012 ミレイ

 ロバディナ王国の伯爵令嬢ミレイ・キーレンは1位が好きだ。

 2位以下は全て等しく価値がない。


 愛を知らないミレイにとって、男はトロフィーのようなものだ。

 より地位が高く、より容姿の秀でた男にこそ価値がある。


 自らの思う世界一の男を求められるだけの美貌がミレイにはあった。

 艶やかな黒く長い髪は宝石の如き美しさで、顔は全女性が羨む小顔だ。

 そのうえ全てのパーツが完璧で、且つ最高のバランスで配置されている。


 そんなミレイにとって、ライルは最高の相手ではない。

 世界でも屈指の容姿を誇るが、いかんせん従属国の伯爵令息だ。

 従属国の人間でも王子ならまだ良かった。

 最低でも公爵令息だろう。


 しかし、最善の相手ではあった。

 地位の物足りなさをカバーするだけの容姿を備えている。

 そのうえブルーム公国での知名度が高く、国民からの評価も高い。

 また、他国の人間という点も、今後を見据えるとプラスだった。


 ロバディナ王国では、現在、貴族主義からの脱却が進んでいる。

 家柄や地位ではなく、能力を重視する民主主義へシフトしているのだ。

「能力」という言葉の中には容姿も含まれている。


 その観点から考えると、ライルの価値は非常に高い。

 以前は最初に地位を気にしていたが、今は容姿を含む能力が大事だから。

 ライルのように顔が良くて領民の人気が高い男は最高だ。


 また、従属国の相手ということで、ミレイ自身の評価も上がる。

 世間からは「外見ではなく内面で選んだ」「真実の愛だ」などと評された。

 好評を博せば領民からの支持率も高まり、国王陛下からも評価される。


 ミレイにとって、ライルは最善の相手だった。

 そう、最高の相手ではなく、最善の相手なのだ。


 ◇


 その日も、ミレイは自邸にいた。

 ブルーム公国の伯爵領に建設したライルと自分のための豪華な館だ。

 立場的には彼女のほうが上だが、女性なので嫁入りしている。


(この世で私に敵う者なし!)


 大きな姿見に映る自分を見て微笑む。

 結婚式の日取りも決まり、今日も今日とて上機嫌だ。

 あくせく働く使用人たちに「ごきげんよう」と声を掛けて回る。

 腹黒い彼女だが、そうした一面は決して表に出さない。


(さて、今日は何をしようかしら)


 この場にライルがいれば、彼と一緒に領地を回る。

 安酒場で不味い料理を食べて「絶品ですわ」と喜ぶことも忘れない。

 そうやって庶民派を演じ、領民に顔を売る。

 容姿の良さや地位の高さにかまけるほどのザコではなかった。


 ……が、今日はライルが不在だ。

 このような日まで不味い料理を食べに行く必要はない。


(ライルに手料理でも振る舞ってあげようかな)


 などと考えたところで、思わず「ふっ」と笑ってしまう。


(手料理だなんて、いくら芝居でもやりすぎかしら?)


 ミレイにとって、料理を作るのは平民のする行為だ。

 自分で作るなどもってのほかである。

 なので、彼女は目玉焼きすらまともに作れなかった。

 作ろうと思ったこともない。


「そういえば……」


 料理で思い出した。アイリスの存在を。

 かつてライルと婚約関係にあった孤児の女だ。


「アルベルト、アルベルトはおりませんか」


 ミレイが声を上げると。


「どうされましたか? ミレイ様」


 背後からスッと男が現れた。

 短く刈り上げた白い髪と丁寧に整えられた白い髭の老人だ。

 顔に大きな切り傷をつけた、元ロバディナ王国の騎士団長である。

 そして、ロバディナ王国が世界を統一するのに貢献した国の英雄だ。

 現在は引退し、ミレイの私兵として余生を謳歌していた。


「前にライル様と婚約していた女性のことを覚えていますか?」


 アルベルトに対するミレイの口調は極めて丁寧だ。

 それは彼女が敬意を払っているからである。


「アイリス殿のことですな」


 その発言によって、ミレイはアイリスの名を思い出した。


「そうです、その人です」


「彼女がどうなされましたか?」


「唐突に思い出しまして。今はどうしているのかな、と」


「ではお調べしましょう」


「よろしくお願いします」


「見つけた際には何かお伝えいたしますか?」


「いえ、どのような状況か報告してくださるだけで結構です」


「かしこまりました」


 アルベルトは一礼すると、静かに館を出て行った。

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