育成家電の成長を見守る限界

ちびまるフォイ

あなたに一番ふさわしい家電

「家電栽培キットです。おひとついかがですか?」


「家電売場に植木鉢はじめて見ました」


「まだ芽が出てないですからね。

 いかがです? 家電栽培」


「よくわからないし……。普通に家電買います」


「それはもったいない。

 この栽培キット、家電ひとつよりずっと安いんですよ」


「……まあそうでしょうね」


「そして、あなたに一番必要な家電になってくれるんですよ」


「はい?」


「家電栽培キットは周囲の環境に応じて形を変えます。

 冷蔵庫になったり、掃除機になったり、扇風機になったり。

 今、あなたが一番求めている家電の姿になるんです」


「そうなんですか!?」


「ええ、そうです。家電ひとつを買うよりも

 この栽培キットを買って家電を育てたほうが、

 ずっとリーズナブルで、あなたにぴったり間違いなしです」


「買います!!!」


家電を買いに電気屋さんへいき、植木鉢を持って帰った。

植物を育てるのははじめての経験。


「大きくなって、立派な家電になってくれよ」


植物であれ成長を見守る楽しみが増えた。

かいがいしくお世話をすると家電の芽も出てきた。


「楽しみだなぁ。どんな家電になるんだろう」


それからも大事に育てていくが、

そのシルエットはいまだになんの家電かわからない。


「そろそろ形になっても良いころなのに。

 見たこともない形のままだなぁ……」


不安になり家電量販店へを足を運んだ。

ドクターの診察を受けるように自分の育成家電の状況を話す。


「それはいい兆候です!」


「そ、そうなんです? 今だに謎家電のままですよ」


「それだけ複雑なんですよ。

 簡単な家電ならすぐに形になります。

 でも複雑なものほど育成期間はかかるんです」


「はあ……」


「いい買い物をしましたね。

 複雑でハイスペックな家電ほど高い。

 なのにあなたはオトクな値段でその家電が手に入るんです」


「まあ家電になってくれれば、ですけどね」


結局、今はまだ成長期だからということで話はついた。

けれどいっこうになんだかわからない家電の状態で不安になる。


自分が知らないだけではと家電を調べたり、

テレビで最新家電を見たりしても見つからない。


やっているのは猛暑の特集ばかり。


「暑いなぁ……」


室温は高くなりすぎていた。

育成家電はその場の環境に応じて形を変えるという。


「こんだけ暑いんだから、クーラーにでもなってくれよ」


問いかけたところで家電は相変わらずの謎形状。

少なくともクーラーの見た目ではない。


「ああもう。このままよくわからない家電に成長するくらいなら、

 こっちで欲しい家電になるように決めてやる!」


しばらく家を空ける準備をし、

育成家電を放置することに決めた。


あえてカーテンを閉めずに灼熱の日光が、

部屋にさんさんと降り注ぐ環境をつくろった。


「ふふふ。これだけ熱い部屋に長時間放置されたら、

 どんなことがあってもクーラーへと成長してくれるだろう」


人間がこの部屋にいたら死んでしまいそうなので、

家を出て友達の家を渡り歩いて時間をつぶした。


数日後。


「さて、そろそろ家電もちゃんと出来上がっているころかな」


ひさかたぶりに家に戻ることにした。

いったいどんな涼を取る家電になっているか。


クーラーか。

最新扇風機か。


はたまた、涼しいサーキュレーターなんかになっているかも。



「ただいまーー」



玄関に入るなり、育成家電の姿を確かめる。

その形はーー。


「なんだよこれ!?」


まったく見たことのない家電のままだった。

電源ボタンはできているので家電としては完成しているらしい。


間違いなくクーラーになってくれるだろうと、

心のどこかで期待していただけに落胆は怒りとなって現れた。


「ふざけんなよ! なんだこの意味不明な家電は!」


スイッチを入れる。

部屋の室温は下がらない。


「見たこともないクーラーかと思ったけど、

 そうでもないのか! ふざけんなぁ!!」


コオオ、と家電の作動音だけが響く。


「期待させやがって! こんなもの売って……売って……」


家電の駆動音が響く蒸し暑い部屋。

ストレス値はマックスまで高まるこの環境。


なのに心は徐々におだやかになっていく。


「……まあ、いいか。せっかく育てた家電なんだし、大事に使ってやろう」




これがのちの『感情清浄機』という人気家電になることは、

まだこのときは知られていなかっった。

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