第5話 竜虎相搏、最後の勝負

 ――さらに半年後、関東ドーム。


「解説の松本さん、ついにこの日が来ましたね!」

「はい、葛西アナも楽しみなんじゃないですか?」

「もちろんです! もう今日が最後かもしれませんので!」

「本当に惜しいですが、仕方ないですね」

「松本さん、見てください。関東ドーム、超満員です!」

「はい、チーム云々ではなく、日本中の野球ファンがこの日のために関東ドームに集結したのでしょう」

「今日の試合を見に来たわけではない……ということでしょうか?」

「そういうことでしょうね。今日のメインは『始球式』ですから。葛西アナも……」

「立場上そうは言えませんが、本日の『始球式』は本当に楽しみです!」


 そして、ドーム内にアナウンスが響き渡る。


『只今より始球式を開催いたします。本日の始球式を務めるのは――』


 関東ドームにヘビーメタル調のギターリフが鳴り響く。


『――ピッチャー、伊藤』


 ドーム内の観客から凄まじい歓声が上がった。

 外野側の出入口が開き、純白のユニフォームに身を包んだ達夫がゆっくりと徒歩で登場する。


「令和の怪物と呼ばれた隻眼ピッチャー・伊藤いとう達夫たつおの登場です! ドーム内は猛烈な興奮と熱気に包まれております!」


 いつもの登板BGMと観客からの大歓声をバックに、達也は威風堂々とマウンドへ向かっていく。


『BALLS TO THE WALL!!』


『BALLS TO THE WALL!!』


『BALLS TO THE WALL!!』


「おぉっと! 観客からはいつもの『BALLS TO THE WALL』コールです!」

「葛西アナ、大阪フェニックスのファンたちも大声でコールしていますよ」

「松本さん、これぞスポーツですね!」

「はい、ライバル相手でも敬意を表するファンの姿勢。彼らもまたプロフェッショナルなファンと言えるでしょう」


『BALLS TO THE WALL!!』


『BALLS TO THE WALL!!』


『BALLS TO THE WALL!!』


「松本さん、この『BALLS TO THE WALL』というのは、どういう意味なのでしょうか。直訳すると『壁にボールをぶつける』的な感じだと思いますが……」

「はい、これは元々飛行機のパイロットが使っていた航空用語なのです。飛行機にはエンジンの出力を操作するレバーがありますが、このレバーにパイロットが握り締めるための玉がついていて、これを壁にぶつけるくらいまでレバーを目一杯倒す……」

「あぁ、なるほど! エンジンを全開にするということですね!」

「はい、葛西アナの言う通りです。ですので、観客がコールしているのは『全力投球だ!』とか『フルスピードで行け!』とか『お前の剛速球を見せてみろ!』的な思いが込められています」

「なるほど、なるほど! さぁ、伊藤がマウンドに立ちました。そして――」


 葛西アナウンサーの言葉を遮るように、達夫に負けないくらいの大歓声がドームを包む。


「――もうひとりの怪物・大阪フェニックスの小林こばやしたけるがバッターボックスに入ります!」

「これが最後の勝負になるかもしれませんからね」

「松本さんの仰る通り、伊藤は東京バーバリアンズからあの事故を理由に戦力外通告を突き付けられ、その後はどの球団にも所属しておりません」

「東京バーバリアンズのオーナーが各球団に手を回した、なんて噂もありますが……」

「ま、松本さん、危ないことをおっしゃいますねぇ~! あくまでも噂ですから!」

「大阪フェニックスのオーナーが独立リーグへの橋渡しをしたようですね。伊藤とも話をしましたが、とても感謝していましたよ」


 そして、この日最大の叫び声のような大歓声が観客から上がる。


「バ、バッター、小林……なんとホームランの予告です!」


 尊はバックスクリーンへバットを向けた。

 プロ野球リーグでの引導はオレが渡してやるんだと。


 達夫は真顔で尊を睨みつける。

 プロ野球リーグでの最後の勝負の勝利は俺のものだと。

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