お会計195円になります」
「……っ…」
肩をビクッと震わせた後、財布から小銭を出そうとする。だが、何度も指先を滑らせて、小銭を上手く掴む事が出来ない様だ。
「う…あ…」
極度の人見知りなのか、落ち着きなく体をソワソワさせ、口をモゴモゴと動かすが、何を言っているのかわからない。
「(声掛けたら余計に焦りそうだから、此処は彼女がお金をキャッシュトレイに置くまで待ってるか…)」
「……ぅぇ…」
「(頑張れ。そんなに焦らなくても大丈夫だって。君がお金を出すまで俺は待ってるから)」
「…ぅぅ…」
小刻みに震える右手が漸く小銭を掴む。そのまま摘んだ小銭をキャッシュトレイにゆっくり置く。
「500円をお預かりします」
小銭を受け取り、レジに金額を打ち込んでお釣を表示させる。
「305円のお返しになります」
お釣りを床にぶちまけると困るので、しっかりぎゅっと相手の手を握ってからお釣りを渡す。その瞬間、女性は更に顔を紅潮させて俯いてしまう。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
俺が礼を言うと、ペコリとお辞儀をしてそそくさと店を出ていった。
「ねぇ、くれぐれもストーカー被害にだけは気を付けてね?西原君って、女の子に優しいし、押しに弱そうっていうか、流されやすい性格っぽいしさ」
「大丈夫ですよ。俺が住んでる所はこのコンビニの上のマンションですし、夜は基本的に家にいますから」
「そういう問題じゃない気がするけどなぁ…。男護とか雇わないの?」
「だんご?」
「えっ!?西原君って男護の存在知らないの?」
「男護…。はい、初めて聞きましたね」
「男性保護警護官。略して【男護】って呼ばれる男性のボディーガードをする人達の事だよ。女性が憧れる仕事No.1の職業なんだけど、なる為の資格や条件がかな〜り難しくて、挫折する人も多いみたい。それでも男性と関われる貴重な職業だからなりたい!って思って頑張って男護になる人が多いんだって」
「へぇー。そうなんですか…」
前世では全く聞いたことない職業だった。どうやらこちらの世界にはそういった存在があるらしい。
「ネットで検索したらホームページ出てくるから、良かったら見てみて!」
男護…。家に帰ったら早速調べてみようかな?
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