第3話 ふたりとの再会

 午前六時前。カーテンの向こうはまだ薄暗い。

 あの頃の夢を見てしまい、目覚まし時計よりも早く目覚めてしまった。気分が悪い。吐きそうだ。早くあの頃のことを忘れなければ。

 外部の情報を遮断したいので、テレビさえない殺風景な部屋。俺は身支度を整えて、従業員寮から遊園地へ向かった。あの時、飛び込みで働きたいと訴えた俺をこころよく迎い入れてくれた園長には本当に感謝している。こうして住むところまで提供してくれたのだから。俺のことは知っていそうだったが、何も聞いてくることはなかった。それも園長の優しさだ。

 さぁ、今日も着ぐるみで園内巡回。今日は昨日ほど気温は上がらないようだが、多分あの暑苦しさは何も変わらないだろう。一応、園長からは休憩をこまめに取るように言われているし、無理しないで働こうと思う。


 開園から少し時間を置き、来園者が方々に散らばったところを見計らって、「バニ太くん」の俺は巡回を始めた。目を輝かせて笑顔で走り寄ってくる子どもたちや親御さんたちとの触れ合いは、俺の心を優しく癒やしてくれる。ただ、一方でみじめな気持ちを抱えていたことも事実。俺は家族を捨てたのだから。いや、捨てられたのは俺の方か……。


 昨日の「鬼退治」のゲームコーナーへやってきた。カップルがいるが、遊んでいる様子はない。係員のお姉さんがカップルの対応をしているようだが、何やら困っている様子なのがうかがえた。俺は助け舟を出した方が良いだろうとその場へ近付いていった。


「あっ、バニ太くん!」


 係員のお姉さんが俺に気付いて声を上げると、カップルは俺の方へと向いた。

 元妻の恵子けいこと、俺からすべてを奪ったたけるだった。

 なんでここにこいつらが……それでも俺は今「バニ太くん」なのだ。俺はおどけたリアクションを取った。悔しくて、悔しくて、たまらなかった。俺は声を必死で殺しながら、着ぐるみの中でふたりを睨みつけ、涙を零していた。


「……達夫たつおさん……?」


 恵子の言葉に動きが止まる。


「やっぱり! あなた、達夫さんでしょ!?」


 俺は観念した。


「……なんでここにいることが分かった……」

「SNSであなたの動画を投稿した方がいたの! 遊園地でボール投げの上手な着ぐるみのひとがいるって!」


 昨日の母子のことを思い出した。母親は動画も撮影していたのか。


「小林(尊)さんがその動画を見て『この投球フォームは間違いなく達夫だ』って気がついて……!」


 そうか、そういうことか。

 こいつらはどこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!


「……それでみじめな俺の姿をふたりして笑いに来たのか……」

「……えっ?」


 俺は着ぐるみを着たまま、尊に顔を向ける。


「……俺から野球を……妻を……人生のすべてを奪って! まだ足りないのか! 何だ! 何がほしい! 全部くれてやる! お前らにとって俺が生きていることが目障りか! だったら命もくれてやる!」


 恵子は、俺の言葉に両手を顔に当てて号泣している。


「達夫、オレと恵子さんがここにいるのは誤解を解くためだ」

「誤解だと……?」

「五分だ。五分でいいからオレの話を聞いてくれ」

「…………」

「オレの話、聞かなかったらお前は死ぬまで後悔するぞ」


 尊は真剣だ。俺を馬鹿にしようとか、嘘をつこうとか、そんな感じはまったくしない。長年ライバルだった男だ。俺にだってそれくらいは分かる。


「……わかった」


 ホッとした様子を見せる尊。

 俺はその場で着ぐるみの頭を取った。

 恵子は何も言わず、不安そうに俺を見つめている。


「まず、これを見てくれ」


 尊は二冊の週刊誌を手渡してきた。

 一冊は俺がもう見たくない記事が掲載されているものだ。


「見たくないだろうが、そこに明らかな嘘と隠された真実がある。頼む、例の記事のページを見てくれ」


 手が震える。俺は恵子と尊の不倫疑惑のページを開く。見開きの大きな写真が俺の目に飛び込んできた。夜の繁華街で密会しているふたりの姿だった。


「……うっ……おえぇぇぇ!」


 心に深く刻まれたトラウマに、俺はその場で嘔吐した。



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