BALLS TO THE WALL

下東 良雄

第1話 地方の遊園地で鬼退治

 可愛らしい観覧車、ちょっと古びた遊具、小さな子どもでも十分楽しめるローラーコースター……その辺の自然公園に毛の生えたような規模の地方の小さな遊園地。天気の良い週末の今日も客の入りはまばらだ。だが、意外なことにこれでもそれなりの利益は出ているらしい。オマケに「バニ太くん」なるウサギのキャラクターまでいる。売店ではぬいぐるみなども売っていて、誰が買うのか……と思っていたら、これまたそれなりに売れている。令和の世に生き残っているだけあり、この遊園地のファンはそれなりにいるようだ。


「あぁー……外れちゃった……」


 男の子の声に俺が振り向くと、レトロな「鬼退治」のゲームにお母さんと挑戦していたようだが、どうやら失敗したらしい。

 昔からあるゲームで、少し離れた場所に立っている鬼の看板にボールを投げ、看板に開いている穴へ通すというヤツだ。百円で十球のボールが与えられ、五つの穴にボールを通せば賞品ゲットという超アナログなゲームだが、こういうのが子どもは楽しいんだよな。


「ざんねーん。はい、おしまいね」

「えー……」


 遊戯の幕を下ろそうとするお母さんの言葉に、ちょっと不満げな男の子。俺はそんな母子に近付いていった。


「あーっ、バニ太くんだー!」


 俺の姿に大喜びして抱きついてくる男の子。

 そう、俺はスカイブルーのバニ太くんの着ぐるみを着ているのだ。

 男の子の頭を優しく撫でる俺。お母さんはスマホで写真を撮っていた。大切な思い出だもんな。男の子とツーショットで撮ったり、係員のお姉さんに母子と一緒に撮ってもらったりした。喜んでくれているようで、俺も嬉しい。

 俺は係員のお姉さんに近づき、こっそりと囁いた。


「……あとで百円払うから、この子にボール出してあげて……」


 お姉さんは笑顔で頷く。


「あのねぇ、バニ太くんがもう一回チャンスをくれるって!」

「ホントー!?」

「ホントだよ! さぁ、今度こそ鬼を倒そう!」

「おーっ!」


 大喜びの男の子。お母さんは俺に何度も頭を下げていたが、『気にしないで』と軽く手を上げた。

 ボールを投げていく男の子。でも、中々穴には入らない。難しいかな?

五個投げて、まだ一個も入っていない。やっぱりダメかとうなだれる男の子。

 俺は落ち込む男の子の肩をポンポンと叩き、『バニ太様にまかせておけ!』とリアクションした。


「えー、バニ太くん大丈夫ー?」


 俺は着ぐるみを着たままボールを手にした。

 ビニールボールだからかなり軽い。肩を傷めないようにしないと……俺は振りかぶって、鬼に向かってボールをスパッと投げた。


『ぎゃおー!』


 ボールは危なげなく穴を通過して、鬼の叫び声がスピーカーから流れた。


「バニ太くん、すごーい!」


 男の子の顔は驚きと喜びに溢れる。

 俺は次々にボールを投げていく。


『ぎゃおー!』『ぎゃおー!』『ぎゃおー!』


 ボールがどんどん穴に吸い込まれていく。

 お母さんは手を口に当てて驚いていた。


「バニ太くん! あと一球だ!」


 男の子に小さく頷き、俺は大きく振りかぶった。が脳裏に蘇る。高揚していく気持ちをボールに乗せ、俺はボールを投げた。


『ぎゃおー! 降参だぁー、ごめんなさーい!』


 ボールは鬼の胸の真ん中の穴にズバンッと決まり、アナログな電球の電飾がビカビカと光った。鬼退治完了だ!


「バニ太くん、すごーい! すごーい!」


 俺は係員のお姉さんからバニ太くんのぬいぐるみを受け取り、男の子にプレゼントした。


「わぁーっ! ありがとう!」

「すみません、本当なら貰えないはずなのに……」


 喜ぶ男の子と申し訳無さ気なお母さん。係員のお姉さんと俺は、ふたりで人差し指を口に当てた。「……みんなには内緒だよ……!」とウインクするお姉さんと、ウンウンと頷く俺。男の子とお母さんは大喜びして去っていった。

 手を上げるお姉さんに俺はハイタッチ。


「お疲れさん」

「お兄さんもお疲れ様でした! スゴかったです!」

「……昔取った杵柄ってヤツだな……」

「えっ?」

「あ、いや、運が良かっただけだよ」

「ふふふっ、幸運の持ち主なんですね! 今日は暑いですから、園内巡回大変ですけど頑張ってくださいね!」

「キミもな。お互い頑張ろう」


 俺はお姉さんに手を軽く上げて、園内巡回に戻った。


 昔取った杵柄……か。ほんの半年前のことなのに、遥か昔のように感じる。いや、もう忘れよう。俺はすべてを失ったんだ。俺のすべてだった野球を奪われ、俺が愛していた妻も奪われた。何も残っていない空っぽの俺は、逃げることしかできなかった。


 令和の怪物と呼ばれた東京バーバリアンズの剛腕投手・伊藤いとう達夫たつおはもういない。俺は、この小さな遊園地の単なるアルバイト。それでいい。


 もう誰にも俺のことを知ってほしくないのだから。



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